第3話 線香

「もしかしてうちのばあさんの話し相手をしてくれていた子かな? よかったら線香をあげて行ってくれないかな」


 おじさんはニコッと笑顔になっていた。

 下校中の生徒が僕とおじさんを見ている。おじさんが笑顔なせいか驚いている生徒もいる。

 お年寄りの話し相手をしていて家族に笑顔で招かれている。いい設定じゃないか。先日僕が誤ってスカートをたくし上げてしまった女子生徒も見ていた。これで僕を見直すだろうか。

「じゃあ少しだけ」

 僕は招待を受け入れた。


 玄関から仏間ぶつまへ行く途中、居間があった。三人掛けのソファと、一人用の大きいソファがあった。多分おばあさんのソファだと思った。


「小学生の息子は児童館へ行っているんだ。ばあさんが死んでから学校帰りの息子を見る人がいなくてね。妻は買い物へ行っているよ」

 おじさんは説明をして僕を仏間へ案内した。

 お線香のにおいがしていた。おばあさんの遺影はいつも通りニコニコしていた。

 僕はお線香を立てて手を合わせた。早く帰りたかった。

 おじさんはお菓子とお茶を用意してくれていた。断る訳にもいかず、テーブルでおじさんと向かい合って座った。


「名前を聞いてもいいかな?」

「竹田です」

 僕は反射的に答えた。名前を言ってしまった、大丈夫だろうか。しかし僕はこのおじさんの家を知っている、変な事にはならないだろう。自分にそう言い聞かせた。


「竹田くん、母は亡くなる前、様子がおかしかったんだ」

 どくん、心臓の音が大きく聞こえた。


「母は妻と上手くやっているし私の息子……孫とも仲が良かったんだ。色々苦労してきた人だしね、ゆっくりと老後を送っていて私も嬉しかったんだよ。妻もパートに出ていて日中は一人だからね、私は心配で隠しカメラをつけたんだ」


 カメラだって? 僕は背中に汗をかいていた。いや大丈夫、僕はずっと笑顔でおばあさんと接していた。


「そしたら中学生が毎日来ていたんだよ、男子生徒だ。笑顔で来るから話し相手にでもなってくれていたんだと思っていた。しかし母はボーッとする事が増えてひがみやすくなっていたんだ」


 僕は黙って聞いていた。


「中学生の顔ははっきりと映っていなかった。そこで私は高性能のマイクが搭載とうさいされているカメラを買ったよ。値段は高かったけれどもたった一人の母親は大事だからね」

 マイク……。僕は生唾なまつばを飲み込んでいた。


「私は驚いたよ、毎日来る中学生は母に向かってひどい言葉を投げつけてゆくじゃないか、笑顔のままでだ。いじめじゃないか、高齢者だって繊細せんさいなんだ。ちょっとした事で傷つくんだよ。母が最後の日向ぼっこに出た日の夜、母は自分の孫に襲いかかった、首を絞めようとしたんだ」

「え……」

 僕は驚いて声が出ていた。

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