不安定な義姉妹『百合ぽい』

赤木入伽

不安定な義姉妹

【第一話】


 冷ややかな空気でした。


 学校の体育館裏に一組の姉妹がいたのですが、


「はぁ? 私、お姉ちゃんの気に触ることしましたかぁ?」


「何がお姉ちゃんよ。再婚したのは私達の親であって、私はあんたを妹だなんて認めてないからね」


 妹の東山真奈果が面倒そうに言うと、姉の東山愛果が棘のある返しをしました。


 その態度は、いずれも本当に他人のようです。


「はいはい。それじゃあ愛佳ちゃん。私は愛佳ちゃんの気に触るようなことしましたかぁ?」


「それも分からないの?」


「はいはい、そうですよぉ。私は学年トップ10にギリギリ入らない11位の馬鹿なんで、教えて下さぁい」


「――嫌味な子」


 舌打ちをする愛果に対し、真奈果は空を見上げ、眼前の相手にまるで興味がないようでした。


 ただ、そうした態度のために愛果の口調は厳しくなるばかりです。


「あんた、昨日の部活終わって、私たち三年生まだ練習してるとき、友達と帰ったでしょ?」


「……それがぁ?」


 真奈果は言いますが、同時にスマホを取り出し、なにかいじりだしました。


 何の着信音もアラームもなかったのに、真奈果は自発的にスマホを取り出したのです。


 それを見た愛果は、その目を猛禽のように鋭くさせて、頬を真っ赤にさせました。


「ふざけんじゃないわよ――。部活が終わったら、私との約束があったでしょう?」


 愛果は激しい怒気を言葉に込め、声を荒らげ、目に大粒の涙を貯めて言いました。


「私とデートする約束だったでしょぉぉ! 真奈果ちゃんのバカぁぁぁ!」


「だからぁ、私たちが付き合ってるのバレないように、他の友達とは今まで通りに遊ぼうって言ったのお義姉ちゃんでしょぉ?」


「うーるーさーいー! あとお義姉ちゃんじゃなくて名前で呼んでぇぇぇ!」


 愛果は泣きじゃくり、真奈果の胸をぽかぽかと殴りだしました。


 その姿は姉妹ではなく、痴話喧嘩する恋人そのものでした。






【第二話】


 高校三年生の東山愛果は鋭い眼光の持ち主で、良くも悪くも後輩から恐れられる存在でした。


 ところが今の愛果は、


「真奈果ちゃんとデートしたいぃぃ! お義姉ちゃんって呼ばないでぇぇ! 真奈果ちゃん大好きぃぃぃ!」


「はいはい。それじゃ今日デートしようねぇ?」


「でも……もし、また友達が誘ってきたら?」


「それは……まあ、ねぇ?」


「真奈果ちゃんのバカァァァァ!」


 とにかく泣きわめきながら二歳年下の義妹を抱きしめていました。


 もしもこの姿をもし彼女の後輩が見れば、幻滅すること確実です。


「もしそうなってもさ、夜には家デートができるしさ。それで我慢してくれない?」


「やだぁぁぁ! 学校終わってすぐデートするのぉぉぉぉ!」


 愛果のワガママに真奈果も小さく息をつきます。


 しかも世の中には悪いタイミングというものがあって――。


「LINE?」


 着信音は真奈果のスマホのものでしたが、言ったのは愛果でした。


 しかも愛果は「友達から? なんて?」と内容を教えるように促してきます。


「ええっと……」


 真奈果は嫌な予感こそしたものの、仕方なくメッセージを読み出します。


「今日の放課後、一緒に……」


「ダァァァメェェェなぁぁぁのぉぉぉぉぉぉぉぉ!」


 愛果はメッセージ冒頭だけで絶叫しました。


 その後に何が続くか察せられたのでしょう。


 ただ、


「一緒に先生に話してくれる? 部活の予算増やしてほしいって」


 と文章の続きを読み上げると、愛果はにこやかな顔になりました。


「えへへ。真奈果ちゃんは友達に頼られてるね」


 しかし真奈果はさらに続けます。


「で、先生との話が終わったら、駅前のアイス食べにいかない?」


「ヤァァァダァァァァ!」


 愛果の叫びが体育館裏に響き渡り、真奈果は天を仰ぎました。






【第三話】


「うぅぅ、うっ―ぇぇ―うぇぇぇん――」


 愛果は本格的な号泣モードになっていました。


 こうなったら真奈果一人ではどうにもなりません。


「もう泣かないの。誰かに見られたら大変だよ?」


「そんなの知らないぃぃ……うぅ……」


 そのセリフはすべて濁点がついていました。


 真奈果はまた小さく息をつき、どうしたものか考え込みます。


 このままでは昼休みが終わるまで泣かれる恐れもありますし、そんな長時間泣いていれば誰かに見られる可能性だって充分にあります。


 そしてやはり、世の中には悪いタイミングというものがあって。


「真奈果いる?」


 不意に声がしました。


 泣いている愛果のものではないですし、当然ながら真奈果のものでもありません。


 真奈果の友達です。


「お義姉ちゃん人が来るよ!」


 真奈果は慌てて愛果の肩を揺さぶりますが、愛果は泣くのをやめようとしません。


「そんなの知らないぃぃぃ」


「いや、そういうわけにも――」


「うぇ、う――うぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇん――」


 愛果が大声をあげます。


 そして、その時でした。


「あっ、やっぱり真奈果いた――って、愛果先輩?」


 体育館の向こうから友達が顔を出し、すぐに愛果の存在にも気づきました。


 ですが、


「こんにちは。真奈果の友達の――優美さん、で合ってるわよね?」


「あ、はい! 真奈果とは一番の友達させてもらっています」


「そう。これからも義妹のことよろしくね」


「も、もちろんです!」


「それじゃ真奈果、お義母さんの誕生日プレゼントは私が候補を選んでおくから」


 そこには普通の日常会話をする普通の先輩後輩がいて、先輩のほうはピンとした背筋で立ち去っていきました。


 母親の誕生日プレゼントなんて、真奈果は今初めて聞きましたが。


「愛果先輩って、ちょっと顔怖いけど、カッコいいよねぇ」


 友達がほんのりと頬を赤らめて言いました。


 それに真奈果は「まぁ、ね」と適当な同意をしますが、またしてもLINEの着信音がしました。


 もちろん送り主は愛果。


 そして内容は、


 ――ごめんね、真奈果ちゃん、私ったらちょっとパニックになっちゃったね、ごめんね、怒った? 当然だよね、もしかして私のこと嫌いになった? ごめんね、本当に、ごめんね、ごめんね、嫌いにならないで。もうワガママ言わないから。なんでもするから――


 こんなのが二十行以上。


 まったくもって情緒不安定な義姉です。

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