第8話 魔剣・蛇咬太刀
盗賊達の侵略を阻止せんと刃を振るう、冒険者達。戦いを経て経験を重ねるたびに、彼らの攻勢はより激しさを増していく。
それは体格でも数でも勝る盗賊達を相手に、一歩も引かず立ち向かう若者達も同様であった。
「くたばりやがれ、このクソガキ共がァァッ!」
「負け、るかッ……! クルト、ティア! 今だッ!」
「はいっ……!」
「……任せて」
鋼の盾と鎧を頼りに、盗賊達の猛攻を凌ぐ
オリーブ色の髪の少年・クルトと、銀色の長髪と豊かな胸を弾ませる少女・ユースティティアの二人が、彼の背後から颯爽と跳び上がる。ガガド一人に気を取られていた盗賊達は、彼が背に隠していた伏兵の出現に、驚愕していた。
「なにィ、まだ二人!?」
「小癪なガキ共が……ぐぁッ!?」
「俺が抑える! 二人とも、行けぇッ!」
その隙に、装備の重量を活かしたタックルで盗賊達をよろめかせたガガドは、二人に絶好の好機を用意する。
クルトが「ファスケス」と呼ばれる斧を振り上げ、ユースティティアが二本のショートソードを掲げたのは、その直後だった。
「僕達だって、冒険者の一人なんです!」
「……甘く見ないで」
そこから始まった二人の猛襲は、体格差など無意味だという現実を、盗賊達に突き付けている。
力任せなファスケスの一撃が悪漢の群れを吹き飛ばし、撃ち漏らした残党を二本のショートソードで、鎌鼬の如く斬り払う。見事に息の合った彼らの連携は、その若さからは想像もつかないほどの威力を発揮していた。
「くそッ……! 馬鹿正直に真正面からやり合うことはねぇ! 飛び道具だ、飛び道具持ってこいッ!」
「……! あ、あんなものまで持ってるのかッ!?」
女子供にここまで攻め立てられたとあっては、盗賊達も黙ってはいられない。彼らはガガド達の前に、黒い光を放つ鋼鉄の筒――大砲を持ち出してきた。
側面に車輪を装着した、移動式の砲台。若手三人を吹き飛ばすために、そのような大掛かりな兵器まで持ち出してきた。それだけ、盗賊達もなりふり構わないつもりなのだ。
「ひゃあはははッ、吹き飛びやがれクソガキ共がァッ!」
「そ、そんなっ!」
無論、その火力が生み出す爆風に巻き込まれては、如何に精強な冒険者といえどタダでは済まない。ガガドは何とか二人を守ろうと、こちらに向けられる砲口の先に立ちはだかる。
「あんなの撃ち込まれたらっ……!」
「くそッ! クルト、ティア! 俺の後ろにッ――!?」
だが。その砲弾はガガド達目掛けて翔ぶよりも速く――砲身の中で、弾け飛んでしまう。
暴発した大砲は内側からの衝撃に耐えられず四散し、勝利を確信していた周囲の盗賊達を根刮ぎ吹き飛ばすのだった。
「ぐぎゃあぁあぁあーッ!?」
「なっ……なんだ!? 暴発ッ!?」
「危ないとこだったわね、ガガドっ!」
「その声は……エリスッ!?」
爆風に飲み込まれていく盗賊達。その光景にガガド達が瞠目した瞬間――彼ら三人の前に、一人の少女が建物の屋上から颯爽と舞い降りる。
エリスと呼ばれた、水色の髪をツーサイドアップに纏めた小柄な少女は、勝気な笑みを浮かべながら腰に手を当てていた。その白くか細い指先で、一丁のリボルバー拳銃をくるくると回しながら。
「残念だったわね、あんた達の活躍はここまでよ! このエリス様が来たからには、盗賊団なんてちょちょいのちょいなんだからっ!」
――自他共に認める、冒険者ギルドきっての美少女ガンナー。その異名(?)を欲しいままにしている彼女は、大砲が火を噴く寸前に砲口へ鉛玉を撃ち込むことで、内側から砲弾を暴発させていたのである。
