第15話 ハッカーと逃走。

 倉庫街の一角に俺は取り残された。

 寒空の下、スマホの画面と向き合う。

 が、何も表示されない。

 見捨てられた?

 それとも、またもウルフの仕業だろうか? あいつがルプスの情報を得たことで、俺には両者の区別がつかなくなった。

 でも私用の回線はまだ知られていないはず。そう願うしかない。

 そこにチリンチリンと鈴の音をならしてきた自転車がくる。

「よっ!」

 爽やかイケメンの一ノ瀬斗真が自転車にまたがっている。後ろにもペダルがあることから二人乗り用の自転車のようだ。フレームについているバッテリーから分かるように、電動アシスト自転車だ。

 全力で走ってきたのか、汗を流している。

「いい自転車だね」

「だろ? 何も言わずに乗れ」

「分かった」

「何も言わずに……と言っただろ」

「へいへい」

 筋骨隆々の斗真の後ろに、俺が乗りこみ、一緒になってペダルを踏み込む。

 無駄口をたたけるのも、こいつへの信頼感があるからだ。

「春海ねえに言われてきたのか?」

「おうよ! それにしても厄介なことに巻き込まれたようだな」

「だな。本当に面倒くさい」

 政治の道具にされてはたまならいというもの。

 それに大切にしているものはいつだって身近にある。

「ありがとな」

「ははは。なんだよそれ」

 笑い飛ばしてくれるのが斗真のよさだ。

「ところでどこに向かっている?」

「さあな。おれも、姉さんに言われたとおりにしているからな」

「もしかして秘匿されているのか?」

「そういうこと」

 となると、こちらのデータはできるだけ遮断した方がいいな。

 スマホの電源を落とし、一生懸命にこぐ。

 海風のあたる僻地へきちから山に向かって数十キロメートル。

 走り始めてから四時間かかる道のりは、平坦ではなかった。

「さすがに疲れたぜ……」

 そう言ってとある民宿に泊まる俺と斗真。

「だな。電動じゃなきゃ、これだけ走れないしな」

「水分は補給しておけ」

「あらあら。お疲れさん。旅の人かい? 今どき珍しいねぇ」

 民泊のお婆ちゃんが丁寧な口調で訊ねてくる。

「はい。筋肉をつけるには丁度いいかな、と思いまして」

 人当たりの良い斗真は当たり前のように返事をする。

「おやおや、それは関心だこと」

 お婆ちゃんとの会話を切り上げると、自分の部屋に案内される。

 そこは六畳一間のちょっと狭い和室だった。お茶請けとお茶は自由に使っていいらしい。

 冷蔵庫の貸し出しもあるが、俺は特に使う理由もない。ちなみに斗真はプロテインを冷蔵してもらったらしい。

 俺は疲れから伸びをして身体をほぐす。

「しかしまあ、斗真が駆けつけてくれるとは思わなかったぞ」

「ははは。友だちじゃないか。困っているときはお互い様だ」

「そう言ってもらえるのはありがたいが……。お前も危ない目に遭うんじゃないか?」

「大丈夫だ。おれには姉ちゃんがいる。『いざとなったら私との関係を言いなさい』と言われている」

「お前、そんな状況になっても言わねーだろ」

「ははは。ちげーねー」

 そう言ってお茶請けのまんじゅうを頬張る斗真。

「ホントお人好しだな。お前は」

「お前の方だよ。バカ」

 明るいテンションで告げる斗真。

「どういう意味だ?」

「おれには世界やこの国のために働こうなんて考えはないぜ。守れるもんは自分の手のひらにのっているもんだけだ」

 手のひらを握って確かめる斗真。

「そんなもんか?」

「そんなもんだ。世界を相手どる奴がよくもまあ。度胸があるんだか、ないんだか」

「俺には分からん」

「おれもだ。どうせ感覚で動いているんだろうよ。人間そんなもんだ」

「十六の男がよく言える」

「周りが優秀だと、おれみたいになるもんさ」

「そういうお前も、筋肉は一人前以上だろ」

「だな」

 クスリと笑う斗真。

 斗真は努めて明るく言うが、並大抵の努力では、その筋力はつかないだろうな。

 腹筋割れているし。


 次の日の朝になり、再び自転車をこぐ。

 向かっている先は山の中腹。

