第6話 隣村再興計画とジジババの知恵

「フィル!!」

「ただいまです、バルバルさん」


 村の門の入り口に出した椅子に座っていたバルバザールが素早く立ち上がり、足早に近づいてくる。

 持たされた土産をとりあえず足元に置いて、フィルはうっすらとかいた汗を拭った。

 ずっしりと重かったのはよく肥えたホーンラビットとかご一杯のマンドラゴラニンジンだが、上背の高いフィルはそれなりに力も強い。どちらかといえば気疲れのようなものだと思う。


「魔王の村から無事に帰ってくるとか、お前それだけで英雄だぞ」

「俺もそんな気持ちで出かけましたけど、歓待されましたよ。入り口でいきなり漏らすかと思いましたけど」

「入り口?」

「体が二頭分なのに頭が五つあるんですよ……」


 フィルの説明に、元冒険者のバルバザールはただちに何がいたのか認識したらしい。マジかよ、と乾いた声で呟く。


「流石に本物は見たことねえわ……ケルベロスとオルトロスだろ?」

「入り口の両脇に。近づいた瞬間威嚇されて、あ、死んだな、と思いました」

「そりゃ災難どころじゃねえな……んで、それは?」

「土産にって持たされたホーンラビットと、ホーンラビット捕獲の秘密兵器です」

「なんだそりゃ」


 眉間にしわを寄せつつ、運ぶのは手伝ってくれるらしい。箱を持ち上げてくれたバルバザールに任せ、フィルはかごを抱え直した。

 村に入ると子供たちが群がってくる。


「フィル!! おかえりフィル!! 魔王様の村、どうだった!?」

「一応村長って呼べってあれほど……ああまあいいや、話はあとでな」

「えー、なんでだよ、今がいい!!」

「駄目、親父とジジババたちと相談があるからあとで」

「えー」


 不服気な子供たちを適当にいなしながら自宅へ戻る。ぷかぷかとパイプをくゆらせていた前村長である父親にただいま、と声をかけると、目を細めて父は振り返った。


「おう、帰ったか馬鹿息子」

「帰ったよ薄情親父」

「何が薄情か、隣村に一人で行くくらいで弱るようなやわな息子にゃ育てとらんわ」

「そりゃただの村ならそうだろうけど」


 魔王の村である。いや、魔王自身は良い人(人ではないが)だとは思うが、それとこれとは別問題だろう。うっかり死んでいたらどうするつもりだったのか。

 そう恨めしく見てしまったが、父は飄々としたもので、ぷかりぷかりとパイプを揺らしている。

 昔からこういう人だったので、正直なところ、村長をフィルに押し付けるためにぎっくり腰の嘘をついたのではないかと若干疑っている。


「それで、どうだった」

「んー、まあ、村の中に人間の子供が二人以外は全部魔族か魔物ってこと以外は普通の村だったよ。村も、昔行ったときと同じような感じに復元されてたし」

「ほう」

「でも、野菜がどう育ててもこれだってさ」


 ずい、とかごから取り出したマンドラゴラニンジンを目の前に突き出してやると、父はさらに目を細めてほう、ともう一つ頷いた。


「気味の悪い顔をしとるな」

「今はましだよ。引っこ抜いた直後は叫ぶからな」

「ふん」


 葉の部分を掴んで人面部分を検分していた父は、「まあニンジンだな」と呟く。


「これがさ、ホーンラビットのいい餌になるんだって」

「ん?」

「置いておくとすごい勢いで食いに来るし、これで育てると美味くなるらしい。この村も肉が不足しがちだし、普通の野菜とこれのトレードは決めてきた」

「まあ、いいんじゃないか」


 村長はお前だ、お前が決めろ、と付け足して父親は無造作にかごにマンドラゴラニンジンを戻した。

 で、と顎を上げる。


「坊主どもに俺とジジババどもに相談があるとか言ってたな」

「うん。ジジババ集めてくる」

「おう」


 浅く頷いた父を置いて、再び家を出る。村長の家というのは後方の自宅部分の手前に広い部屋を持っており、そこは村の集会所となっているのだ。

 村の知恵袋であるジジババと経験豊かな元冒険者にも立ち会ってもらうべきだろう。

 村を回ってジジババに声をかけ、村の入り口のバルバザールも呼んだフィルは家に戻った。

 先に父がクッションを並べてくれていたので、そこにジジババ軍団を座らせて一応上座である村長席で胡坐をかく。


「ほんで、な。ぼん。ジジババに相談なんな」


 まず口を開いたのは村の最長老である通称ババ様だった。


「うん、ババ様、ちょっと知恵を貸してほしい」

「ええよええよ、フィル坊のためならな、ババも相談に乗るよ」


 おっとりと温厚に糸のような目を細めて笑っているババ様だが、この村ができた当時からの生き字引である。

 聞けば西の方から開拓民のようにしてやってきたらしく、西の方のことも含め、色々と詳しい。バルバルから見ても、「ありゃ相当だ」とのことだ。

 他のジジババも人生経験が豊富であり、それぞれに修羅場をくぐってきている。日頃はのんびりと茶などすすってはいるが、フィルのような新米村長など逆立ちしても敵わぬ相手である。