「……これがなけりゃなぁ」
「ちょ、ちょっとガガド! クルト! ティアまでっ! なんで全員揃いも揃って微妙な顔してんのよーっ!」
そんな彼の態度に、エリスがぷりぷりと怒り出す。それもまた、冒険者ギルドにおける日常茶飯事であった。
「……やるな、あいつら。こっちも負けてられないぜ」
「分かっている。……よそ見をしている場合ではないぞ」
彼ら四人の戦い振りを遠目に見守りながら、無数の盗賊達を相手にしている二人の猛者も、若手の成長に頬を緩めている。完全に包囲されているというのに、彼らの佇まいには全く動揺の色がない。
燻んだ黒鉄の鎧と、巨獣を絞めている蛇の紋章が施された真紅のサーコートを纏う、ハルバード使いの戦士・ベルグ。鎖帷子と十字の外套を纏い、艶やかな金髪を靡かせるバスタードソードの使い手・マリ。
冒険者ギルドの中においても五指に入る二人の実力者にとっては、自分達を取り囲んでいる盗賊達など眼中にないようだった。
「おいてめぇら、俺達を無視してんじゃねぇ! 数では完全に負けてんだぞ!? 状況分かってんのかッ!」
「その女と装備を置いていきゃあ、命だけは助けてやるって言ってんだぜ!?」
一方、盗賊達はそんな二人に怒号を上げながら、マリの身体に粘ついた視線を注いでいる。彼女の装備を内側から押し上げる豊満な肢体に、好色な笑みを浮かべている悪漢達は――この期に及んで、未だに力量差を理解していない。
「……貴様らが、何かを選べる立場に居るとでも思うのか。片腹痛い」
「構わねぇから、さっさと来な。ウチの連れは、実力もないくせに威張る奴らが嫌いでしょうがなくてね」
そんな彼らへの二人の対応が、火蓋を切り。言語にならない怒りを叫ぶ悪漢達が、四方八方から殺到する。
そこから始まったのは、凄腕の冒険者達による「制裁」であった。
「ぐッ……が!?」
「……生憎だが、盗賊風情に触らせる肌など持ち合わせていなくてな」
鍔による打撃で鼻先をへし折り、突き刺し、斬り裂く。バスタードソードという武器の
「ぐあぁあぁッ!?」
「ぎゃあぁあァッ!」
「……死ななきゃ分からねぇとは、悲しいもんだ」
弧を描き、複数人を同時に斬り伏せるベルグのハルバードは、盗賊達の鮮血でこの地を赤く染め上げていく。鉄仮面の奥から物憂げにため息を漏らす彼は、淡々と刃を振るい、悪漢達の断末魔を響かせていた。
それから僅か、三十秒。たったそれだけの時間で、二人を包囲していた盗賊達は全滅してしまう。
得物を振り血を払うベルグとマリは、この激闘を制した直後でありながら――全く息を切らしていないようであった。彼らは涼しげな佇まいのまま、何事もなかったかのようにガガド達の戦いを見守っている。
「なんだマリ、今日のキレはイマイチだな。さっきは危うく押し倒されるところだったぜ?」
「……最近は、ガガド達の鍛錬に力を割いていたからな。本調子ではないのはお前も同じだろう、ベルグ」
「まぁな。……才能のある奴を見てると、つい自分の鍛錬より力が入っちまう。俺もまた、鍛え直さねぇと」
そんな若者達の奮闘に、刺激を受けた二人も。やがて次の闘争を求めるように、その場から走り去るのだった――。
◇
冒険者達の奮戦が長引くに連れて、ダタッツとランペイザーの剣戟も激しさを増していく。互いの命を刈り取らんと迫る刃が、絶えず唸りを上げていた。
「おぉおぉおッ!」
「はぁあぁあッ!」
これを凌ぎ、次の一閃で決める。確実に殺す。両者ともその信念に従い、相手の命をつけ狙う。
