パラスアテナの涙 【神話編】

真田 Kosuke

第1話 プロローグ

“Ζηνὶ βροντήν τ’ ἔδοσαν τεῦξάν τε κεραυνόν.„

ゼウスに雷が与えられ、稲妻が生み出された───。

(ヘーシオドス 『神統記』(“Θεογονία”) 原文 紀元前700年 より)


───紀元前、古代ギリシャの都市イリオス。

のどかな昼下り、見張り台にて。


その見張り台は都市北部の高台に位置し、街全体の警備や、

遠方からの脅威に対する監視が目的であった。


齢16歳の少年カルテナは、母の言いつけもあり、小遣い稼ぎとして見張り当番の手伝いをしている。

王族の身でありながらもこのような手伝いをしているのは、

その身分にあぐらをかかぬよう、一般市民の感覚を理解し、自分で生きていく力を

養ってほしいという母の考えによるものだった。


今日もカルテナは当番として見張り台に登り、いつもと変わらぬ穏やかな街の風景を一望する。


子供たちのはしゃぐ声が、遠くから聞こえてくる。

午後の、太陽の匂い。

空に浮かぶ雲が、ゆっくりと流れていく。

森に目をやると、フクロウが悠々と舞い、柔らかい風が木々を揺らす。

木々のさざめきが優しく耳に届くのに混じり、遠くで雷鳴が響いたような気がした。

カルテナの頭にはぼんやりと、競技「パラスアテナ」 のことが浮かぶ。

明日行われる大会の決勝に、父が出場するのだ。


変わらぬ午後の景色に、やっぱり今日も少し退屈だな…と、あくびを噛みころした。


───しかし次の瞬間、カルテナの目が大きく開く。


「おい…何だあれは…嘘だろ……。」


その現象を目が捉え、頭ではそれがどういうことか、瞬時に理解はした。

しかし、未曾有な規模の天災が発生していると認めるまでには、一呼吸の間を必要とした。

衝撃と悪寒で凍りつく体。全身が、命の危険を感じている。

腕だけは、脊髄反射的に警鐘を叩き鳴らしていた。


「全警備兵に緊急伝令!ワカマタ川の上流が氾濫を起こしている!氾濫発生!今すぐ逃げろ!!」


発することのできる最大限の声量で警報を知らせる。


「繰り返す!緊急伝令!ワカマタ川の上流が氾濫を起こしている!氾濫発生!今すぐ逃げろ!!」


都市イリオスに響き渡る警鐘の音。

穏やかな午後の街が、一変して阿鼻叫喚の非日常へと切り替わる。

慌てて身支度を始める者、我先にと高台方面へ叫びながら全力疾走する者、近所の者へ知らせて周る者。

穏やかな街の空気が一瞬で恐怖の色に変わった。



カルテナが発した警報は、中央の王宮まで即座に届いた。

騒然とする王宮内。青ざめ、血の気が引いた顔の王族たちが足早に行き交う。


王宮内において会議が行われる大広間では、

警備兵をまとめる立場にいるマルマロスが的確な判断で指示を出す。


「非常警報を発信、氾濫地域にいる市民への避難指示、氾濫を抑えるための土や石の準備も!そして最新の氾濫状況を常に伝えるよう、警備兵へ伝令!」


マルマロスの補佐役である部下が、間髪入れず現状を共有する。


「避難指示に関しては各区の警備兵が率先して行っている模様、土や石の準備は指示を出しましたが間に合わない可能性が高いです。

最新の氾濫状況は、現在北部B地点の見張り担当をしているカルテナへ現場からの報告依頼を伝令済みです!」



中央本部のマルマロスからの指示は、伝令役を介してカルテナのところへ至急届けられた。

現場にいるカルテナは、本部からの指示通り、刻一刻と変わる氾濫状況をリポートし続ける。


「ワカマタ川の水位がみるみる上がっている…!待ってくれ、この10分で1.5倍…いや2倍…まだ上がる……なんてことだ…信じられない…」


「伝令役!本部に伝えてくれ!B地点は既に水位が2.5倍まで上がってる!」


信じがたい事実と恐怖で目を丸くした伝令役だったが、

電光石火の如く王宮方面へ駆け出していた。



パニック状態の王宮内で、議論を進めていたマルマロスたちのもとへ伝令が到着する。


「伝令!マルマロス様、ただいまよろしいでしょうか?!」


「よい、簡潔にお願いする!」


「ワカマタ川上流、オリュンポス山ふもとのB地点において、水位が2.5倍まで上がっている模様!」


ざわつき、顔を見合わせる王宮本部の者たち。

間髪入れず、マルマロスは学術に長けた演算担当の者に問いを投げる。


「演算担当!!2.5倍の水位だと都市イリオスの被害範囲はどうなる……!」


学術に長けている演算担当の者は、一瞬絶望した表情を浮かべたが、記述道具を懸命に走らせ、悲痛な声で報告を共有する。


