十四章 ヒカル七日目

終演 ①

「――今から二十八年前。鴇村は、彼の日記に書いてある通り――焼失したんですね」


 二〇一三年、六月九日。

 僕らは、朝から黄地家に集まり、今日成すべき、いや、成し遂げなくてはならないことのために、話し合っていた。

 そのために、今日に至るまでの、この事件の犯人の過去を辿っているのである。


「そう。あの日、赤井元気と佐渡一比十、そして宇治金枝さんの三人によって、鴇村は焼失することになった。まあ、この内カナエさんに関しては、全てを知りながら、誰にも何も言うことなく最期のときを待っていたという、受動的なものなのだけどね」


 本物のカナエさんは、ただ好意を寄せていた人物の望みを叶えるためだけに、全てを受け入れ、そして沈黙していたのだろう。

 それは、あまりに救いのない恋と、その結末だと思った。


「私は、あの日佐渡に崖から蹴り落とされ、死んでいてもおかしくはなかった。だが、奇跡的に生き残れたんだ。川の下流にある村の人に発見されてね」


 運が良かった、とコウさんは言う。


「実は、その蹴り落とされた瞬間に、私は反射的にカメラのシャッターを切っていたんだが。そのとき撮れた写真が、彼にとってカードの一つになるとは、思いもしていなかった」

「そういえば、クウが、あの家に古いカメラがあるのを発見していたんですけど……それが、ヒカルさんのものなんでしょうね、きっと」

「コウ、でいいよ。私はもう、その名を名乗る意味がない」

「でも……あなたの名前です」

「いいんだよ。今はもう、君のものだ」

「……」


 その目が真っ直ぐ過ぎて、僕はそれ以上言葉を紡ぐことができなかった。


「……それで、村が焼失してから、どうなったんでしょう。コウさんは、どこまで知ってるんですか?」

「うん。この二十数年で、ある程度のことは分かったよ」


 そこでコウさんは、小さな黒革の手帳を取り出す。そこに、今まで調べた事柄が記されているのだろう。


「どうやら彼は、火事のあと、ツバサちゃんと共にふもとの村まで逃げてから、佐渡と落ち合ったようでね。佐渡と一緒に東京へ行き、そこで援助を受けながら暮らしていたらしい」

「え? なんで? よりによって佐渡一比十と?」

「彼にとっての一番の目的は、ツバサちゃんを回復させることだった。もちろん復讐したいという気持ちもあっただろうけどね。だから、あくまでも打算的に、彼は佐渡の庇護を受けることにしたんだよ。自分が真相を知っているという素振りも見せずに……証拠となる画像を持っていることも知らせずに」

「それだけの……執念を持っていた」

「ああ。いつかの、約束のためにね」


 彼にとって、ツバサさんは。それほどまでに大切な、存在だったのだ。

 その大切な存在のために、彼は全てを懸けて、生きてきたのだ。

 自分の命だけでなく、他の様々なものをも巻き込んで。


「成人した彼は、ツバサちゃんと結婚した。彼女に記憶は戻らなかったけれども、日常生活はできるくらいだったようだ。脳の障害か、ボンヤリとしたままでいることも多かったらしいけれど。必ず元に戻す。その思いを胸に、彼は彼女と結ばれた。歪な関係だとは思うけど、私にはなんとも言えない。言えるわけがないよ」


 コウさんはそこで、一つ重い溜息を吐いた。


「そして、佐渡のコネを使い、佐渡コンツェルンに入社。ひたすら努力したようで、着々と昇進していったようだ。それから十年ほどして、彼はいよいよ、かねてよりの計画を進めることにした……鴇村再現計画をね」

「……考えつくことが、なんというか。常識外れというか、ううん……」

「よく言えば破天荒、まあ悪く言えば……狂ってる、ね。でも……そのときもう、彼の心はきっと、半ば狂っていたんだよ。壊れた彼女の隣で、絶望を感じているうち。彼も、壊れていってしまっていたんだ」

「想像もつかない、心理状態だなあ……」


 クウが、遠い目をして言う。僕にだって、その心は想像もつかない。


「ともあれ、計画は実行に移された。彼は社長になっていた佐渡を脅迫し、会社の資金を使って小さな無人島を購入した。小さいとは言え、島一つを買うといえばかなりの投資になるわけだが、そこは会社のCSR活動、ということにしたようだ。野生の鳥、特にトキを保護するための島、ということでね」

「……強引な」

「彼にとって、目的はツバサちゃんの回復だったのだから、他はどうでもよかったんだ。多少、いや、どんなに強引でも、目的が果たせればそれで良かったのに違いない」


 彼は、どこまでも真っ直ぐだったわけだ。

 ずっとずっと、ただ一つの目的のために、突き進んできたわけだ。


「そうして出来上がったこの鴇島で。出来上がった舞台の上で。……彼に発症した、父親と同じ病をきっかけに、また、村は焼かれようとしている」

「……」


 僕とクウは、ぐっと口を真一文字に結んで、頷く。


「その、繰り返されようとしている悲劇を、僕らは今日、止めないといけない。それは、辛い戦いに間違いないだろうけど、全てが手遅れになる前に、止めなくてはいけないんだ」

「……はい」


 ……さあ。

 それじゃあ、始めさせてもらおう。

 二度目の悲劇に抗うための、戦いを。


 ……

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