終焉 ⑤

 ツバサの家は、無残にも焼け落ちていた。

 俺は近づける範囲で、ツバサの姿――もし最悪の結果だったら、どんな風になっているかは想像もしたくなかったが――を探した。けれど、人の形をしたものは発見できなかった。恐らくここには誰もいなかったのだろうと、そう思うことにした。

 どこへ行ったのだろう。村にはもう、安全だと言い切れる場所はなさそうだ。逃げたとすれば、どこなのか。可能性があるとすれば、まだ火の広がっていない森の方か……。

 墓地のある森の方へ逃げたという可能性に賭け、俺は北へ向かう。すると、森への入り口あたりに、女性が倒れているのを見つける。

 それは、ヒカルの母、フミさんだった。


「フミさん、しっかりしてください! 何があったんですか……!?」

「……ヒ……カ、ル……」


 フミさんは、薄れゆく意識の中、森の方角へ手を伸ばし。

 そして、すぐにその手は力を失って、地面に落ちた。


「……フミさん……」


 あまりにもあっさりと。命が消える。

 怖くて怖くて、たまらなくなった。

 俺は、フミさんの体を仰向けにして、胸で手を組ませてから。

 溢れてくる涙を乱暴に拭い、森の方を見つめた。


「……森に、ヒカルがいるのかもしれない……行こう」





 燃え盛る森の中を、彷徨うようにして俺は歩き続ける。

 誰か……誰か、生きている人間に会えないのかと、切に思いながら。

 そして、あの約束を刻んだ大木の前にやって来たとき。

 右手の方で、草がカサカサと音を立てるのが、聞こえた。

 その先に、誰かがいるのだろうかと思い、俺は音のした川の方に歩いていく。

 そこには、三つの人影があった。

 一人は、ヒカル。そして、あとの二人は……。

 カズヒトさんと、黒服の男だった。

 どうしてヒカルがカズヒトさんと、と訝ったが、そもそもの状況からしておかしいのだ。もう、何がどうなっていようと不思議ではない。

 そんな投げやりな気持ちにもなりながら、俺は木陰に隠れ、事態を見守ることにした。


「……どうする気……? これが……これがあんたのしたかったことなのか……?」

「いやあ……兄さんが勝手に暴走してね……とか、後でそう説明する気ではあるけど」


 カズヒトさんは、そこで表情を豹変させる。

 醜く歪んだ笑みを浮かべる。


「そうだよ? 俺は初めっから、この村を消して土地をいただくつもりだったのさ。ハハッ、あいつもこんな話によく乗ってくれたもんだ。仮にも四十三年間、ずっと暮らした村なんだぜ? それを燃やし尽くすってんだから、流石というか狂ってるというか……なあ」

「ゲンキさんの、ことか……。あんたが焚きつけたせいじゃないのか」

「まあ、それもあるんだろうな。だが、あいつはずっと、この村に復讐がしたかったのさ。それに手を貸してやった。俺も利益を得る。素晴らしいじゃねえか」

「……それこそ、狂ってる……お前が、みんなを……みんなを……!」

「……別に、俺が手を下したわけじゃあないけどな。あいつと……まあ、それから俺の優秀な部下たちがやってくれたわけだが」


 くっくと喉を鳴らせて笑い、そしてカズヒトさんはヒカルを睨んだ。


「そうだな……じゃあ、俺も一つくらいは、背負うか」


 あっと声を上げる間すらもなかった。

 彼は――カズヒトは、急にヒカルに近づくと、

 何の躊躇いもなく、ヒカルを蹴り飛ばした。

 ヒカルの姿は、地面の向こう側へと消える。あいつが立っていた場所は、崖のそばだったのだろう。

 だから、ガラガラという音と、数秒してからの、ドボンという水の音とが、ヒカルの末路を示していた。

 ……呆気なかった。あまりにも。

 ――ウソ、だろ。

 体が震えて、身動きすらとれなかった。

 助けに行かなければと思ったのに、指一本、動かせなかった。

 ずっと……ずっと一緒に、時を過ごしてきた大切な仲間が。

 たった今……殺されそうになっていたのに。

 いや、違う。

 もう……。

 俺はようやく、この村で何が起きたのかを、おぼろげながら理解する。

 全て、あのカズヒトの言う通りだとしたなら、これを計画したのは、俺の父親に違いない。

 そうだ、これは――村を巻き込んだ、壮大な心中劇なのだ。

 父さんは、村を道連れにして、死のうとしている。

 それに、カズヒトが便乗し、土地を乗っ取ろうとしているのだ……。

 俺は、できることならカズヒトを打ちのめしてやりたかった。

 あんな風に、軽々とヒカルの命を奪ったあの男が、許せなかった。

 今まで隠し続けてきた仮面。その奥にあった悪を、どうして見抜けなかったのかと、それが悔やまれて仕方なかった。

 ……だが、俺一人が立ち向かったところで、結果は見え透いている。

 だから、俺は何もできなかった。

 なんて弱虫なのだろう。そんな思いもよぎったけれど。

 せめて、ツバサだけは救いたいと、そう願う気持ちが一番、大きかったのだ。

 ……俺は、音を立てないようにして、ゆっくりと後ろに振り返る。

 そして、まだ立ち入っていなかった、森の墓の方へと向かっていった……。

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