15

 アンダープリズン関係者の中に裏切り者がいる。それは、二階堂という男に限ったことではなく、どれだけの人間が関与しているか定かではない。それに、手を貸すだけ――手引きをするだけであれば、なにも解放軍に扮装する必要もないのだ。極端な話、こうして共に状況を打破しようとしている楠木や、ほんの少しタイミングがずれてしまったせいで巻き込まれてしまった中嶋だって、解放軍と関与している可能性がゼロにはならないのである。こんなことを言い出してしまえばキリがないことは分かっている。分かってはいるが、一度膨れ上がり始めた疑念というものを消し去るのは難しい。それだけ、解放軍が得体の知れない集団であるということだ。


「とにかく、今は色々と考えるところがあるだろうが、俺達のやるべきことは、解放軍についてあれこれと模索することじゃない。一刻も早く助けを呼ぶことだ。行こう――あまりもたもたしていると、食堂のほうで何が起こるか分かったもんじゃないし、戻りが遅いことを不審に思って、解放軍の連中が様子を見に来るかもしれない。急ごう」


 楠木の一言が、悪い方向へと傾き始めていた縁の思考を切り替えてくれた。そうだ、楠木の言う通り、今は何よりも助けを呼ぶことを優先すべき。そして、解放軍の監視下から抜け出した縁達がやらねばならないことだ。


「――そうしましょうか」


 中嶋が頷き、そして縁も大きく頷いた。現象において、互いに疑心暗鬼になって得をすることはない。今は面倒なことになってしまう前に、とにもかくにも助けを呼びに向かうべきだ。


 改めて、楠木を先頭にして、縁達は動き始めた。ひんやりとした地下の空間に足音だけが反響する。まるで、この世界に三人だけが取り残されてしまった気分だ。楠木の先導で階段をゆっくりと下りて行く。もちろん、縁と中嶋は背後のほうを警戒し、なかば楠木と背中合わせになるようにして、とにかく地下へ地下へと潜って行った。階段の終点を迎え、0.5係の詰め所と、坂田の独房のある最下層へと到達したが、今のところ解放軍の気配はない。どこか拍子抜けしたかのような印象もあったが、何事もなくて何より。大きく胸をなで下ろした。


 念のために、詰め所の前で楠木がアサルトライフルを構え、合図を受けた縁が勢い良く扉を開く。楠木が中へと飛び込み、アサルトライフルの銃口を左右に振り回すと、大きく溜め息を漏らして銃口を下げた。この最下層までは、まだ解放軍の魔の手は届いていないようだった。縁と中嶋も詰め所へと入り、ゆっくりと扉を閉めた。


 扉を閉めただけなのに、油断ならない空気の漂う場所から解放されたような気がした。正確には、隔離されたというべきか。安全性が確保されたわけではないのに、なんだかひどく安心する。まだ解放軍に支配されていないと思われる空間だからかもしれない。


「俺はここを見張っている。どちらでも構わんから、外に連絡を取ってくれ」


 そう言うと、閉じた扉のほうへと銃口を向ける楠木。ここにだって、いつ解放軍の手が伸びてくるか分からない。慣れた場所にやってきたからと安堵するよりも、楠木くらいの危機感は持っておくべきなのかもしれない。アンダープリズンの大半は、解放軍の支配下にあるのだから。


 楠木の言葉を受けて、中嶋が縁よりも先に黒電話へと歩み寄った。受話器を取り、そして「よし」と呟く。恐らく、電話線が繋がっていることを確認したのだろう。


「とりあえず、どこに電話をかけますかねぇ。110番したところで、まずまともに取り合っては貰えないでしょうし、連絡を取るにしても、ここの存在を知っていて、なおかつ助けを要請できるような人じゃなければ――」


 縁は真っ先にある人物のことを思い浮かべた。はたと顔を上げた中嶋も、誰に連絡を取るべきかあたりをつけたようだった。きっと、両者が思い浮かべた人物は同一人物だ。


「倉科さん――」


「倉科警部――」


 案の定、二人の口から飛び出した名前が一致した。アンダープリズンの存在を知っていて、この緊急事態に人を動かせるだけの発言権を待っている人物。その発言権は彼の叔父である法務大臣を通しての発言権なのであるが、この特異な状況下において、倉科以外に適任者がいるだろうか。アンダープリズン自体が一般的には機密の存在であるから、公の機関である警察などを頼ったところで、中嶋が言った通り相手にさえされないだろう。悪戯だと思われるだけならばまだしも、機密の漏洩にも繋がるだろうし――。こんな状況下で、まだ機密を気にかけている自分が嫌になる。


 中嶋と縁は頷き合い、そして中嶋がスマートフォンを取り出した。縁達は食堂が占拠された際にスマートフォンを取り上げられてしまったが、その場にいなかった中嶋は刀狩りに遭わなかったということか。スマートフォンそのものは使用できないが、倉科の電話番号を引っ張り出すには、これほど便利なツールはない。むしろ、中嶋までもがスマートフォンを取り上げられてしまっていたら、肝心である倉科の番号が分からず、途方にくれていたのかもしれない。


 ダイヤルを回すと、スマートフォンを懐に仕舞いつつ受話器を耳に当てる中嶋。それを縁はじっと見守る。楠木は銃口を向けながら扉とにらめっこだ。しばらくすると、中嶋が大きく頷いた。繋がった――という意味合いであろう。そして、中嶋は大きく安堵の溜め息らしきものを漏らすと、受話器に向かって口を開く。


「あぁ、倉科さんですか? 中嶋です。実は、とんでもないことになってしまいまして――」


 ――解放軍に占拠されたアンダープリズンから、SOSが発せられた瞬間であった。


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