 そんな彼らに対し、フィルは手短に魔王の村について説明した。ふんふん、とそれぞれに頷いていたジジババたちはフィルの話が終わると同時に黙り込む。

 とりあえず話し続けて乾いた喉を水で潤していると、またババ様が口を開いた。


「フィル坊はええ子ねえ。魔王様を助けてあげたいのね」

「や、えっと、そんな大きなことはできるとは思ってないんだけど、やっぱり隣村のことだし……」

「うんうん、そうねえ。こんな小さな村だもの、助け合いは大切ねえ。どれ、どうかね、みんな。ええ知恵はあるかねえ」


 ババ様に促され、ううむ、と唸ったのは現役時代は木こりとしてこの辺りの森を切り開いたという老いてなお屈強な爺様だった。


「何とも勿体ない話ではあるな」

「勿体ない?」

「うむ。フィル坊も言っておったが、魔物由来の素材なんぞ、こんな村じゃそうそう手に入るものでもない。惜しいものだ。のう、革屋」

「そうじゃのう。ドラゴンの鱗一枚とて、加工職人にとっては憧れの素材じゃ」

「そうねえ、魔羊の毛なんて、良い毛糸になるものねえ。若い頃一度だけ触ったことがあるけれど、あれは感動よぅ」


 流石人生経験豊富なジジババ、隣村が魔族村と化しているということに怯みもしない。人生の年輪が違う。

 よもや、魔物素材が惜しいとまで言われるとは思わなかった。フィルとてそれが特産では、とは思ったが、まさかの惜しい発言である。


「ワシらじゃ取りにも行けんもんが隣村から供給されれば、ありがたい話じゃと思うがなあ」

「うむ」


 とはいえあの魔王様の希望はゆくゆくは人の村、である。魔物素材に頼った特産物というのはどうなのだろうか。

 ううん、と唸ったフィルに、黙って話を聞いていた前村長である父は、顎を撫でてパイプを口から外した。


「……おい、馬鹿息子よ」

「何だよ暇親父」

「そもそも人間の村にこだわる必要あるのか、その魔王様は」

「そりゃ、人間の子供が生きていく村なんだから、人間の村にしないと……」

「ふん、器の小さい男だな、お前は」

「は?」


 いきなり馬鹿にされ、フィルは眉を跳ね上げた。呆れたように肩をすくめてそっぽを向いてしまった父に詰め寄ろうとしたところで、ババ様が柔らかな声を上げる。


「フィル坊は、その魔王さんと仲良くなれないと思ったんな?」

「……え?」

「ババは家にいたから知らなかったけれど、それでも少し、空気がざわざわしたのは気付いたんね。魔王さんの魔力なんね。少し息が苦しいくらいの、深い森の中みたいな空気。あれは、きっと人間からは感じられないものよなあ」


 おっとりと言われ、フィルは黙ってババ様の言葉の続きを待った。


「それで、フィル坊は魔王さんが怖い?」

「え? い、いやそりゃ怖いよ、ババ様。指一つ鳴らしたら俺なんて死んじゃうから」

「そうなあ、魔王さんだもの。それで、怖いのんな?」


 繰り返し尋ねられ、フィルは黙り込んだ。

 怖いのか、と聞かれれば怖いに決まっている。

 温厚で穏やかな魔王だが、何をすればどう怒るのか想像もつかないし、仮に魔王が怒ったとしたらフィルなど簡単に消し飛ばされるだろう。

 相手は魔族だ、しかも最上位の。

 けれど、同時にあの時思ったように、魔王は何もしなかった。

 人間の子供を保護して村を修復し、フィルに土産を持たせて助力を請うた。

 それだけだ。

 穏やかに笑ってフィルを良い人だといい、庇護を約束してくれた魔王。


「……怖くない、わけじゃないんだけど。悪い人だとか、嫌いだとは、思っていないよ」


 確かめるようにゆっくりと答えたフィルに、ババ様はにっこりと笑った。


「そうなあ。フィル坊は優しい子だもの。きっと、魔王さんのお友達になれるのんなあ」

「友達!?」

「そう。ゆっくり、お友達になれるとええねえ、きっと。だからね、ババは思うのよ。魔族の村だからといって人間が住めないわけでも、魔族と人間が一緒に暮らせないわけでもないって」

「……え?」

「隣村が魔族の村でもいいと、ババは思うのんな。人に村を返してくれて、魔族はどこかへ行ってしまうなんて、そんな考え、寂しすぎるもの。人間と魔族が仲良く暮らせる村がこの辺りにも一つくらいあったっていいんじゃないかって、ババは思うのんな」


 人間と魔族が暮らす村。ババ様にそう言われ、フィルは絶句した。その方向は、考えてもみなかった。

 確かに今はどう見ても魔族オンリー村、隠し味に人間を少々、という程度だが、人間が暮らす村に魔族がいてはいけない、という法はないのかもしれない。

 ぱっとバルバザールを見れば、後頭部を掻いたバルバザールは「あー」とぼやいた。


「そういうのもなくはないぞ。六割人間、四割魔族、みたいなところも行ったことはある。商人ってのはたくましくてな、安全に魔族と直接商談できる村だってなれば平気で住み着いたりもする。それに魔族や魔物フリークの研究者ってのもいるし、人間じゃ到底及ばない魔力を持つ魔族にあこがれを持つ魔術師や、訓練相手として挑む冒険者なんてのもいる。俺もそんな村に一年くらいいたことがあるな」


 ……いけるのでは。

 もし魔王たちがそれを受け入れるのなら、安全に魔物素材と人間の作物や工芸品を取引できる。

 村の有識者であるところのジジババたちは今のババ様の発言とバルバザールの補足にうんうん、と頷いているし、子供たちは全く気にしないだろう。

 むしろ中年層が心配だが、そこはそれ、腐っても前村長の父を現村長の権限でこき使い、隣村が魔族の暮らす村であることを認めてもらえば万事解決だ。

 高速で頭を回転させ、フィルは父を見た。面倒そうに顔をしかめた後、父はふう、と肩で息を吐いて「まあ、任されたよ」と頷く。

 よし、提案してみよう。

 素早く頷いて、フィルは明日もう一度魔王村を訪ねることを決めたのだった。

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