 そこまで自転車をこぎ、あとは前にのっている斗真が決めること。

 下り坂をおりていくと小さな小屋がある。いわゆるログハウスだが、郊外のこんな場所にあるのが意外だった。人の住んでいない地域にみえるのだが。

「ここで過ごしてもらうぞ。颯真」

「何? こんなところでか?」

「周囲に機械がない方がいいじゃないか? って姉さんが言っているぞ」

「そうか。なるほどな」

 ハッキングされているのなら、ハッキングされないよう、外部との連絡を絶つ。これでハッキングされる心配はなくなった、が……

「生活費や買い物はどうするんだよ。俺、自転車をこげないぞ」

 それだけの力がない。

「それは問題ない。ネット環境があり、通販でものが届く」

 ひと息吐くと、続ける。

「大丈夫だ。姉さんがこの小屋の管理人だ」

「!? じゃあ、春海ねえも、ここにいるのか?」

「ああ。ずっとここからネットに接続している。ウルフには知られていないらしい」

「そう、なのか……」

 この七日間で、俺と斗真の居場所はバレなかった。となれば、この場所も知られていないのだろう。

「とりあえず春海ねえに会って確かめないとな」

「そうだよな。おれも久しぶりに顔を見ておくか」

 俺と斗真はログハウスの玄関を叩く。

「どうぞ」

 久しぶりに聞いた声音に、安堵の表情を浮かべる。

 ドアを開けると、そこには見慣れた栗色の髪を見つける。

 手元にはあるパソコンに入力を続ける春海。

「よっ。久しぶり」

「久しぶりだな」

「そうね。会えて嬉しいわ。お願い、二人きりにさせて」

 春海は斗真に告げる。

「はいはい。お邪魔虫は帰るさ」

 明るいテンションのまま、斗真は自転車に向かう。

「帰していいのか?」

「ええ。問題ないわ」

 こう言っているが、普段は仲の良い姉弟だ。

「少し手伝ってもらえる?」

 そう言って春海が座っている席の対面。そこに置かれたパソコンを指さす。

「……分かった」

 俺もパソコンに向き合うと、ハッキングの準備をする。

「で。何をハッキングするんだ?」

「宙名の防衛省」

「いきなり大きな仕事だな」

「ここの宇宙軍の衛星兵器がジオパンクを狙っている」

「衛星兵器?」

「ええ。宇宙から地上を攻撃できる兵器よ」

「なるほどな。それはマズいな」

 ハッキングを開始すると、春海のサポートに当たる。

 春海のたどったアクセス記録を改竄し、データの修復を阻害するプログラムを流す。

 さらにはパスワードを改竄していく。一般人ならこの設定で弾かれる。本来パスワードには設定できない文字をつけて、あえて混乱を招く。

《ジオパンクの笹原総理は、祖国・アメリナの国益を阻害している!》

 そんなことを言っているのはアメリナの新聞社だ。さらには、

《笹原総理はテロリストを引き渡さない!》

 といった言葉が羅列されている。

「どうするの? これから……」

 春海は心配そうに呟く。

「分からないが、俺は生きていたい」

「そっか。なら私も手伝うかな」

 宙名・防衛省の衛星兵器の動きを止めると、再びキーボードを叩く春海。

「なにをしている?」

「今からルプスとして活動する!」

 初めてそんな宣言をしたものだから、目が丸くなる。

「ど、どういうことだ?」

「私が頑張ればいいということだ。まずはアメリナの武器を掌握する」

「あー。それなら俺がやっておいたわ」

「! どいうこと?」

「俺が捕まりそうになった前に仕込んでおいた。下手に動かすと自滅することになる」

「あんた、やり過ぎよ」

「へ。でもお陰で助かっているだろ?」

「まあね」

 キーボードを叩き続ける春海。

「本当に仕込んでいたわね。これでは勝手に動かせないわ。どうりでスピナ大統領が騒いでいるわけだ」

「これから、どうする?」

「監視と、あとお金が問題になってくるわね」

「そうか……。お金か」

 資金源がなければ生活もできない。ここのログハウスだってただじゃないだろう。

 気が滅入るな。

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