第59話:「そんなことしてくれるのっ!?」

「うわあ、ぎんだこだあ……!」


 ガラスの向こう側でたこ焼きが作られているのを見て、芽衣めいが歓声をあげる。


 日曜、お昼時の銀だこは長蛇ちょうだの列だ。並んで十数分経って、やっとここまできた。


「喜びすぎだよ、子供かよ」


「だって、あたしたちの家の近くにないじゃん? 高校の近くにもないし……。何気なにげに久しぶりなんだよ」


「まあ、たしかにおれも久しぶりだな」


 むしろもしかしたら自分で銀だこに来るのは初めてかもしれない。


 昔も、親がこういう、銀だこが入ってるイオンとかに車で買い物に行った時に買ってきてくれるのを食べていた程度だ。


 親がおれたちを喜ばせようとこんなに並んで買ってきてくれてたのかと思うと目頭めがしらが熱くなる。……いやまあちょっと言い過ぎたけど、ありがたいことはたしかだ。


「ねえねえ勘太郎かんたろう、何味にしようかなあ……。チーズ明太子めんたいこと普通のやつの二択までは絞れたんだけど、ここからが究極の選択……!」


 きっとここまで並んでいる間ずっと悩んでやっと二つに絞り込んだということだろう。


「じゃあ、おれが普通のやつにするから芽衣はチーズ明太子にしろよ。8こ入りだから、4こずつ食べたらいいじゃん。ハーフ&ハーフ的な」


「そんなことしてくれるのっ!?」


 おれがいたって普通の提案をすると子犬みたいにバッとこちらを見て、瞳を輝かせる。


「う、うん。芽衣がどうしても同じ種類を8個食べたいとかじゃなければ……」


「神かよ勘太郎ー……優しすぎかよー……!」


「いや、芽衣の方がよっぽど優しいから……」


 キラキラさせていた目を今度はうるうるさせて感謝されるのでかえってたじろいでしまう。いつも芽衣にしてもらってることからしたら全然足りないんだけど……。


「ありがとうありがとう……!」


「うん、分かったから……ほら、列進んだぞ」


「あ、すみません」


 列を停滞ていたいさせてたことに気づくとササっと前に進む。




「ぎん、ぎん、ぎんだこー♪」


「それジンギスカンな」


 ジンギスカン(あれ曲名なのかしらんけど)のメロディに乗せて銀だこを歌うご機嫌な芽衣と並んでいると、おれたちの番が来た。


「お待たせしました、ご注文お決まりでしょうか?」


 店員さんに微笑ほほえみかけられ、卓上たくじょうのメニューを指差しながら答える。


「チーズ明太子と普通のたこ焼きを、……一個ずつ……ん……? あ、一艘いっそう?ずつください」


「はい、チーズ明太子たこ焼きとたこ焼きおひとつずつですねー」


 1つでいいのか……。8個入りだから1つっていうより1セットとか1組とかかと思ったおれが容器のふね的なビジュアルを見て絞り出した案だったのだが……。


一艘いっそうって……」


 芽衣の小さなツッコミが聞こえる。はずかし……。


「お会計合わせまして1231円ですー」


「あ、じゃあせめてあたしがチーズ明太子を払うね……!」


 高い方を自分が払おうというつもりなのか、芽衣が財布を開くのを左手で制する。


「いや、今日はおれがおごるよ」


「え、なんで?」


「今日服買うの付き合ってもらってるし。これくらいは」


「いやいや、あたしが行きたくてあたしが誘ったんですけど? 付き合ってくれてるのは勘太郎じゃん」


 芽衣がまゆをひそめて見上げてくる。


「いやいや、そんな無茶苦茶な」


「むちゃくちゃじゃない」


「わかったわかった……。すみませんPASMOでお願いします」


「はい、PASMOですねー」


「あっ」


 忙しいのにレジ前でこんなどうでもいい口論こうろんをしてたらお店に迷惑がかかるので、とりあえず芽衣をテキトーにいなして、電子マネーでピピッと会計した。未来ずら……。10年以上前からできるずら……。


 2皿をトレイで受け取ってテーブルに座る。


だまちした……払おうと思ってたのに……」


 芽衣がねたように口をとがらせる。


「だましてねえよ……」

 

 おれはツッコミをいれながら長い楊枝ようじを二本パッケージから出して、お箸みたいに使って普通の方のたこ焼きを食べた。


「ん、やっぱりうまいな……あついけど……!」


「あ。勘太郎……」


「ん?」


 もぐもぐしながら顔を上げると、芽衣が『ありゃりゃ……』みたいな顔をしている。


「それ、二本使ったら、あたしの分がないんだけど……」


「え? あれ? いや、でも二本セットで入ってたけど……?」


「あ、ほんとだ。じゃあ店員さんが入れ忘れたのかな」


 なるほど。この繁忙はんぼう状態だとそういうこともあるかもしれない。


「もう1本……もう1パック?もらってくるよ」


 銀だこは諸々もろもろ単位が難しい。


「……あそこにまた並ぶってこと?」


「まあ、そうなるな……」


 見やると相変わらず長蛇ちょうだの列だ。だが、この人たちを全員抜かしてレジに直接行く勇気もない。


 まあ行くしかないだろ、と立ち上がると。


「……一本ちょうだい」


 席に座った芽衣がうつむきながら右手を出してくる。


「いや、でも、これおれが使ったやつ……」


「い、いいから! べ、別に今さらそんなの気にしないし……!」


「そうか……?」


 その割に昨日寿司屋で気にしている風のリアクションしてた気がするけど……。


「じゃあ、はい……」


「うん……ありがと」


 長い楊枝ようじを一本渡すと、芽衣は謎にお礼を言いながら受け取り冷静な表情でたこ焼きを一つを口に運んだ。


 ……でも、その顔色は。


「芽衣、でだこみたいになってるけど」


「んむ……!!」


 口に物を入れているので声を出せない芽衣がますます赤くなって抗議こうぎの目を向けてきた。


「……共食い?」


「う、うるはいっ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る