第7話 先代勇者の真実
ダタッツと冒険者達が砂漠の町を舞台に、ランペイザー率いる盗賊団との死闘を繰り広げていた頃。爺やと共に町を脱出していたガウリカは、荷物を纏めて砂塵の道を進む民衆を懸命に励ましていた。
悲痛な面持ちで、身を引き摺るように住み慣れた町を離れる人々。その表情に込められた悲しみは、察するにあまりある。
「いいか皆、少しでも遠くへ離れるんだ! 生きてさえいれば、町は必ず取り戻せる! ……彼らが取り戻してくれるッ!」
「ガウリカ様の仰る通りだ! 皆、決して希望を捨てるでないぞ! 我々は勝つ、絶対だ!」
だからこそガウリカと爺やは、こんな思いはほんの一時だけだという「希望」を、叫び続けていた。ダタッツ達ならば、必ず勝ってくれると信じて。
今となっては、その希望的観測だけが人々の支えとなっている。それでも不安を拭いきれない一人の少女は、今にも泣き出しそうな顔でガウリカの裾を掴んでいた。
「ガウリカさまぁ……」
「……心配するな。今、とても頼りになる者達が戦ってくれている。我々には、勇者様の御加護があるのだ」
そんな少女の頬を撫で、ガウリカは優しげな笑みを浮かべながら、腰に提げている剣の鞘を握り締めていた。
――数百年前、魔王を倒し世界を救った伝説の勇者。その絶対的存在を神として信奉しているこの町においては、勇者の加護が最後の希望なのだ。
どんなに苦しい時でも勇者を信じ続けていれば、必ず正義が勝つ。そう祈り続けてきたガウリカにとっては――自分に手を差し伸べた、あの少年こそが「勇者」の化身であった。
(ダタッツ……)
彼への想い故に町の方へと振り向くガウリカは、憂いを帯びた表情を浮かべ、豊かな胸に手を当てる。その視線の遥か向こうでは――激しい剣戟による衝撃音が、響き続けていた。
◇
「でやぁあぁあッ!」
「ごあぁあッ!? この女、なんて馬鹿力ッ……!」
振り抜かれたモーニングスターの一撃が、巨漢の盗賊を紙切れのように吹き飛ばしていく。建物に人の形をした風穴を空ける、その破壊力は周囲の悪漢達に戦慄を齎していた。
「……さ、次は誰? アートになりたい奴から、掛かってきなさい!」
溌剌とした顔で彼らに叫ぶ、橙色の髪を靡かせる快活な女性――アリスタ。黒い重鎧で全身を固める彼女は、腰に手を当て強気な笑みを浮かべている。
モーニングスターを豪快に振り回すその戦闘スタイルは、元貴族令嬢だとは到底思えない迫力を纏っていた。可愛らしい顔に油断していたこともあり、盗賊達は完全に圧倒されている。
「あ、あんなの相手にしてられないぜ! 俺は逃げ――ぎょあぁあぁッ!」
「仕掛けて来たのはあんたらでしょ。今さら逃げられるとでも思ってんの?」
やがて、盗賊達の一人が早々に略奪を諦め、逃走を図ったのだが――その魂胆は冒険者側にも見抜かれていたらしい。鞭のようにしなり、男の両脚を斬り付ける蛇腹剣の一閃が、撤退など許さないという冒険者達の宣言を示していた。
伸び切った刃が剣の形に戻った瞬間、物陰から現れた持ち主――カイが、赤髪を靡かせ盗賊達の前に立ちはだかる。街道の只中で前後を挟まれ、盗賊達はたった二人の冒険者に降伏を余儀なくされてしまうのだった。
「カイ、ナイスっ! 危うく逃しちゃうところだったよ!」
「……ったく。そんな重たい鎧着てるからだよ、アリスタ」
白い歯を覗かせて親指を立てるアリスタに、カイは深々とため息をつく。付き合いの長い彼らのコンビネーションは、この市街地戦においても遺憾なく発揮されているようだ。
「あいつらァ、調子に乗りやがって……!」
「ランペイザー様に逆らうとどうなるか……たっぷりと思い知らせてやる!」
「……!? おい、前ッ!」
街道の裏手を駆け抜け、その二人に奇襲を仕掛けようと目論む悪漢達もいたが――彼らの進路は、物陰から飛び出した「新手」によって阻まれてしまう。
「……父さんと母さんの仇。今ここで、討たせて貰います」
「逸るなよ、マルチナ。……焦りは刃を鈍らせる」
