第24話:「違う、拓人の愛が足りない」

 二人組に吉野よしのが声をかけたことで、改札を出たところでなんとなく立ち話をする流れになる。


 先ほど受けた無愛想ぶあいそうな自己紹介によると、ベースを背負った金髪の女子が波須はす沙子さこさん、黒髪の男子のほう小沼おぬま拓人たくと君というらしい。


 二人は武蔵野むさしの国際こくさい高校という中央線ちゅうおうせん沿いの高校に通っているそうで、今日はその帰りとのことだ。まあ、平日だからそりゃそうか。


 おれも丁寧ていねいに自己紹介をして、唯一全員に知られているはずの吉野までなぜか改めて自己紹介をした。


「それで、吉野よしのとおふたりの関係は?」


 全員の名前も分かったところで、そもそものことをおれは質問してみる。


「この夏に、ここらへんであった花火大会で一回会ったことがあるんだ。一緒にいってた友達と綿飴わたあめかなにかの屋台に並んでたら、」


「焼きそば」


「ああ、そうか、焼きそばか。まあとにかく、そこで前後になって。わたしが一緒に言ってた友達と二人は同じ中学らしくて、話しかけたって感じ」


 波須さんの訂正が食い気味ぎみかつ強めだったのも気になったが、それよりも何よりも。


「よく、その程度の関係で話しかけたな……」


「うちもそう思う」


 謎に波須さんから同意されておれは苦笑いする。


「あはは、いやいや、さすがに私もそれだけじゃ話しかけないけどさ……」


「ん?」


 おれが首をかしげると、吉野は瞳を輝かせて波須さんの背負っている楽器ケースを指差す。


「それ、もしかしてギターじゃない?」


「いや、ベースだけど」


「ありゃ、間違ってた」


 吉野が自分で自分の頭を小突こづく。行動が古い……。


「まあ、見た目だけじゃ分からないですよね」


 優しく苦笑にがわらいしながら小沼君がフォローする。


「それで、なんでうちがベース持ってると話しかけることになるの」


 波須さんが言い放つ。この人、なんでいきなり怒ってるんだ……?


「あ、これ怒ってるわけじゃなくて質問してます。語尾上がってないのでわかりづらいんですけど……」


 おれの心を見透かしたかのように小沼君が説明してくれた。別に心を読めるわけではなく、おそらくこういうやりとりは日常にちじょう茶飯事さはんじなのだろう。


「あの、今日から吉野がギターを始めるらしくて。おれ、元々軽音部でギターを弾いてるからこれから吉野の家に教えることになってるんだよ。それで、多分楽器持ってるからって……な?」


「うん、そう!」


 元気にうなずく吉野。まあ、だからと言って楽器を持っている人に話しかける動機に足りているのかは微妙なところだけど……。


「へえ……あれ、でも、吉野さん、ギターは持ってるんですか? 諏訪すわさんも見たところギター持ってなさそうだし」


 小沼君が首をかしげる。


「ていうかなんで敬語」


 すると、無表情のまま波須さんが小沼君にツッコミを入れる。


「いや、逆に沙子さこはなんでそんなに堂々とタメ口使えるんだよ……?」


「だって実際タメじゃん」


「ほぼ初対面だろ?」


「初対面じゃないじゃん、2回目じゃん」


「おれ、『ほぼ』って今言ったよね?」


 なんか、会話のテンポがいいなあ……。あはは、と二人のやりとりを見て吉野も目を細める。


「ギターは、お父さんのアコースティックギターを使おうと思ってるんだ。うちにあるから」


 ふーん、とうなずく波須さんと、少し顔をしかめる小沼君。


「……それ、最後にいたのはいつですか?」


「ううーん、もう2、3年弾いてないんじゃないかな」


「まじか……」


「どうしたの拓人たくと


 波須さんが少し首をかしげる。


「いや、お節介せっかいだと思うんですけど、げんびてるかもですね……。切れてる可能性もあるし」


「「ああ……」」


 おれと波須さんの声が重なる。


「た、たしかに……!」


「よくそんなことに気がつくな、すげえ……!」


 おれが感心して言うと、


「拓人は、気がつくよ」


 と、波須さんがこちらを見て言ってきた。お、おう……。


「へえー、すごく信頼されてるんだね! こぬ……いや、えっと……おぬ……? まあいいや、拓人たくと君?」


「た、たくとくんっつった……!?」


 さっきまで無表情に見えた波須さんが、「こいつ、まじか」という顔をしている。明らかに名前呼びに反応している。赤崎あかさきといい、芽衣めいといい、下の名前にはみんな特別な思い入れがあるんだなあ……。


