十章 ヒカル五日目
支配 ①’
風が窓を揺らす音で、目が覚めた。
その音と共に、なにか懐かしい夢を見ていた気もする。
潮の香り。吹き付ける風。……おおよそ鴇村とは縁のないもののはずなのだが。
考えていても答えはでないので、とりあえず僕はベッドから起き上がり、さっさと着替えることにした。
目覚めたばかりのぼやけた視界で、慎重に階段を下りて、欠伸を噛み殺しながらリビングへと向かう。そこにはもう、家族全員が揃っていたので、
「おはようございます」
と挨拶をして、いつも通りの席に着いた。
「おはよう、ヒカル」
父さんはそう挨拶を返してくれ、お祖父様はテレビに目をやりながらも、挨拶の代わりとばかりに頷く。視線が注がれているそのニュースでは、ブラジルで公共料金の値上げに反発した市民によるデモが発生しているという記事が、女性アナウンサーによって読み上げられていた。
母さんがテキパキと朝食を並べ、僕らは一斉に手を合わせて、食事をとり始める。
「ねえ、父さん」
「なんだい、ヒカル」
出来る限り自然な口ぶりで、僕は訊ねる。
「……ゲンキさんとカエデさんって、昔なにがあったのかな」
昨日の光景が気になったゆえの、質問だった。問われた父さんは、少し悩ましげな顔をして、
「……なにか、聞いたのかい?」
「いや、ちょっと気になって。……ワタルとツバサちゃんは仲良いのに、あの人たちはピリピリしてるかなって」
「……そうだな、どういえばいいのか。誰も触れないようにはしてきているんだけどね」
ということは、事情を知っている者が少なからずいる、ということなのだろうか。知った上で、黙して語らずにいるということなのだろうか。
僕が納得いかない、という表情になっていたからか、そのときお祖父様が、低い声で呟いた。
「……あの二人はな、全ての元凶……いや、全ての始まりみたいなものだ」
「全ての始まり……」
「……ああ、そうだ」
お祖父様は、ゆっくりと頷く。
「いまここにこの村があるのは、あの二人がいたからなのだよ」
*
今日もクウは笑顔で出てきて、僕に無邪気な冗談を言ってくる。
それを適当に受け流しつつ、僕らは二人、並んで学校に向かう。
「ねえ、クウ。僕も昨日、変な光景を見たんだけどさ」
「え? なになに?」
「ワタルとツバサちゃんじゃなくてさ。ゲンキさんとカエデさんが二人して歩いてるところを見たんだ」
「……え? あの人たちが? ……悪いけど、そっちは全然想像できないや」
「いや、別に恋愛話ってわけじゃないからね? カナエさんの話によれば、ゲンキさんは亡くなった奥さん一筋みたいだし」
「そりゃ、そうでしょね」
「……それに、すごく深刻そうな顔、してたんだ」
「ほえー……」
クウは何とも複雑な顔をしながら、どこか遠いところを見つめる。
「何かこう、因縁みたいなものがあるんじゃない? 天の家と地の家でしょ。正反対って感じの肩書きじゃない」
「どうもそれっぽいんだよね。詳しくは分からないけど」
「どういう因縁があるんだろうねえ……」
邪推なのかもしれないけれど、その関係はとても気になる謎の一つだ。
お祖父様が仄めかした言葉も、二人の秘密をより一層、謎めかすものだった。
学校に到着し、教室に入ってクウと駄弁っていると、ツバサちゃんと、その後ろからワタルが入ってきた。
それを見つけるや否や、クウは椅子が倒れんばかりに立ち上がり、おお、と声を上げる。
「おはよう。ヒカル、クウ」
ほんの少しだけ、きまりの悪そうに挨拶をするワタルの元へ、僕らは歩み寄っていく。
「おーっ、ワタルだ!」
「おはよう、ワタル。元気そうでなにより」
「ツバサちゃんさすがだねー!」
「クウちゃん、言い過ぎだよ……」
「心配かけてたみたいで悪い。もう大丈夫だから」
ワタルは照れたように言い、僕らの輪の中に入ってきた。
その笑顔を見て、僕はほんの少し、安堵することができた。
それからクウが冗談交じりにワタルとツバサちゃんの関係に茶々を入れたり、ワタルが反撃に出たりして、僕もそれに巻き込まれる。
こういう空気が、あの頃――ジロウくんがまだ元気な頃の僕らに一番近いな、なんて思ってしまう。
「多分、誰もヒカルの撮った写真、見たことないだろ。そのうちプリントしたの、見せてくれよ」
「……気が向いたら、ね」
「ちぇっ、ケチだな」
まだクウにも見せていないのだ。少なくとも、ワタルに見せるのは、全部をクウに見せてからだろう。そうでないと、クウに何を言われることか。
……心の中でも、僕はまだまだ素直じゃないな。
そんなことを思っていると、扉が開く音がして、カナエさんが教室に入ってくるのが見えた。
「あら、おはよう、ワタルくん。待ってたわよ」
カナエさんはワタルにウインクを飛ばす。
そうしてまた、学校生活は始まっていく。
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