赤いミニスカをはためかせ、灰色のメッシュが入った黒髪を弾ませる少女・マルチナ。その両手に握られた二本の短槍は、裏路地に差し込む陽の光を浴びて、眩い輝きを放っていた。
フードとフェイスマスクで素顔のほとんどを隠しつつ、その怜悧な眼差しで男達を射抜くミステリアスな美女・レンダー。白い細腕からは想像もつかない膂力で、彼女は大型の肉切り包丁二本を握り締めている。
「なんだ、女二人かァ……へへっ、ツイてるぜッ!」
「命が惜しけりゃあ、
ある程度冷静さを保っていたならば、彼女達の力量を正確に把握し、退却する道を選んでいたかも知れない。
が、二人の色香に惑わされた悪漢達は身の程を知る間もなく、剣や斧を手に襲い掛かってしまう。それが死への片道切符であることを、察せぬまま。
「――え」
彼らがそれを理解した時には、時すでに遅く。すれ違いざまに振るわれたレンダーの肉切り包丁が、鮮やかに盗賊達を
「こ、このアマァッ!」
「いい気になりやがってぇえッ!」
盗賊団の一員として、同じひと時を過ごしてきた仲間達が、一瞬にして肉塊と化す恐怖。その現実を突きつける血の海を前にしても、生き残った男達は進撃を選んでいた。
力にモノを言わせて、全てを蹂躙してきた彼らにとって。力で劣るはずの女に屈服するなど、死よりも耐え難い苦痛なのである。
「がぁッ!」
「ぐぉあぁあッ……!?」
「いい気になっているのは――あなた達の方です」
だが、そんな屈辱が生む強さなどたかが知れている。その程度の苦しみに由来する力では、両親の死という悲しみを知る少女の槍を、凌ぎ切ることなど叶わない。
10年前、盗賊団に両親を殺された日から。今日という機会を待ちわびていたマルチナは、長年の鍛錬で培ってきた二槍流の技を遺憾なく発揮し、盗賊達を矢継ぎ早に貫いていく。
木製のバックラーで盗賊達の攻撃を巧みに受け流す彼女は、その手に握り締めた短槍を突き出し、躊躇うことなく敵の命を刈り取り続けていた。
「分かりますか。これが……殺される側の、恐怖です」
「ひ、ひぃいぃッ……!」
苦痛を感じる暇すら与えないほどの、一瞬の死。それはある意味では、彼女なりの優しさなのかも知れない。
一切の躊躇なく、閃光の如き刺突で同胞達を抹殺していくマルチナの槍と、その鋭利な眼差しは――女に敗れることを嫌う盗賊達すらも、精神的にねじ伏せていた。
「……強くなったな、マルチナ」
「まだまだこれからですよ、レンダーさん。……父さんと母さんの分まで、この世界を生き抜く。これは、そのための力ですから」
そんな
――そこからやや離れた、屋敷の裏手。炎に照らされたその戦地においても、冒険者達と盗賊達の攻防は続いている。
「ぎゃあぁあッ! た、助け、がッ!」
「あはははっ、この私が逃すわけないじゃん! ほらほらぁ、もっと抵抗しないと殺されるだけだよぉ?」
否、それは到底「攻防」と呼べるものではなく。盗賊以上に血に飢えた修羅の冒険者達による、「蹂躙」であった。
隙間を吹き抜ける風のように、緩急自在の動きで盗賊達を翻弄し。艶やかな茶髪とたわわに弾む巨乳で男共を惑わし、瞬く間に片手剣で斬り捨てる。
そんな冒険者の一人・リンカを組み伏せようとしていた悪漢達は、やがて力の差を悟ると次々に逃げ出していったのだが――殺しを楽しむ彼女からは、逃げられるはずもなく。
恐怖に歪んだ顔のまま、一人、また一人と命を刈り取られていくのだった。それは彼女の周りから盗賊達が消え去るまで続き、屋敷の裏手は血の色に染め上げられてしまう。
そこへ現れた一人の男は、呆れるように息を吐いていた。両眼を布で覆い隠しているのにも拘らず、彼は音だけで状況を理解しているのか――リンカの方に首を向けている。
「……暴れ過ぎだ、リンカ。我々の
「分かってる分かってる、ちゃんと後で掃除するよぉ。……ナナシさんこそ、やり過ぎなんじゃない?」
ナナシと呼ばれる冒険者の一人に振り向いたリンカは、スゥッと目を細めて彼の両手を見遣る。徒手空拳の達人である彼の拳は、盗賊達の血に塗れていたのだ。
