支配 ②’
休み時間になると、ワタルがクウに何かを囁いて、廊下の方へ連れて行ってしまった。
何の用でクウを連れて行ったのかが気になったが、追いかけても大人げないので、ぐっと我慢した。
その代わりに、というのも変だが、僕はツバサちゃんに声をかける。
「ツバサちゃん、よくやってくれたね」
「ワタルくんのこと? 私はそんなに特別なことはしてないけどね。ワタルくんが、自分で立ち直っただけだよ」
「いやいや、ツバサちゃんの力だよ」
「うーん……あんまり言われるとなあ」
ツバサちゃんは頬を赤らめて、手で項を撫でる。
こんなに純粋で可愛い子に介抱されるなんて、ワタルも幸せ者だな、と思う。
……こんなことをクウに言えば、グーで殴られるに決まっているけれど。
「ところでさ、ツバサちゃんにちょっと聞きたいことがあるんだけど」
「ん、なにかな?」
「昨日さ、ゲンキさんとカエデさんが二人でいるのを見たんだけど。ツバサちゃんは何か知らない?」
「……二人が?」
少し黙りこむと、ツバサちゃんは、
「……いや、分かんないなあ。会う理由がなさそうだし、ね」
何故だか少し、緊張気味にそう答えた。
「まあ、それならいいんだけど……」
「深刻そうな顔してたから、何か知らないかなと思ってね」
「深刻そうな顔、かあ。……まあ、元々家同士で、確執があるみたいだからね」
その確執の詳細については、ツバサちゃんも分からない、ということなのだろうか。
「……でも、そうだなあ」
ツバサちゃんは、窓の外を見やりながら、半ば独り言のように言う。
「二人がそんな顔をしなくていいように、なればいいのにな……」
*
カナエさんの挨拶で、今日も学校での授業は終わり、生徒たちはめいめい解散する。
ワタルとツバサちゃんは、二人でそそくさと出て行ってしまったので、僕とクウも揃って学校を出た。
「ねえねえ、今日写真の話も出たことだしさ。ちょっとヒカルのコレクション、見せてくれません?」
「ああ……そうだなあ」
朝の話題を覚えていたのか。ちょっと意外に思ったが、見たいと言ってきてくれたのは素直に嬉しかった。
「分かった。アルバム持ってくるからさ。外で待っててくれる?」
「あれ、家で遊ぶの駄目なんだっけ?」
「……うん。あんまり、ね。ウチの親が、家に友達を呼ぶの、あんまり好かないらしいんだ」
「あらら、そうなんだ? 今まで何も言われなかったけど、やっぱり騒がしかったか」
本当のところは、僕とクウが懇意にしているのが家として、というか村として駄目らしいのだが、それはとても言えなかった。
というか、クウは親から何も言われていないのだろうか。
ひょっとして……言われてもなお、こうして隣にいてくれるのだろうか。
……どうなのやら。
「じゃあ、とりあえず僕の家に向かおうか」
「はいはーい、了解!」
僕の心にかかる靄を払うように、クウは明るい声で答えてくれる。
やっぱり、僕は彼女のこういう部分に救われているのだろう。
そして僕らは、二人仲良く並んで学校を抜けた。
*
「ほほーう……。これがヒカルの秘蔵コレクションですか」
村を流れる小川。その土手にある土管に座り込んで、僕らは二人寄り添いながら、家から持ち出したアルバムを見ている。
何年も前から撮り続けてきた、野鳥の写真。初めの頃はブレもあったけれど、今はとても安定していると自負していた。
「バードウォッチングとか全く分からんけど、確かに中々綺麗に撮れてますな」
「そんな変な言葉遣いでコメントしなくていいよ」
「いいじゃん、雰囲気出すくらい」
むう、とクウは頬を膨らませる。こういう茶目っ気のある部分に、胸がドキリとしてしまう。
「……でも、ホントにすごいよ」
「ありがと。母さんにやってみたらって言われてやり始めたけど、こんなに好きになるなんて、自分でもびっくりだよ。昔の僕に今の状況を言ったって、信じないだろうなあ」
「お母さんに言われてやり始めたんだ? 自分からやりたいって言い出したのかと」
「いいや。それまでは写真に興味なんかなかったからね」
「へえー……意外だな。ヒカルにピッタリの趣味だってずっと思ってたから」
「そう見えるかな?」
「うん。似合ってるもの、カメラ構える姿。まー……格好良いとでも言えばいいのかな」
「……どうも」
返事に困って、僕はぎこちなく頭を下げるだけになってしまう。
「……で、カメラも持ってきてるみたいですけど、ついでに行くつもりですかい?」
「はは、まあクウが構わないならね」
「私はもうどこへでもついていく所存ですよ」
「そう? じゃ、行ってみようか」
「おう、受けて立つよ」
何故か挑むような台詞を放ち、クウは笑いながら僕に拳を突き出した。
「ははは、よし。それじゃ出発だ。そうだな……今日は少し山を下った辺りで撮ってみようかな」
「了解。それじゃ、行きましょっ」
クウは土管からぴょんと身軽に飛び、体操選手のように大げさな着地を決める。
そして振り返り、笑顔で僕に手を差し伸べた。
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