第38話 桜場家へ

「こっち」


 駅から歩いて、桜場さんに案内されて住宅街に入っていく。華梨は来たことがあるようで、慣れた足取りで通りを歩いていた。


「着いた。ここが私の家。ちょっと待ってて、先にお母さんに言ってくるから」

「うん、わかった。待ってるよ」

「お願いします」


 ということで、立派な一軒家の門扉がある前で華梨と2人きりになり、待たされることになった。日が沈みかけて、辺りにある街灯が点灯し始めているぐらいの時刻。これは、帰りが遅くなってしまいそうだな。この時間から、家にお邪魔すると迷惑になるかもしれないから、あまり長居はしないように気を付けないと。


「華梨は、桜場さんの家に遊びに来たことがあるのか?」

「うん。私の家も、この辺りにあるから。美卯とは、小さい頃からの友達なんだよ」

「へぇ。そうだったのか」

「今日お話する美卯のお姉さん、楓美ふみさんとも知り合い。最近忙しいのか、会うのは久しぶりかも」

「なるほど。忙しそうなら、あまり時間を取らせないように聞きたいことだけ聞いて早めに切り上げるようにしないと」

「それが良いかもね」


 そんな会話をしていると、玄関の扉が開いた。


「おまたせ。どうぞ、中に入ってきて」


 中から、桜場さんが迎え入れてくれる。家の中に入っても大丈夫だそうだ。


「こんにちは」

「お邪魔します」


 先に家に入っていく華梨に続いて、俺も中に入れてもらう。よく考えると、他所の人の家に入れてもらうのも初めてだった。振る舞いに細心の注意を払って上がらせてもらう。


「こんにちは、宏美ひろみさん」

「こんにちは、華梨ちゃん。いつも、美卯がお世話になってるわね」

「いえ、私の方こそ」


 中に入ると、おっとりとした性格をしてそうな女性が待ち構えていた。桜場さんのお母さんだろう。華梨は、親しそうに桜場さんの母親と話している。


「あらっ! 貴方が例の」

「中井祐一と申します。本日はよろしくお願いします」


 俺は頭を下げて、しっかりとした挨拶をした。


「あらあら。ご丁寧にありがとう。ゆっくりしていってね」

「はい。ありがとうございます」


 どうやら、桜場さんの母親からは歓迎されているようなので一安心。


「ねぇ。とっても良い人ね。ところで、どっちの恋人なの?」

「もう! そんなのいいから、あっち行ってて」

「えー。私も、彼とお話したいなぁ」

「邪魔だから無理」


 顔を近づけて小声で話しているけれども、母娘の会話が丸聞こえだった。ハッキリ聞こえてしまっているが、大丈夫なのか。俺は何とも言えず、聞こえていないフリをした。



「姉さんは、もう少しで帰ってくるらしいから、ここでしばらく待ってて」

「いいよ」

「分かった」


 1階のリビングにあるテーブルに座らせてもらって、ここで桜場さんのお姉さんの帰りを待つことになった。もうすぐ帰ってくるそうなので、静かに待機しておく。


 桜場さんのお父さんも家には居ないようだ。今この家にいる男は、俺だけなのか。そう考えると、より一層注意して行儀良くしておかないと。


「飲み物、どうぞ」

「ありがとうございます」

「華梨ちゃんも」

「ありがとう」


 桜場さんのお母さんに、ジュースの入ったコップを置いてもらった。華梨も同じくおもてなしされている。


「2人とも、お腹は空いてない? なにか食べていく?」

「あ、今は大丈夫です」

「私も、夕飯が食べられなくなるから遠慮しておきます」

「あら、そうなの。残念」


 桜場さんの母親に甲斐甲斐しく世話を焼かれながら、お姉さんの帰りを待った。

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