彼女の素顔③




それから二日後。 相変わらず帰るのが遅くなってしまった。 それが原因なのか、家に帰ると結子がいない。 慌てて電話をすると長めのコール音の後、素っ気ない応答があった。


「何?」

「今どこにいるのさ!」

「どこって、実家だけど」

「どうしてそんなところにいるの?」

「俊樹・・・。 あのね、私見ちゃったんだ。 女の人と一緒に、楽しそうに歩いているところ」

「ッ・・・!」


先輩の奥さんのことだとすぐに分かった。 他に誰かと歩いていたりなんて、していないからだ。


「いや、浮気とかそういうのじゃ全くないんだよ。 あの人は、先輩の奥さんで・・・」

「不倫・・・しているの・・・?」

「違うって!」


やましいことは何もしていない。 なのに、心臓の音が破裂しそうな程に鳴っている。


「私、化粧を落とすのは嫌だっていうのに、取れ取れ言うし。 私を遅くまで一人で待たせて、俊樹は女の人と楽しそうにしているしさ」

「それは・・・」


携帯を持つ手が震えていた。 誤解なのに、電話だからか上手く伝えることができない。


「会って話そう。 そうすれば、全て誤解だって分かって・・・」

「もういいよ。 私たち、ちょっと距離を置いた方がいいと思う」


この時初めて、彼女がどれだけ追い詰められていたのかが分かった。 あまりにも軽く考えていた。 あの夜からシグナルは出ていたのに、驚かせようと思う気持ちばかりが先走ってしまっていたのだ。


「結子・・・」


電話は既に切れていた。 かけ直そうかとも思ったが、全身の脱力感に指が動かなかった。


―――・・・終わってしまったんだろうか。


今でも彼女のことが好きだ。 素顔を見せてくれないなんてどうでもよくて、ただ結子のことが好きだった。


―――自分でも、言っていたのにな。


その日から、二人の住まいは一人きりの住まいになってしまった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る