~憤怒と魔獣~

言葉は魔法

 私はアン・サタナエルMyself became mortal sin of fury


 光を知らず、求めず、Those who long for and seek light more 忌み嫌う者than anyone else


 色彩に溢れた世界にThose who love the colorful world more終わりを齎す者 than anyone else


 故に我が道に栄光は要らず、There is no hope in my journey, 抱けるものは勝利のみbut that doesn't mean I should find despair


 故にTherefore,我が心は悪魔に売った I pray to the one who controls the victory故にTherefore,我が身は大罪で汚した I leave scratches on the clean wall


 私はアン・サタナエルMyself became mortal sin of fury


 見えざる手の招来を受け、I cannot help resenting the god この世界を救う者なりwho invited me to this world


  *  *  *  *  *


 言葉は魔法だ。


 そんな事を言った人がいたような、いなかったような。

 だが実際、魔法にすら匹敵するものではないかと思わなくもない。


 神の声を聞き届けたという聖女然り、母国の不況をとある民族のせいと宣った政治家然り、殺すなどと野蛮な一言を綴った歌で、己が残酷さを感じさせた武将然り。


 言葉には、妙な魔力が宿る。

 前世の世界では言霊とか言ったか。異世界の魔法程ではなくとも、不思議な力を有している事だけは確かだ。

 目が見えないアンですら、聖女、独裁者、戦国武将というイメージが伝わってくるくらいに、言葉と言うのは人よりも、物事を理解した上で語り聞かせて来る。


 故に魔法に詠唱が必要だと言われても、何となくだが納得できた。


 言霊に魔力を籠めるにしろ、言霊そのものを魔法に変えるにしろ、言葉とは、言霊を操る最適な道具であり、防具であり、武具。

 どれだけ神聖な魔法であっても、人が死ぬ道理は変わらない。

 血が足りなくなれば死ぬ。

 心臓が鼓動を止めれば死ぬ。

 脳が電気信号を送れなければ死ぬ。

 血肉が形を失えば死ぬ。霊魂尽き果てれば死ぬ。

 故に魔法は戦うための一手段であり、武器の一つであると考えた。それこそ、剣や銃火器と何ら変わることはない。破壊と殺傷の武器の一つでしかない。


 そう考えていたからか、魔法の会得は難しくなかった。

 魔法で殺そうと、剣で殺そうと、同じ人殺しの武器である事には、違いなかったからだ。


  *  *  *  *  *


「いつもすまないねぇ」

「アン様、それは言わない約束ですよ……」

「その流れ、何が面白いんだ?」

「フム。実は私も出所さえわかってないのだが、喜劇では定番の流れだったんだよ」


 小石を踏んだ荷車と共に弾み、会話まで弾ませるアンだったが、会話の流暢さと体の状態とが比例していなかった。


 まず一番大きなところで行くと左腕を失い、隻腕となった。

 とりあえずエリアスに頼んで冷凍保存させているのだが、果たしてアンの考えている通りに活用出来るのかはまだわからない。


 魔力に関しても未だ八割近く失ったままで、飲めばたちまち回復するような回復薬ポーションなんて便利グッズなど都合よくあるはずもなく、自然回復を待つしかないのだが、完全を求めるとなると時間が掛かり過ぎる。


 だが、何より率先して回復させたいのは体の傷だ。

 斬られた左腕は一先ず置いておくにしても、全身についた切り傷、火傷、打ち身等、治せる傷の数々は治しておきたい。

 せっかくの美人の体が、傷だらけではもったいない――などと、自分が美人かどうかも知らない盲目の大罪人は言うが、ともかく治せる傷は治しておく事に越した事はない。


 一行はアンの回復、そして壊滅的被害を受けた破戒僧の賊軍が身を潜められる場所を求めて、荒れ果てた荒野を真っ直ぐに歩いていた。

 アンはベンジャミンの引く荷車に乗せられ、エリアス、アドレーと共に揺られている次第である。


 他の尼僧や子供達も男の僧侶が引く荷馬車に乗り、静かに揺られているが、四日前の騎士団の残影が悪魔のように目蓋の裏側に張り付いているらしく、まともに眠れていない様子で、不安かつ不穏な空気が蔓延していた。


