第56話:「危なかったね、勘太郎……」
「パーカーが一枚不足してるってどういうこと……?」
「いやだから、この
黒髪の女子に質問されて答えようとした
「「あ……!」」
同時に声が漏れた。
「ん? どしたの勘太郎? お知り合い?」
「あ、いや……」
おれは脳をフルスピードで回転させ始める。
なんと説明したらいいだろうか。ていうか、そもそもどういう状況なんだろうか。
まず目の前にいる彼は
その説明自体はそう難しくない。『彼は波須さんの幼馴染だよ。ほら、昨日
だがしかし。
小沼君はなんと今日は波須さんではない黒髪の女子と歩いている。
しかも、駅を歩いているとかならまだしも、洋服の買い物に来ているということは単なる部活帰りとかではなくおそらくデートだ。
いや、それをデートと呼ぶのならおれと芽衣のこれもデートなのでは? という嬉し恥ずかしブーメランについてはいったん保留しよう。大事なことだけど、いったん保留だ。
で、この黒髪の女子と小沼君がもし付き合っているとしよう。
その場合、波須さんと一緒にいたのを小沼君が彼女さん(仮)に知られたくない可能性もあるし、なんなら
そしてもし波須さんの名前も吉野の名前も出せないとなった場合、小沼君とおれの関係性を説明することは一気に
まさか、おれがギターの弦がなくて困っている時、すれ違いざまに弦をカバンから取り出し売ってくれた謎の高校生ということにするわけにもいかない。小沼君が
「勘太郎……?」
芽衣がおれの顔を覗き込む。
この
もはや小沼君におれの説明をしてもらった方がいいのでは!?
と、ガバッと顔を上げる。
だがしかし……。
「あ、えーと……その……」
うわ、小沼君ももじもじしてる!
これは小沼君、やはり横の女子は彼女さんで、おれと同じような思考をたどった結果おれのことを紹介するのをためらっているのでは!?
そしたら、知らない人のフリをして
「ねえ、どなた? たっくんのお友達?」
男子の方が両者
「あ、いや、えーっと……ごめんなさい、ちょっと名前が……。
「弦の人ってなんだよ!?」
すっとぼけた感じの小沼君の問いかけに
「たっくん、ゲンノヒトって?」
「ああ、この
「何それ、たっくん怪しい商売始めたの……?」
まずい、このままでは小沼くんが本当に謎の
「あ、あー……おれは
「あ、小沼拓人です……。いえ、全然……。あのあと、その……ギターの女性は大丈夫でしたか?」
「ああ、大丈夫でした……」
「あと、昨日かなんか、
「ああ、そうなんですよ……」
そんでもってこの人はおれの気遣いも知らず、バンバン女性と一緒にいた話してくるな。
「ねえ勘太郎、ギターの女性って……
「そうだよ」
おれの服をくいくいと引っ張って小声で問いかけてくるのでうなずくと、芽衣が「ひえー」と呟いた。
「危なかったね、勘太郎……。あたしが昨日夏織ちゃんにこのこと聞いてなかったら、勘太郎は全然悪くないのにあたしにバレて、夏織ちゃんに怒られるとこだったね。良かったあー……」
そして
おれは小沼君に向き直り、聞いていいものかわからなかったがやっぱり気になってしまうので、
「えーっと……そちらの
と水を向ける。
すると小沼君は真顔で、
「妹です」
と返してきた。
「どうも、小沼です……!」
妹さんも挨拶をしてくれた。分かるけどね。小沼君の妹は小沼さんだよね。
「妹さんかあ……」
なんだ、さっきの
すると妹さんがタンタンタンタンと小沼君の腕を小刻みに叩く。小動物みたい。
「ほら、たっくん。やっぱりあちらのお二人みたいに、休日に買い物は彼女さんと行くべきなんだよ」
「かのじょ……!」
芽衣がふわぁ、っと目を見開く。昨日も同じこと言われて同じ反応してただろ……。
そしてふわふわのまま芽衣は小沼(妹)さんに、
「あ、あたしたち、つ、付き合ってるように見えますか?」
と質問した。
「はい、そうにしか見えませんけど……?」
なんすか、兄と買い物に来ているわたしへのあてつけですか?とでも言いたげに顔をしかめる。
「そ、そうですか……! でも、はじめての買い物なんです……!」
芽衣は小沼(妹)さんのその視線も見えないくらい顔をうつむかせて赤くなっていた。
いや、別にそんなこと言わなくていいから……。
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