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 アンダープリズンの内情には詳しくないが、なんとなく楠木の言っていることは理解できる。どうやら、鉄扉のひとつを動かすにもパスワードの入力が必要であり、そのパスワードを変更されてしまったらしい。となると、新しいパスワードを知らない楠木には、鉄扉を開けることができないということか。


「でも、俺が来た時に自動開閉仕様になっていたってことは、今も自動開閉仕様のままになっていなきゃおかしくないですか?」


 自動開閉仕様というのは、楠木いわく鉄扉を自動ドアのような仕様にすることらしい。このアンダープリズンには数ヶ月に一度、職員の総入れ替えが生じる。月単位で泊まり込んで働く交代制度が導入されているからだ。その入れ替えの際は、効率性を重視して自動開閉仕様にて入れ替えを行なっているのであろう。相変わらず、妙なところはしっかりとしているくせに隙のあるセキュリティーである。


「いや、過去に自動開閉仕様から元に戻し忘れて問題になったことがあってな。それ以降、一定の時間が経過すると、自動開閉仕様が解除されるように設定されるようになったんだよ。中嶋が来た時には、まだ自動開閉仕様の設定が生きていたから、なんの手続きもなしに――むしろ守衛室が無人であっても、このアンダープリズンに入ることができたのだと思われる」


 中嶋の疑問に答える楠木。その辺りの事情など、縁にはなおさら関係のないことであるが、操作をせずとも自動開閉仕様は勝手に解除されるようになっているらしい。たまたま元の仕様に戻すのを忘れたのか、それとも自動開閉仕様の性質を解放軍が知っていたのか――。ともかく分かったことがある。それは、現状では外に助けを呼びに向かうことができないということだ。そして、解放軍の中には、守衛室のパスワードを変更できるほど、内情に精通した人物がいる可能性が高くなったということ。


「――とにかく、変更されたパスワードが分からない以上、鉄扉を開けることはできない。もちろん、人間の力でこじ開けるなんてこともできないだろうから、助けを呼ぶにしても別の方法を考える必要がある」


 楠木の言葉に小さく頷く縁。ここの出入口となる鉄扉は、ただの扉とは違い、単純に一枚の鉄の板が開閉する仕組みになっている。もちろん、鉄扉はヤワな作りにはなっていないだろうし、人の力で開けることは無理だろう。


「あの、なんとかなりませんか?」


 縁は駄目元で聞いてみた。楠木が首を大きく横に振った時点で、言われずとも答えは明白だった。


「なんともならん。システムの根幹部分を知っている人間なら、どうとでもなるのかもしれないが、俺はただ決められた使用範囲の中でシステムを利用しているだけに過ぎんからな」


 とどのつまり、現状では鉄扉を開けることができないということか。すぐ近くに外へと通じる突破口があって、そこから外に出ることができれば助けが呼べるというのに、その肝心の突破口は、システム上で封鎖されてしまっている。なんとも、もどかしい話だ。


「――もしかしたら、ここのシステムエンジニアならば、鉄扉を開けることができるかもしれませんねぇ。刑務官とは違って、完全な専門職としてここにいるわけですし」


 中嶋がぽつりと呟いた言葉に、桜の顔が真っ先に浮かんだ。彼女は刑務官ではなく、システムエンジニアとしてアンダープリズンに駐在している。彼女に任せれば、パスワードが変更されてしまったシステムを突破し、鉄扉を開けることができるかもしれない。そんな希望を見出した縁を叩き落とすかのように――きっと本人はそんなつもりはないのであろうが、中嶋が余計な一言を付け加えた。


「逆に言ってしまえば、鉄扉の開閉システムのパスワードを変更できる人間も、それに詳しい人間でなければ難しいように思えますけどね――」


 気付きたくなくて、目を背けていたことを突き付けられてしまった思いだった。今回の事件は、内部の人間が解放軍を手引きしている可能性が高い。その疑いが、この時をもってして桜を含むエンジニア達にかけられてしまったわけだ。確か、彼女の話だと、ここに駐在するシステムエンジニアは数人程度だったはず。基本的にシステム不良が起きない限り、システムエンジニアもまた0.5係と同じようなものであり、普段はシステムの監視とメンテナンスくらいしか仕事がない。それゆえに、駐在するのは数人で充分とのこと。よって、システム的な面でアンダープリズンに介入できるのは、この空間の中に限っていえば、桜を含めて数人しかいないことになる。


「なんにせよ、現状で鉄扉を開けることができないのは間違いない。さっきも言ったが、ここであれこれと考えている暇があるなら、他の方法を模索することに注力しよう」


 鉄扉は開かない。システム的にも物理的にも、びくともしない。それは絶対不動のことわりであり、今の面子ではどうにもできない。桜を連れて来れば状況も変わるかもしれないが、残念なことに桜は解放軍の支配下にある。現時点では、助けを外に求めることは諦めるしかない。


 そこで縁は、はたと気付いた。外に直接出て助けを求めることはできないが、他にも助けを呼ぶ手段があるではないかと――。それは、あまりにも単純ではあるものの、この窮地から脱するには非常に効果的なものだった。


「――そうだ。電話。電話があるじゃないですか」


 思わず口にしてしまった言葉に、中島と楠木が顔を見合わせる。すっかり失念してしまっていた――。そのような表情に見えた。


 このアンダープリズンにはアナログながら固定式の黒電話が設置されている。他の部屋がどうなっているのかは知らないが、少なくとも0.5係が詰める部屋には黒電話が置かれているのだ。そして、スマートフォンの類は使用できないが、黒電話ならば使用できるはずだ。まぁ、仮にスマートフォンが使える場面だとしても、解放軍に取り上げられてしまったから、やはり黒電話に頼るしかないのだろうが。


「言われてみればそうですねぇ。こんな状況だから、すっかり忘れてましたよ」


 中嶋がそう言うと、楠木が守衛室のほうに視線をやりながら口を開く。


「しかし、外部との繋がりを極力減らすために、電話の設置も必要最低限に留められていたはずだ。その証拠に守衛室には置かれていないからな」


 存在自体が機密扱いであるアンダープリズンでは、外部に情報が漏れるのを防ぐために、デジタル回線ではなくアナログ回線による連絡手段が採用されている。それらの観点から考えても、むやみやたらに電話を設置するようなことをしていないのであろう。必要最低限の設置に留められていると考えられる。しかしながら、その黒電話が0.5係の詰め所には置かれているのだ。もちろん、黒電話が設置されているのは0.5係の詰め所だけではないだろうが。


「ここから一番近いのは、刑務官達の詰め所か」


 中嶋が宙に視線を投げながら、何やら考えているようだった。ここまできたら考える必要などない。一刻も早く外部と連絡を取るべく動くべきだ。


「だったら、そこに向かいましょう。今は何よりも外部と――」


「いや、刑務官の詰め所はやめておきましょう。監獄を改装したところだけあって無駄に広いし、注意を払わなければならない範囲が広くなります。解放軍とやらが潜んでいないとも限らないし、詰め所の辺りは身を潜めるところが多すぎる。だったら、少し遠くなっても、階段のすぐそばにあって、警戒する範囲も前後だけで済む0.5係の詰め所に向かうほうが安全でしょう。道中に身を潜められるようなところもありませんし」

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