「このままだと───、都市イリオスの半分が流されます……!」


愕然とする者、手で顔を覆う者、小さく悲鳴を上げる者。

受け入れがたい状況に、マルマロスの口から弱音が出る。


「ええぃ、ストラテジストのプロポテ様がいない時に限って……!」


「プロポテ様はオリュンポスの天界を訪ねられて以降、まだ戻られていません…」


「くそ…!プロポテ様がいれば…!この対応だって最善手を打てるはずなのに…!くそ……!ストラテジスト様ご不在の状況で我々は一体どうすれば…!祈ることしかできないのか…!」


マルマロスが机に両手を叩きつけた音が、悲嘆の空気に染まっている大広間に虚しく響く。



見張り台にいるカルテナは、ワカマタ川から片時も目を離すことなく、

氾濫状況を監視し、本部へリポートし続けていた。


「伝令役!本部に伝えてくれ!B地点上流にあるペトラー橋が流された……!ありえない…!最大限の警戒と避難を!!」


日頃から使っている、慣れ親しんだ橋が濁流によって流されていく。

日常の象徴とも言えるものが、いとも容易く流されていく様に、めまいを感じる。


そこへ、警備兵の証を服につけた一人の男が姿を現す。


「そこのカルテナという者、見張りを代わってくれ。」


「え?交代の指示は来ていないけど…?」


「大丈夫だ、後は私が見守る。」


(───見守る?)


「え…?あぁ…わかった。」


その男から発せられる、おそろしいほどの威厳や威圧感から、妙な納得感を覚え、素直に当番を引き渡す。


「では後は任せる。ワカマタ川から目を離さず、氾濫状況を絶えず王宮に伝えてくれ。」


「うむ。」


担当を男に任せ、交代のためにすれ違おうとしたまさにその時、

その男と自分の間で、見たこともないほどの大きな静電気が生じ、全身を駆け巡る。

その音だけでも驚かされるほどの、雷鳴のような大きな音がした。


「イタっっっ………!!!!」


意識が遠のき、夢見心地になるカルテナ。足元がふらつき、視界がぼやける。

瞬間───広い荒野で、屈強な男が一人佇む景色が脳に流れ込んでくる。


(なんだこれ……?誰だ…?なんだこの情景は……?)


1本の映画のように、その男の生涯の物語が展開していく。


───その男は、神と人間との間に生まれた。


いくつもの試練が与えられ、


いくつもの試練を乗り越えていく。


走馬灯のように、その男の生涯が駆け巡る。


試練を乗り越えた先───4人の英雄と対峙し、「パラスアテナ」の勝負をする。


熾烈を極めた長い激闘の末、敗れてしまう───ところで、ふと我に返った。


「いててて…。」


(今のは何だったんだ……)


注射器で直接脳に記憶という情報を流し込まれたような感覚であった。


すれ違った男を振り返るが全くの無反応で、いっそ無関心とも言えるほど平然としていた。


(あ、大丈夫だったんだ……。この人見たことないけど、中央本部のお偉いさんっぽいな……

お偉いさんが直々にワカマタ川の様子を見に来てるってことは…

やはりこれは都市レベルの危機…母さんや父さん、クシュケは大丈夫だろうか…)


悪い予感がした。自分の居住区である市街地方面へ全力で駆け出すカルテナ。


(突然降って湧いたように起きたこの大洪水…一体何なんだ…イリオスで一体何が起きているんだ…)


市街地までの最短ルートを必死に考え、全力疾走する。頭が最高回転で思考している気がする。

途中振り返った時には、先程まで自分がいた見張り台すら濁流に飲み込まれて

いた───。





あとがき────────────────────────────────────


数年前、トランプの大富豪をベースに、新しいゲームを創りました。


当時は仲間内でプレイしていただけでしたが、そのゲームが非常に面白く、

もっと多くの人にプレイしてもらいたい、

もっと多くの人とこのゲームを楽しみたい、と思うようになりました。


この小説はそのゲームを題材にして、ためしにデザイン思考のフレームワークを使って構想を練ってみたものです。


現状、

1.神話篇

2.現代部活編

の二部構成を予定しています。


小説というものが右も左も分からない状態で書き始めましたが、精一杯がんばります。

ここから少し長旅になると思いますが、温かい目で

お付き合いいただけたら幸いです───。



次回、本編開始。

「旅のはじまり」

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