「……手加減はしたさ。ただ奴らが、脆すぎただけのことよ」
戦いとなれば一切の容赦はない、二人の
◇
かつて「帝国勇者」と恐れられ、多くの人々を殺めたダタッツこと、
この世界ではない、遠い国からやってきた「当代」と「先代」の勇者は。敵同士として、顔を合わせている。
「……賢いな、竜正。どこで俺の名を知った」
「勇者の剣の
「そうか……ふふっ、奇妙な縁があったもんだ。巡り巡って俺の子孫までもが、この世界に飛ばされて来ちまうとはな」
「……そんなことはいい。どうしてだ。どうして勇者と称えられてきたあなたが、こんなことを!」
だが、ダタッツは先祖を前にしていながら敬うどころか、敵対する姿勢を露わにしている。そんな彼の人となりを、
「お前ならそう言うと思ってたぜ、竜正。……さぞかし、温い時代を生きてきたんだろうよ」
「……ジブンのことは、どう言われたっていい。ジブンは帝国勇者と揶揄されるだけのことをしてきた。でもあなたは……少なくともあなただけは、真の勇者だと誰もが信じているのに!」
「それが温いって話をしてんだよ。俺が生まれ育った戦国の世も、この世界も大して変わりゃあしなかった。敗北が許されない、勝者だけのためにある世界。妻子と引き離されこの世界に連れ込まれた以上、俺のやることは一つしかなかった。それを悔いたことは、今まで一度もない。死んでからもな」
――数百年前、戦国時代の日本から召喚された伊達竜源には、妻子がいた。元の世界に帰る方法を言葉巧みに隠されたまま、魔王討伐を強いられ戦いに臨むしかなかった竜源は、家族を想いながら己の命を擦り減らす日々を送っていた。
それは魔王を倒し、残党狩りを始める頃に差し掛かっても続き。憔悴する中で妻に似た女性を抱き、苦しみを紛れさせる夜もあった。そんな毎日は、文字通り
その女性と紡いだ血統が、やがて誕生する王国の英雄・アイラックスへと繋がっていくことなど知る由もなく。
神が遣わした超人である異世界人を、都合よく利用するために生み出された「勇者」という概念。術者が望みさえすれば、容易く開かれる異世界への「門」。
その事実を竜源が目の当たりにしたのは、とうに肉体が滅び、霊魂だけの存在になった頃のことであった。
この世界そのものへの憎悪を募らせた彼の怨念が伝播し、ただの刀や甲冑でしかなかった竜源の遺品は、禍々しい力を秘めた呪具へと変異し。竜源自身の魂も、やがてその一つである鎧へと宿された。
それから数百年が過ぎ、竜源以来となる勇者召喚が決行された日。彼は元の世界に残してきた妻子の末裔である、竜正との再会を果たしたのである。
「……お前が俺を捨てたあの日、この餓鬼が俺に覆い被さってきてな。気が付いた時には、俺がこの身体を乗っ取っていた。返す方法など知らんし、知っていたとしても馬鹿正直に返すつもりなど毛頭ない」
「復讐として、この世界に居る人々を一人でも多く苦しめるために……
「元々はそうだのかもなぁ。けど今となっては、そんなもんどうでもいいのさ。……餓鬼の頃から食うや食わずの人生だった俺には、今の暮らしの方が性に合うってだけのことよ」
「……そうか」
誰も知る必要のない、勇者に纏わる真実。その一端に触れたダタッツは、ゆっくりと息を吐くと――瞬く間に鋭い顔へと豹変し、弾かれたように銅の剣を投げ付ける。
「……!」
その飛剣風を弾いた竜源は、躊躇いなど一欠片もない殺意の一閃を前に、初めて笑みを消すのだった。
「先祖が相手なら、手加減してもらえるとでも思ったか」
「……ハッハハハ、良いねぇ! 我が子孫がそんな腑抜けだったら、情けなさで自刃してたところだぜ!」
その後に始まったのは、これまで以上の高笑い。本気で子孫が自分を殺そうとしているこの状況に、かつてないほどの昂りを覚えている、狂人の貌であった――。
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