 おそらく、吉野の方には悪気わるぎはないのだろう。オヌマかコヌマかわからなくなっただけだろうから、親密の証というよりはむしろ無関心の証と言える。失礼だな、吉野。


 まあ、なんにせよ。


「吉野、ということだけど、家に替えの弦ってあるか?」


「いやーどうだろう、多分ない気がするなあ……! あれば諏訪君替えられる?」


「あれば、まあ、多分。でも無いならどうしようもないな……」


 せっかくここまできたけど今日の練習は中止かなあ、と腕を組んでいると、


「あの……」


 小沼君がおずおずと右手をあげる。


 そして。


「アコギの弦でよければ持ってますけど」


「「ええ!?」」


 意外すぎる助け舟におれと吉野が頓狂とんきょうな声をあげる。


 そうしている間にごそごそとカバンをあさり、やがて弦の入った四角い薄い箱を取り出した。


「はい、これでよければ」


「小沼君、めちゃくちゃ用意いいな……!?」


「拓人は、用意がいいよ」


「お、おう……」


 さっきと同じ流れに、つい、「お、おう……」が口に出てしまった。


「どうして持ち歩いてるの? 拓人君もギターく人?」


「また……!」


 波須さんが顔をしかめる。吉野、今からでもいいから小沼くん呼びにしなさい……。


「いや、くはくけど、だから持ち歩いてるわけじゃなくて。その……おれと沙子ともう一人ギターボーカルのやつでバンドやってるんですけど、うちのギターボーカルがちょっと天然入ってて替えを持ってないことがあるので、一応常にカバンに入れてるようにしてるんです」


「へえ……!」


 感嘆かんたんが止まらない。なんだこの人。すげえな。


「ちっ……」


 おれと吉野が口をあけて驚いていると、波須さんがなぜか舌打ちをして、小沼君をにらむ。


「拓人、あの女・・・に甘すぎない」


 これは、質問をしてるのだろうか……? あの女というのは、ギターボーカルの人のことだろうか?


「いや、そうは言っても、ギターの弦が切れたらそれから練習進まなくなるだろ」


「貸しスタジオだったらその場で買えるじゃん」


「学校のスタジオだったら買えないじゃん」


「だからってカバンにずっと入れてる必要ないじゃん」


「いいだろ別に、学校の引き出しとかロッカーに入れとく方が邪魔だろ」


「あの女に持たせとけばいいじゃん」


「いやだからそれがない時の予備だって言ってるじゃん。ていうかあの女って言うのやめなよ……」


 二人の議論(?)が白熱していくのを、テニスのラリーを見ているような気分で観戦していた。


「じゃあさ、拓人」


「何……?」


「ベースの弦は持ってるの」


「いや、持ってないけど……」


「くそかよ」


「くそとか言うな……。沙子は指弾きなんだから、ベースの弦なんかそうそう切れないだろ。第一、ベースの弦って高いんだよ」


「違う、金額の問題じゃない」


「金額の問題だろ。5、6倍するじゃん」


「違う、拓人の愛が足りない。愛に差がある」


「あ、愛!?」


「バカ拓人」


「いや、だから……」


「ま、まあまあ、二人とも」


 さすがにヒートアップしてきたので(愛とかいい始めてるし)、おれはついつい割って入る。ていうかなんで初対面の二人の喧嘩の仲裁ちゅうさいをしているんだおれは。


「えっと小沼君、その弦を売ってもらえるってこと?」


「あ、はい。もし必要なら。今日はもう使わないし」


「明日の練習であの女のアコギの弦が切れろ」


 波須さんが小さく怖いことをつぶやいている。怖いなあ……。


「あー……どうします? もし800円くらい今手持ちがあればですけど」


「うん、買わせて欲しい! ありがとう!」


 吉野が大喜びで財布を出してお金を払う。




「ねえ、二人は幼馴染なの?」


 弦を受け取ると、吉野が質問する。なんでこの人はみずから自分の地雷を踏みにいくんだろうか……?


「うん」「まあ」


「へえ……幼馴染ばっかだなあ、この町。なんでだろう?」


「「さあ……」」


 なんでだろうも何も、ずっとこの町に暮らしている人同士は幼馴染になるだけなんじゃ?


「二人は、幼馴染じゃないの」


 波須さんが質問をしてくる。(ということだよね小沼君?)


「ううん、全然」


「じゃあ、付き合ってるの」


「とんでもない」


 その淡白な質問文につられたのか、吉野も淡々と返す。


「え、なのに家にいくの?」


 すると、小沼君が驚きのあまりか、タメ語になってつぶやく。


「あ、やっぱり変……?」


 今さらバツが悪そうな顔をする吉野。


「ううん、付き合ってなくても全然行く。全然行っていいよ。いつの間にか早朝に家にいても全然いいと思う」


「いや、普通じゃないから……」


 小沼君が呆れたようにツッコむ。


「その、家を行き来する感じ、なんか幼馴染っぽいなあ……」


「そうでしょ」「いや、幼馴染漫画の読みすぎじゃない?」


 波須さんが肯定し、小沼君が否定する。


「それで親の海外転勤を機にそのうち同居とか始めちゃったりして……」


 漫画を読んでいないくせにそんなことまで言ってから、


「なーんて、そんなわけないか! それこそ漫画じゃあるまいし!」


 ははは、と笑い飛ばす吉野。


「ね、諏訪君?」


「ソウデスネ……」


 おれはたまらず、視線をそらすことになる。

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