勇者召喚に巻き込まれた魔王少女の王城スローライフ

緋色の雨@悪逆皇女12月28日発売

プロローグ

 とある世界の大地に魔術先進国がある。女王が収める直轄領に加え、wizard of the Round Table――通称ラウンズと呼ばれる12の魔術師が統べる領地からなる大国だ。


 各々が好き勝手に収めていた12の領地を纏め上げたのは、先代より王位を引き継いだシャノン。先王の一人娘で、わずか12歳の少女だった。

 彼女はときに魔術の手腕を示し、またあるときは政治的手腕を示して彼らを従えていった。そしてわずか4年で、バラバラだった領地を一つの国として機能させたのである。


 そして16歳になったいま、彼女はこの世界の頂点に君臨していた。


「シャノン女王陛下、そのような恰好でどちらへ行かれるのですか?」

「異世界にあるアキバに遊びに行くつもりだ」


 純然たるプラチナブロンドの髪に褐色の肌。まだ幼さの残る彼女は、背中から広がる黒翼を隠し、ノースリーブのブラウス&ティアードスカートという姿で、紅い瞳を輝かせている。

 ――が、シャノンの側近。文官で魔術師なディアーナには意味が通じなかったようだ。


「……異世界のアキバ、ですか?」

「優れた文化を持つ異世界の聖域だ。私が女王になってからあまり足を運ぶ機会がなかったが、これを期に遊びに行こうと思ったのだ」

「そういえば……長期の休暇を取られたのでしたね」

「そなたは無論、ラウンズも私の言葉に従ってくれたからな」


 前国王が突然の崩御により国が荒れるところだった。それを防ぐために幼くして王位を継いだ女王――だが、ずっと国のために一生を捧げるつもりはない。

 国を纏めたところで後を部下に任せ、シャノンは貯まっていた休暇を取った。


「という訳で、ちょっと異世界まで遊びに行ってくる」

「お供は――」

「必要ない」


 ディアーナがかしこまりましたと臣下の礼をする。それを横目に足共に複雑な魔法陣を展開。そこに魔力を注ぎ込んで転移の魔術を発動させた。




「おぉ、凄い、凄いぞ。以前来たときよりも華やかになっているな!」


 アキバへと降り立ったシャノン。

 彼女はアキバの真ん中で両手を広げてクルクルと回る。背中から伸びる黒翼は隠しているが、プラチナブロンドに褐色の美少女は物凄く目立っている。

 もっとも、外国から来たオタクか、コスプレ的な認識で騒ぎにはなっていないようだ。


 そんな訳で、ひとしきりはしゃいだシャノンはお目当てのショップへと足を運んだ。大きなゲーム関連の専門店で、そのフロアには女性が好むようなゲームが所狭しと並んでいる。


「なになに? 光と闇のエスプレッシーボに、光と闇のカンタービレ? どちらも美しいイラストだが、なにやら似たようなタイトルだな」


 そんなことを考えながら並んでいるパッケージを眺めていく。

 女王であるシャノンは、このお店のゲームどころか、このビルをまるごと買えるだけの資金力があるのだが、彼女はこうやって悩むことを楽しんでいる。

 新作コーナーへとやってきたシャノンは、残り一つとなったゲームに目を留めた。


「乙女勇者と七人の騎士?」


 タイトルは平凡だが、シャノンはなぜかそのパッケージに惹き付けられた。

 無意識に手を伸ばす――が、その手が他の手と重なってしまう。隣を見れば、セーラー服を身に纏った、自分と同じか一つ上くらいの少女が同じように手を伸ばしていた。


(むぅ、目当ては同じ、か。最後の一本のようだし、なんとしても欲しい……と言いたいが、手は私が上、つまりは隣の少女の方が早かった、という訳だ)