 無理もない。

 目の前で人が殺され、ついさっきまで隣にいた人がいなくなる。この感覚は慣れないだろうし、慣れてはいけない感覚だ。

 子供達には刺激が強過ぎただろうし、泣きじゃくるのも無理はない。彼らを宥める尼僧の顔に、疲れの色が見えるのも当然だ。


 移動中にも常に周囲に気を配り、敵の存在を確認しながら進んでいるため、荷車を引く破戒僧の足も、その周りで警護する破戒僧の足もかなり遅い。

 亀とまでは言わずとも、しかし象と呼べるほどに悠然とも言い難く、敵が自分達の領域に侵入した場合に備えて警戒し、いざとなれば向ける牙を用意しているカバのような歩みで進む。

 歩みを速めることは出来なくはないが、警戒を保ちながらとなると現状が最速であり、皆の緊張が切れて壊れるのと、目的地へ辿り着くタイミングとを掛け合わせた結果、導き出された速度であった。


 ふと思い出す。


 自分を轢き殺してくれた電動の鉄塊に乗り、揺られていた時間。

 吐き気を催した日もあった。目が見えない事で席を譲って貰った日もあれば、白杖が邪魔だと舌打ちをされた日もあった。

 あまり楽しい思い出はないが、時々人が少ない時間帯に乗ると、発達し過ぎた聴覚には響いたが、震動が気持ちよくてつい居眠りしてしまう事があり、その時は気持ちが良かった。


 まぁ、その時には命なんて狙われていなかったし、むしろ皆が自分を避けて関わろうともしなかったから、状況的には似ても似つかないのだけれど。


「アン様? お身体が辛いのですか?」

「アン姉ちゃん、痛い?」


 自分は今、どんな顔をしていたのかわからなかったが、二人の声色からして、あまり良い顔色だったとは言い難い。

 小さな頭を手探りで探し当て、梳くように撫で下ろす。

 エリアスはスライムだから若干の湿り気は感じたが、それでも二人共何日も風呂にも入れていないため、ボサボサの髪をしていた。


 目の見えない身で、身嗜みについてとやかく言うのも違う気もするが。


「街に着いたら、湯浴みさせてやらねばな」

「「お姉ちゃん(アン様の治療)が先(です)!!!」」

「……おやおや」


 見事に言い返されてしまった。

 元奴隷に、地下施設でずっと閉じ込められていたホムンクルスとは思えない強い口調で。

 片腕になって戻って来た時には、それはもう永遠に続くかと思うくらいに泣きじゃくられた時には、まさかこんなにも逞しくなるとは思わなかった。


 だが世界には、彼女達以上に、逞しく生きる子供達がいるのだという事を知っている。結局、前世の世界において彼らと関わり合いを持つ事はなかったが、この世界に来て初めて、関わりを持つ事になる。


「そこの馬車! 止まれ! 積み荷を全部置いて、有り金をすべて置いて行くがいい!」


 それはもう、流暢に発せられた脅し文句であった。

 毎日二、三回は言っているか、台本でも用意されているか。とにかくスラスラと出て来るものだから、もはや棒読みにすらなり気味に感じられるくらいに、自然と発せられていた。

 それこそ、脅し文句の強さと声の若さの間に、違和感を感じられないくらいに。


「シャルティ!」


 と、若い声の持ち主だろう相手の名前をグレイが叫んだ。


 鬼僧の姿を見て安堵したのか、それとも物資を運んだ荷車でないとわかって落胆したのか、とにかくシャルティと呼ばれた彼女は溜息を漏らし、声を届かせるため立っていた岩の上から飛び降りて来た。


「グレイ、あんただったのね。何かあったの?」

「騎士団の襲撃を受けた。アジトにしていた洞窟が使えなくなってしまったため、しばらくおまえ達のところで身を隠したい」

「そ。別に私は構わないし、彼も文句は言わないでしょう。ただ、そこの四人に関しての説明も、ちゃんとあるんでしょうね」

「無論だ」

「……わかった。一先ずはあんたを信じてあげる。あんた達! この荷車引いて行きなさい!」


 と、岩の陰から出て来た足音が武器を収め、怪我をした破戒僧らに代わって荷車を引く。

 断然遅い速度になりながらも、再び進み始めた荷車に揺られながら、一行は王国、レギンレイヴへと辿り着いたのだった。

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