真実 ④’

「……で」


 コウさんが僕らを連れて来た場所。彼の言う、謎解きを行うための場所は。


「……なぜツバサちゃんの家」

「ここに、色々な証拠があるからね。それを探しながらの方がいいと思ったんだ」


 平然とそう言ってのけ、コウさんは扉に手をかける。


「まさか……入る気ですか?」

「それはもちろん。今ならワタルくんとツバサちゃんは、土管の所で話し込んでいるはずだし、その両親もまた、出かけているはずだからね」

「いや、そういう問題でもない気が……」

「非常事態なんだし、仕方ない。鍵を掛けない文化だったのが幸いだよ」

「……心が痛む……」


 そうは言いながらも、結局僕らはコウさんの後に続き、真白家に乗り込んだ。多少の罪悪感を心の奥へ押しやって。


「……とりあえず、奥にある和室へ向かってくれるかな。その部屋の先に、見てもらいたいものがあるから」

「もったいぶるなあー」

「行けば分かるよ。決して冗談で言っているわけじゃないんだ」


 はいはい、と諦めたように言い、クウは廊下をのしのしと歩いて和室の方へ向かった。

 襖を開くと、そこは懐かしい、八畳間の和室。あまり物を動かしたくないからか、最後に来たのは結構昔のはずなのに、記憶に残っているイメージと、殆ど変わっていなかった。


「カエデさんがいないときは、よくこの和室に来てのんびりしてたよねー」

「そうだね。今更だけど、カエデさんって、いないときはどこに行ってたんだろう」

「私の医院に来てたのかな。あの頃は全然、気にもとめてなかったや」


 まあ、友達の親のことなんて、そう気にはしないか。


「二人とも。そこにある襖の先が、目的地だ」

「え? 冗談だよね」


 さっき冗談ではないと口にしていたのに、早速クウに冗談だろうと突っ込まれる。だけどコウさんは譲らず、


「とにかく、開けてみてくれ」

「はーい」


 半信半疑、というか殆ど疑に傾きながらも、クウは襖を開く。

 そこには。


「え……」


 押し入れではなかった。

 そこにあったものは、想像を絶する光景。

 それは、


「……なんだ、これ……」

「ど、どういうこと? わけ分かんない。ここ、カエデさんの部屋の、奥だよね? これ、カエデさんが作った部屋ってこと……?」


 僕らは二人して忙しなく部屋を見回す。こんな機械だらけの光景を、村で見ることになるとは、思ってもみなかった。

 コウさんは、苦笑しながら口を開く。


「確かにこれは、カエデさん……でいいか。まあ、彼女のために作られたものではあるけれど、作ったのはカエデさんじゃない。そうだね……まずはこれの正体を見てもらおうか」


 コウさんは言い、近くにあったモニタの電源を点ける。

 すると、そこには。

 この村の幾つもの地点が、映し出されていた。

 つまり、これは。


……?」

「監視!? 私たち、これで見られてたの!?」


クウは仰天しながら、自分の体をぎゅっと抱く。お風呂を覗かれた女の子みたいに。

 流石にオーバーリアクションだと思ったが、それでも監視カメラという存在は、確かに驚くべきものだった。


「ヒカルくんの言ったように、これは監視カメラだ。村の至る所を、リアルタイムで見ることができるようになっている」

「でも……どうして?」

「それは、決まっているよ。この村で起きるあらゆることを、カエデさんに見せたかったからさ」

「いやいや……答えになってるようでなってないんですけど」


 クウがこれまた大げさに手を振る。


「……はは、鋭いご指摘だね。この村を作ったある人物は、どうしてもカエデさんに、鴇村の日常というものを見せたかったんだ。……馬鹿らしく聞こえるかもしれないけれど、この鴇村は全て、その一つの目的のために出来上がったものなんだよ」

「村がここにあることすら、カエデさんのため……?」


 駄目だ。理解が追いつかない。

 突拍子もない話すぎて、頭が理解するのを拒否しているようだ。

 でも……。


「その人物は、ここで毎日のように、鴇村の日々をカエデさんに見てもらった。特に、子どもたちがどんな風に遊び、仲良くなっていくのかを。……そして、いつか思い出してもらうために」

……?」


 ……そういえば。

 カエデさんに向かって、そんなことを言っていた人がいた。

 でも、その人は……。


「最初はただ、それだけだった。きっと、案外すぐに思い出してくれると楽観していたんじゃないかな。でも、何年経ってもカエデさんは、ただぼんやりモニターごしの光景を眺めているばかりだった。……やがて、その人物は。自分にもタイムリミットが出来てしまったことに気付くんだ。あまりにも皮肉な運命が繰り返されたことを、彼は知った」

「ねえ、その人って……」

「……想像は、ついているみたいだね」


 コウさんの言葉は、僕らが思い描いている人物が間違いでないことを、肯定するものだった。


「その人物は、時間がないことを知ってから、最終手段をとることに決めた。それは、六月九日を期限として『限りなく近い』日常をカエデさんに見せるというもの。それまでは基本的な設定の下で、鴇村に自由なシナリオを書かせていたその人物も、いよいよその方法をとるしかなくなったんだ。そしてそれは……実行された。というより、実行されている」


 また、設定という言葉だ。しかも、僕の思っていた意味合いとは、違ったニュアンスの。

 コウさんの口にした設定はむしろ、この鴇村そのものが、一つの設定だと言わんばかりのもので……。


「ねえ、コウさん。……そろそろ教えてください。設定って……どういう意味なんです」

「……うん、それについては、ハッキリ言ってしまったほうがいいだろう」


 コウさんは、腕組みをしながら何度か頷く。


「この村は、言ってしまえば#オリジナルの鴇村の。本物の鴇村と全く同じ舞台設定で作られた、コピーの鴇村なんだよ」

「……は?」


 その宣言に、僕は驚愕というか、むしろ怒りに似た感情が沸き上がってきた。

 馬鹿馬鹿しいにも程がある。それは僕たちに対して失礼だろうと感じたからだ。

 何故なら、それはある意味、僕らの人生の全てをコピーと言われたも同然なのだから。

 そんな異常な『設定』を、信じられるわけがない。


「……いや、そのリアクションは予想していたよ。私だって、信じたくはない現実なんだからね。タロウくんも割と物分りは良かったけれど、やっぱり第一声はそれだったな」


 参ったな、とばかりに苦笑し、コウさんは何度か自分の後ろ髪を撫でて、


「……じゃあ、ここはもう一つ、違うものを見てもらうとしようか。ツバサちゃんの部屋に行こう、二人とも」


 そう言うと、彼はさっさとこのモニタールームを出て行ってしまう。


「……どうして、ツバサちゃんの」

「さあ……」


 ツバサちゃんの部屋に入ると言われて、ものすごく抵抗があったが、ここで引き下がるわけにもいかず、僕らは渋々彼についていった。

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