「えっと……ごめんなさい」

「いや謝る必要はない、私の方が遅かったからな」


 残念に思う内心を抑えて手を引っ込める。セーラー服の彼女は少し迷った末にパッケージをその豊かな胸に抱え、クルリとシャノンの方を向いた。


「あの、よければお譲りしましょうか?」


 シャノンはその言葉に衝撃を受けた。

 一国の女王である彼女にとって、手に入らないものなどないと言っても過言ではない。だが、だからこそ、こんな風に無償の優しさを与えられるのは初めてだった。


「申し出はありがたいが、そなたも買うつもりだったのではないのか?」


 ゲームが欲しいかどうかよりも、気遣いが嬉しくて仕方ない。だが同時に、その優しさに甘えてはいけないと、彼女の申し出を辞退しようとする。

 けれど、彼女は小首を傾け、いたずらっ子のように笑った。


「実は私、これで三本目なんです」

「三本……同じのをか? もしや、観賞用とか、布教用とか、そういう?」

「それもありますけど、実は購入特典が目当てで……えへへ」


 なるほど――と、彼女の胸元に収まっているパッケージに視線を向ける。そこには、ショップ限定の購入特典ありというシールが貼られていた。


 だが、想いの強さは人それぞれだ。

 ゲームの特典だけのために買う三本目だからといって、ゲームをするために一本目を買うシャノンよりも、買いたいという想いが弱いという理由にはならない。

 だから――


「そういうことなら譲ってもらおう。その代わり、購入特典とやらはそなたに進呈しよう」

「え、いいんですか!?」

「かまわぬ。私はゲームがしたいだけだからな。買ってくるから店の前で待っていてくれ」



 シャノンはレジで『乙女勇者と七人のプリンス』を購入して店の前へと足を運ぶ。そこでソワソワと、セーラ服のスカートを翻してたたずむ少女と合流した。


「待たせたな。ここで開けるのはなんだから、少し移動するとしよう」

「あ、じゃあ近くにカフェがあるのでそこに行きましょう。私がおごります」

「ぬ? そのような施しを受ける理由はないが……?」

「特典のお礼ですよ。あとは――そう、同じゲームを購入した同志ってことで!」


 彼女はシャノンが返事をするよりも早く、こっちですと栗色の瞳を輝かせて歩き始める。シャノンは苦笑いを浮かべ、彼女の後を追い掛けて隣へと並んだ。


「このゲームは今日が発売日だったはずだが、そなたはなぜそこまで入れ込んでいるのだ?」

「えへっ、じつはこのゲームのシナリオライターのファンなんです」

「おぉ、なるほど。そういうことか」


 シナリオライター買いなら新作に食い付くのも理解できる。――と、シャノンは初めて自分と同じ趣味を持つ人間と出会ったことに気が付き、もっと彼女のことを知りたいと思う。


「そういえば、そなたの名前を聞いていなかったな。私はシャノンだ」

「私は花音(かのん)、見ての通り高校生で17歳です」

「ほう。では私よりも一つ年上なのだな」

「え、シャノンさん、私より年下なの!?」


 花音が目を瞬いた。どうやら、シャノンが年下だとは思っていなかったようだ。

 もっとも、それも無理はない。見た目こそ幼さの残る姿だが、その中身は一国を束ねる女王で、普通の女の子らしく振る舞っていてもその気品や威厳が漏れ出ている。

 けれど、シャノンは呼び捨てで構わぬぞと返した。


「え? じゃあ……シャノン、これで良いかな?」

「うむ、もちろんかまわぬ。むしろ、私の方が敬語を使うべきか?」

「うぅん、同じゲームが好きな同志だから、そんな気遣いは必要ないよっ」


 ゲームを譲ってくれたことといい、心根の優しい少女のようだ。

 そんな判断を下して花音と並んで歩いていたのだが――信号待ちで足を止めたそのとき、花音の足下に巨大な魔法陣が出現した。


(これは……かなり稚拙だが、召喚の魔法陣か? ふむ……特定の条件を満たす者を召喚しようとしているようだが……対象は花音のようだな)


「なにこれ、魔法陣? え、なんで? なんかの演出!?」


 その条件には、召喚に応じる意思のある者――という項目が織り込まれている。つまりは、深層心理において、花音はこの召喚に応じる意思のある人間、ということだ。


 シャノン自体は対象ではなく、少し離れれば対象から逃れることが可能だが――不安そうな花音が、シャノンをぎゅっと抱きしめた。


「だ、大丈夫、大丈夫だからね」


 むしろ大丈夫じゃないのは花音の方だろう。彼女は不安にその身を震わせていて、その恐怖が触れた部分からシャノンにも伝わってくるほどだ。


(まぁ……良いか)