その死闘は互いの刃が零れ始めるほどまでに白熱し、双方の身体に幾つもの切創を残していた。頬や腕から滴る両者の鮮血が、激突のたびに散らされていく。
「そんなナマクラで大したもんじゃねぇか、竜正ッ!」
「これは……ただのナマクラじゃあないッ!」
竜源の魂に支配されている
だが、銅の剣の切れ味では決定打には至らなかったのか。その刃は鎧の中に沈み込むだけに留まり、ランペイザーの胸を貫くことは叶わなかった。
「生憎だが、俺の鎧はその程度じゃあッ……!?」
「この程度で終わると思ったかッ!」
だが、それはあくまで
帝国勇者時代は一度も使わなかったその技は、鎧を通して「伊達竜正」を見てきた竜源にも分からない。そこから生まれる僅かな隙が、ダタッツの狙いだったのだ。
「
「……ッ!」
すでに突き刺さっている銅の剣を、さらに奥深くへと沈めるように。柄を押し込むかの如く打ち込まれた飛び蹴りが、
鎧によって阻止されていた切っ先は、その蹴りが生む衝撃によって一気に突き進み――ついにランペイザーの心臓を、貫いたのだった。
それは紛れもなく、この戦いに終焉を告げる必殺の一撃。そう、なるはずであった。
「大した技じゃねぇか。さすが、俺の子孫だぜ」
「……!」
だが。ダタッツの目に映ったのはランペイザーの死ではなく――薄ら笑いを浮かべて自分を見上げる、
その現象に目を剥くダタッツは、柄を蹴った足に伝わる感覚に意識を向け、全てを悟った。そして、改めて自分の相手が「死んだ人間」であるという事実に直面する。
飛剣風「稲妻」によって撃ち抜かれたランペイザーの心臓は、初めから動いてはいなかった。死者の鼓動を止めたところで、その災厄が終わることなどないのである。
「ぐッ!?」
「……安心しな。一瞬で楽にしてやるからよォッ!」
それは、事実上の抹殺宣言。飛び蹴りを放っていたダタッツの脚を掴むランペイザーは、すでに「必殺」の体勢に入っていた。
「稲妻」が通じなかったことに対する、一瞬の動揺が。この事態を、招いてしまったのである。
「がッ――!」
手首を捻りながら突き込まれる、鉄の剣。螺旋状にダタッツの肉を抉るその切っ先が、彼の身体を貫いた。
だが、それだけでは終わらない。突き刺した刀身をさらに捻り、内側から刻みながら――ダタッツの肩口に向かうように、一気に斬り上げる。
「
相手を確実に抹殺する。その一点にのみ特化した非情の剣技に、かつての帝国勇者は為す術もなく。
衝撃で木の盾を手放した瞬間、鮮血を撒き散らしながら空高く舞い上げられ――屋敷を包む炎の中へと、落下していくのだった。
「……ちッ。勢い余って、火葬しちまったぜ」
蛇咬太刀は本来、斬り上げた瞬間に相手を真っ二つにしてしまう技なのだが。ダタッツとの剣戟で刃零れを起こし、切れ味が鈍っていたせいで刀身が肉体に沈み切らず、彼の身体を持ち上げてしまったのだ。
未熟な少年兵の肉体を借りていることもあり、思うように技を繰り出せない現状に苛立ちながらも――ランペイザーは深々とため息をつき、燃え盛る屋敷の方を見遣る。
「この剣は刺突には向いてるが、斬撃に関しちゃあナマクラもいいところだ。やはり俺達には、刀が一番似合うぜ……なぁ、竜正」
もはや言葉など届くはずもない。それを承知で呟く彼は、子孫を飲み込む炎の前で静かに嗤っていた。
彼の頭上に立ち込める黒煙は、まるで世界を覆う暗闇のように――この砂漠の町を、飲み込んでいる。
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