終演 ②

 外へ出るなり、コウさんは止まり木に設置されている燭台に手を置き、


「……この燭台を調べたんだけど、何も仕込まれてはいないらしい。父親と同じ手法、というわけではないようだ。……八十五年の火事は、ゲンキさんが仕掛けた焼夷弾のようなものでね。まあ、この燭台と連動していた、という感じなんだ」


 そう説明してくれた。モロトフ、という単語が、当時のゲンキさんが書いたメモにはあったらしく、恐らくはモロトフ・カクテルと呼ばれた火炎瓶を参考に作成されたものだろう、とコウさんは仮説を立てているそうだ。


「……なるほど」

「……でも、それならむしろ、何か見つかったほうがよかったんじゃ?」


 クウが恐る恐る訊ねると、コウさんは頷き、


「そうだね。ここに仕掛けられているとハッキリ分かっていれば、何とかできた。……そうでないなら、難しい」


 コウさんは、顎の辺りに手を当てて、しばらく悩み、


「……火事の原因は断てないと考えるしかないんだ。だから……タイムリミットは、今日の夕方。そう、鴇祭が始まる時間までだ」

「それまでに……ワタルさんを止める」

「ああ」


 僕の言葉に、コウさんは強く頷く。


「……それじゃあ、行こうか。まずは、彼女のところへ」


 そう言って、コウさんは先頭をきって歩き始めた。

 あの人――僕らがずっと慕ってきた、彼女の元へ。





 彼女は、いつだって僕らを見守ってくれていた。

 いつだって、優しく接してくれていた。

 大切なことを、教えてくれていた。

 僕らはそんな彼女を慕い、ずっと付き従ってきた。

 多くのことを、学んできた。

 ……ねえ、たとえその理由が、偽りのものだったとしても。

 あなたと歩んできた時間は、決してハリボテのようなものではなかったでしょう?

 少なくとも、僕らはそう思っているよ。

 あなたは、どうなんだろう。

 ――カナエさん。


「……今日も元気ね、二人とも。……先生、嬉しいわ」


 カナエさんは、僕らを家の中へ招くと、座布団を用意しながら、そんなことを言った。

 何気ないようにと努めているその声色が辛くて、僕らは言葉を返せなかった。


「……突然、すいませんね。今日しか、残されていないものですから」

「……」


 コウさんの正体を、訊ねることもしない。彼女にはきちんと、状況が把握できているようだった。


「あなたの本名は、佐渡朱鷺子……ですね?」

「…………はい。そうです」


 長い沈黙のあと、カナエさんは確かに、肯定した。

 自身が"宇治金枝"を演じていたということを。

 自身が佐渡一比十の娘であるということを。

 僕らにとっては痛ましく映る、笑顔で。


「この鴇島には、当時の村人たちに酷似した人たちが集められているのは調べています。その殆どが、身寄りのない人や、生活苦の人、犯罪者だったことも」


 コウさんはまた、スーツの裏ポケットから取り出した手帳を見ながら言う。


「その中で、何人かの村人……キーパーソン的な存在は、そうではないようでした。当然ながらあなたも、その一人」

「……偶然、とは言いません。父は、"カナエ"さんに恋し、その身代わりとして母を愛したんですから。私が"カナエ"さんに似ていることは、運命のようなものだったんです」


 彼女は、ふう、と短く息を吐き、


「……いいえ、私の言う運命なんて、小さなもの。あの人が囚われた運命の歯車になる、小さな一欠けらみたいなものなんでしょうね」


 ワタルさんのことを言っているのだろう、カナエさんは彼の家がある方に視線をやりながら、そう言った。

 コウさんは追及を続ける。


「ツバサちゃんの記憶を取り戻すために重要なのは、子供たちを過去と重ねることだと考えた。自分たちはあんな風に毎日を過ごしていたんだよと、懐かしい光景を見せることで、ワタルは記憶を揺り起こそうとした。そしてそのためには、子どもたちを過去と同じように動かす"指導者"が必要だった……」

「……立候補したんです」


 カナエさんは、真っ直ぐにコウさんを見つめながら、言った。自らの意思だったのだと、示すように。


「本当は、私である必要はなかった。従ってくれさえすれば、"カナエ"さんに似た誰でもよかったけれど。私は……あの人に、ここへ来たいと告げたんです。だって、あの人は…………」

「……」


 クウが、信じられないという顔で、息を呑む。

 それは、僕も同じだった。


「不思議でしょう? そんなところまで、同じになってしまったんですよ。……あの人は、"カナエ"さんと同じに、私の大切な人に……なった。叶うはずもないけれど……それでも……」


 そして、カナエさんは自らを紐解き始める。

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