 花音は健気にもシャノンを護ろうとしているようだ。

 それがシャノンを巻き込む行為だったとしても、彼女の心意気が美しいことは事実だと、シャノンは花音の手を握り返した。

 そして――



 目の前が真っ白になり、上下左右の認識が怪しい空間に放り込まれる。粗雑な召喚によって発生する転移酔い。それに耐えられなかったのか、花音がその身をよろめかせた。

 シャノンが慌てて花音を抱き留める。

 それとほぼ同時、真っ白な空間に女神が姿を現した。


「よく来ましたね、異世界の勇者よ。わたくしはこの世界を管理する女神です。子供達の使った召喚の魔法陣が不完全なため、わたくしがいまから、貴方を子供達の元へと転送――」

「必要ない」


 シャノンがパチンと指を鳴らした。それだけで不完全な魔法陣が修正される。


「え? あれ? もしかして……魔法陣、完成しちゃってます?」

「この程度のことで女神の手を患わせる必要はないだろう」

「あ、はい。お気遣いありがとうございます……って、貴方勇者じゃないですよね!? って言うか、二人? え? まさか、貴方――」


 女神が言い終えるより早く魔法陣が起動して、シャノン達は再び真っ白な世界に放り込まれた。今度は転移酔いは発生せずに、一瞬で別の場所へと転移した。

 そこは見知らぬ古式な城の広間。足下には巨大な魔法陣が描かれていた。それは間違いなく、花音を召喚するために描かれた魔法陣だ。


(魔術はあるが、技術はそこそこと言ったところか?)


 シャノンが周囲を観察していると、転移酔いで気を失っていた花音が目を覚ました。ぼんやりと目を開けた花音が周囲を見回す。


「ここは……?」

「お……おぉ、成功だ! 勇者様の召喚に成功したぞっ!」


 周囲を取り巻く魔術師や兵士達から一斉に歓声が上がる。だが、続いてすぐに困惑の声が上がった。「待て、二人いるぞ、どちらが勇者様なのだ?」と。


 そんな中、身なりのしっかりした金髪の青年が進み出てくる。

 彼はシャノンに視線を向けると、顔を見て、それから胸の辺りまで視線を下ろし、ふっと視線を外した。続いて花音の顔を見て、胸の辺りを見て……彼女の手を取った。


「おまえが勇者だな」


 その言葉に、シャノンはイラッとこめかみをひくつかせた。


(たしかに、こやつの判断は間違っておらぬ。私は巻き込まれただけだからな。だが、いまの判断の仕方はなんだ? 勇者は胸が多きいとでもいうつもりか? それとも、私の胸が小さいとでも言うつもりか? まだ発展途上なだけだ、滅ぼされたいのか?)


 物騒なことを考えているあいだにも話は進んでいる。

 金髪の青年の指示の下、花音がステータスオープンと口にした。直後、花音にはなにか見えたようで「凄い、ステータスウィンドウが開きましたよ!?」と目を輝かせた。


「そこになんと書かれている?」

「えっと……勇者って書かれています」

「おぉ、やはり、おまえが勇者か!」


 色々と思うところはあるが、花音が召喚されたのは、深層心理でこの召喚を望んでいたからだ。つまり、この場を乱すのは、結果的に花音の意思に反することになる。

 ひとまず様子を見るかと、シャノンはそのやりとりを見守っていた。そこへ「では、そちらの女性は……」と、周囲の視線がシャノンへと集まった。

 だが――


「勇者はこっちの娘なのだから、そっちの娘は部外者だろう。城の外に放り出せばよい」



 金髪の青年が素っ気なく言い放った。

 召喚の項目に、それを望む相手という項目があるとはいえ、自分達の都合で召喚したことに変わりはなく、ましてやシャノンは巻き込まれただけだ。その相手にそのような扱いをするとは、どうやら痛い目を見たいらしい――と、シャノンは敵意を抱く。


 だが、それとほぼ同時、花音が「待ってくださいっ!」と声を上げた。瞬間、皆の視線が花音に向けられ、花音は一瞬怯んだように半歩下がる。

 だけの彼女はぎゅっと拳を握って、一歩前に踏み出した。


「シャノンは私の友達、なんです。だから、その……放り出すなんて言わないで、ください」


 震える声で友人だと口にした。

 まだ出会って間もないシャノンを友人だといって、必死に庇おうとしている。花音の優しさにシャノンは胸が熱くなり、同時に花音を傷付ける愚か者に怒りを抱く。

 直後――


「愚か者っ!」「お兄様っ!」と、二つの声が同時に上がった。その動向を見守るために、シャノンはひとまず怒りを抑える。


 声を上げたのは威厳あるたたずまいの中年男性、それに高貴なドレスを身に纏う少女。立ち振る舞いや立ち位置から、声を上げた二人はおそらく王とその娘だ。

 一瞬の沈黙の後、王らしき中年の男が一歩前に出た。


「カインツ、そちらの女性方は我らの都合で呼び出したのだ。それを、城の外に放り出せだと? そなたはなにを考えている、この愚か者っ!」

「し、しかし父上」

「父ではない、ここでは陛下と呼べ」

「うぐっ。へ、陛下。勇者はこちらの娘であって、あれはただの平民ではありませんか」

「その考え方が愚かだと言っておるのだ! もうよい、そなたは自室での謹慎を命じる。別命があるまで部屋で待機しておれ!」

「……かしこまりました」


 そう口にしたけれど、納得はいっていない様子。だが、この場で逆らうつもりもないのか、カインツと呼ばれた王子は騎士に連れられて退出していった。

 それを見届けた国王が花音の前に立つ。


「愚かな息子が失礼を働いたこと、本人に代わって謝罪します。勇者様はもちろん、そちらの女性についても無下に扱うことは決してないと約束するので、どうか許していただきたい」

「え、あ、その……」


 国王に頭を下げられた花音が慌てふためく。

 その状況を見かね、シャノンが花音の前に出た。


「謝罪を受け入れるがゆえ、頭を上げるがよい。そなたの思いは十分に伝わった」

「シャ、シャノン!? 王様にそんな口の利き方をしちゃダメだよ!?」


 周囲がざわつき、花音が慌てふためく――が、頭を上げた国王がかまわぬと取り成した。それによって周囲の者達も大人しくなる。

 上辺だけの謝罪ではなく、ちゃんと謝るつもりがあるらしい。


(それだけ勇者という存在を重要視している、ということか)


 同じ王という立場であるシャノンには、この王の判断が理解できた。

 本来であれば自分の息子――王子をあのように公然に叱りつけるのは下策といえる。可能であれば、もっと穏便な取りなし方をしたかったはずだ。


 だが――と、シャノンは王の謝罪を受けて動揺している花音に視線を向ける。

 彼女はあの瞬間、真っ先に声を上げ、シャノンのことを友人と呼んで庇おうとした。


 あのまま放置していたら、勇者と王子の対立という構図が出来上がっていた。その最悪を回避するために、王はとっさに王子を叱りつけるという決断を下した。

 それだけ、勇者である花音を重要視している証拠である。


(あちらの王女もなかなかの判断だな)


 王と同じタイミングで王子とを止めようとした。見た目は十二、三歳。ゆるふわなピンクゴールドの髪を揺らす幼い少女なのだが、なかなか切れ者のようだ。

 視線を向けていると、それに気付いた王女がにこりと微笑んだ。



 その後、王に指名された大臣が、勇者を召喚した理由を説明する。

 この大陸の西には魔族が支配する魔族領があり、人々の脅威となっているらしい。そして今回召喚された勇者とは、悪しき魔王を討ち滅ぼすことの出来る存在だそうだ。

 つまり、彼らは花音に救世主となることを求めているようだ。


「わ、私が魔族と戦うのですか?」

「はい。ですが、最初から強敵と戦えという訳ではありません。最初は訓練を重ね、それから徐々に強い敵と戦っていただく予定です」


 花音が及び腰になる――が、説得されるのは時間の問題だろう。

 なぜなら、あの魔法陣はそういうものだからだ。

 目的を成すだけの素質があって、正義を成すだけの精神を持っている。そういう人間でなければ、勇者召喚の対象には選ばれない。


 花音が深層心理で望んでいる以上、シャノンが止めるつもりはない。むろん、召喚者達が花音を騙すつもりなら話は別だが――とシャノンが考えていると、王女が声を上げた。


「お父様、勇者様には色々と説明がおありでしょう? わたくしがそちらの女性をお部屋に案内してもよろしいですか?」

「……ふむ。そなたなら心配はあるまい。貴族待遇で部屋に案内してあげなさい」

「拝命いたしました」



 シャノンが召喚に同行したのは花音が心配だったから。ゆえに、案内すると言われても、花音から離れては本末転倒だ。


(……いや、互いが離れた状態でどのような扱いになるか、この機会にたしかめておくか)


 そう判断を下したシャノンは、使い魔を密かに召喚して花音の影に潜り込ませ、自分の目や耳とする。その上で、自分は王女の案内に従って広間を後にした。

 側仕えや護衛を伴う王女の横に並び、シャノンは城の広い廊下を歩き始める。


「名乗るのが遅くなりました。わたくしはフラウ・グラウシア。グラウシア国の第二王女です。貴方の名前をうかがってもよろしいですか?」

「私はシャノンだ。シャノンでかまわぬぞ、フラウ王女殿下」


 シャノンの物言いに、フラウの側仕えや護衛の騎士達が眉をひそめる。けれど、他ならぬフラウが、そんな彼らに咎めるように視線を向けることで牽制した。

 少なくとも表面上は、フラウの周囲の者達もシャノンの言動を受け入れたようだ。


(花音のいない場所では態度を変える可能性も考えたが、そのように愚かではないようだな)


「さきほどは、お兄様が大変失礼をいたしました」


 不意にフラウが謝罪を切り出す。


「国王陛下より既に謝罪の言葉をもらっている。それ以上の謝罪は必要ない。それに、予期せぬ二人目が現れたのだ。迷惑に思うのは当然ではないか?」

「こちらの都合で召喚をおこない、無関係の方を巻き込んだのです。責任はこちらにありますし、シャノン様を迷惑に思うなどあろうはずもありませんわ」

「それは……本心か?」


 シャノンが試すような口調で問い掛ける。

 フラウは瞬いて、一呼吸おいてにっこりと微笑んだ。


「本心ですわ。わたくしどもには勇者様の協力が不可欠で、彼女の機嫌を損ねるなど愚かな所業ですもの。勇者の友人である貴方を無下に扱うなどあり得ません」

「なるほど。その言葉には説得力があるな」


 勇者から好意を得るための打算だと明言した。その潔さに感心しつつ、だから調子に乗るなと釘を刺しているのだろうかと思案する。

 だが、その予想を覆すようにフラウは笑った。


「貴方が勇者のご友人でなくとも無碍に扱ったりはいたしません」

「……ほう、なぜだ? あの王子は、そのようなつもりはなかったようだが?」

「お兄様は……その、少し考えなしなのです」

「つまり?」


 おおよその予想は出来ている。シャノンはそれを確認するために問い掛けた。


「シャノン様は聡いお方のようなので正直に申し上げます。もしも叶うのであれば、その知識の一端をこの国に与えていただきたいと願っております」

「私の持つ知識……か」


 シャノンは廊下を歩きながら周囲を見回した。

 石造りで、床には分厚いカーペットが敷かれている。十分な手が加わっている――すなわち権力があることは感じさせられるが、同時に技術力が伴っていないことも伝わってくる。

 ぱっと見ただけでも、シャノンの持つ知識を活かせるポイントはいくつもあるようだ。


「考えてみよう。私としても、花音の扱いは気になるところだからな」


 花音が自分を庇ったように、自分にとっても花音は大切な存在であると印象づける。その意図は正しく伝わったのだろう。

 フラウは穏やかな笑顔を浮かべて「お願いします」と応じた。




 その後、シャノンが案内されたのは寝室と応接間のある部屋だった。内装もしっかりしているし、メイドは要望があればお呼びくださいとハンドベルを置いていった。

 国王が口にした貴族待遇という言葉に偽りはなかったようだ。


 これからどうしようかと、シャノンは応接間にあるソファに腰掛けた。魔術を使って周囲をサーチするが、監視の類いは見つからない。

 信頼されているというよりは、そういう技術がないのかもしれない。


(花音に付けた護衛を兼ねた使い魔にも気付かれていない、か。花音も丁重に扱ってもらっているようだな。これならば問題はなさそう、か?)


 これからどうするのが正解だろうか――と、シャノンはステータスオープンと呟いた。その言葉に反応して、シャノンの称号などが虚空に浮かんだウィンドウに表示される。


 ステータスが浮かぶのは、シャノンの知る魔術とは形態が異なる現象だ。それ自体も興味深いが――と、シャノンはウィンドウに浮かぶ最初の文字列に目を向ける。


 シャノンという名に、16歳という年齢。ラウンズ――wizard of the Round Tableを統べる者といった、彼女の偉業を現す称号が並んでいる。

 そしてその項目の最後にはこう書かれている。


 ――魔王。


(さてさて、どうしたものかな?)


 国王達の要請に応じ、花音がこの世界の勇者として悪しき魔王を滅ぼすと決意する。その光景を使い魔を通して眺めながら、シャノンは今後のあれこれに胸を躍らせた。

 

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