支配 ②’

 休み時間になると、ワタルがクウに何かを囁いて、廊下の方へ連れて行ってしまった。

 何の用でクウを連れて行ったのかが気になったが、追いかけても大人げないので、ぐっと我慢した。

 その代わりに、というのも変だが、僕はツバサちゃんに声をかける。


「ツバサちゃん、よくやってくれたね」

「ワタルくんのこと? 私はそんなに特別なことはしてないけどね。ワタルくんが、自分で立ち直っただけだよ」

「いやいや、ツバサちゃんの力だよ」

「うーん……あんまり言われるとなあ」


 ツバサちゃんは頬を赤らめて、手で項を撫でる。

 こんなに純粋で可愛い子に介抱されるなんて、ワタルも幸せ者だな、と思う。

 ……こんなことをクウに言えば、グーで殴られるに決まっているけれど。


「ところでさ、ツバサちゃんにちょっと聞きたいことがあるんだけど」

「ん、なにかな?」

「昨日さ、ゲンキさんとカエデさんが二人でいるのを見たんだけど。ツバサちゃんは何か知らない?」

「……二人が?」


 少し黙りこむと、ツバサちゃんは、


「……いや、分かんないなあ。会う理由がなさそうだし、ね」


 何故だか少し、緊張気味にそう答えた。


「まあ、それならいいんだけど……」

「深刻そうな顔してたから、何か知らないかなと思ってね」

「深刻そうな顔、かあ。……まあ、元々家同士で、確執があるみたいだからね」


 その確執の詳細については、ツバサちゃんも分からない、ということなのだろうか。


「……でも、そうだなあ」


 ツバサちゃんは、窓の外を見やりながら、半ば独り言のように言う。


「二人がそんな顔をしなくていいように、なればいいのにな……」





 カナエさんの挨拶で、今日も学校での授業は終わり、生徒たちはめいめい解散する。

 ワタルとツバサちゃんは、二人でそそくさと出て行ってしまったので、僕とクウも揃って学校を出た。


「ねえねえ、今日写真の話も出たことだしさ。ちょっとヒカルのコレクション、見せてくれません?」

「ああ……そうだなあ」


 朝の話題を覚えていたのか。ちょっと意外に思ったが、見たいと言ってきてくれたのは素直に嬉しかった。


「分かった。アルバム持ってくるからさ。外で待っててくれる?」

「あれ、家で遊ぶの駄目なんだっけ?」

「……うん。あんまり、ね。ウチの親が、家に友達を呼ぶの、あんまり好かないらしいんだ」

「あらら、そうなんだ? 今まで何も言われなかったけど、やっぱり騒がしかったか」


 本当のところは、僕とクウが懇意にしているのが家として、というか村として駄目らしいのだが、それはとても言えなかった。

 というか、クウは親から何も言われていないのだろうか。

 ひょっとして……言われてもなお、こうして隣にいてくれるのだろうか。

 ……どうなのやら。


「じゃあ、とりあえず僕の家に向かおうか」

「はいはーい、了解!」


 僕の心にかかる靄を払うように、クウは明るい声で答えてくれる。

 やっぱり、僕は彼女のこういう部分に救われているのだろう。

 そして僕らは、二人仲良く並んで学校を抜けた。





「ほほーう……。これがヒカルの秘蔵コレクションですか」


 村を流れる小川。その土手にある土管に座り込んで、僕らは二人寄り添いながら、家から持ち出したアルバムを見ている。

 何年も前から撮り続けてきた、野鳥の写真。初めの頃はブレもあったけれど、今はとても安定していると自負していた。


「バードウォッチングとか全く分からんけど、確かに中々綺麗に撮れてますな」

「そんな変な言葉遣いでコメントしなくていいよ」

「いいじゃん、雰囲気出すくらい」


 むう、とクウは頬を膨らませる。こういう茶目っ気のある部分に、胸がドキリとしてしまう。


「……でも、ホントにすごいよ」

「ありがと。母さんにやってみたらって言われてやり始めたけど、こんなに好きになるなんて、自分でもびっくりだよ。昔の僕に今の状況を言ったって、信じないだろうなあ」

「お母さんに言われてやり始めたんだ? 自分からやりたいって言い出したのかと」

「いいや。それまでは写真に興味なんかなかったからね」

「へえー……意外だな。ヒカルにピッタリの趣味だってずっと思ってたから」

「そう見えるかな?」

「うん。似合ってるもの、カメラ構える姿。まー……格好良いとでも言えばいいのかな」

「……どうも」


 返事に困って、僕はぎこちなく頭を下げるだけになってしまう。


「……で、カメラも持ってきてるみたいですけど、ついでに行くつもりですかい?」

「はは、まあクウが構わないならね」

「私はもうどこへでもついていく所存ですよ」

「そう? じゃ、行ってみようか」

「おう、受けて立つよ」


 何故か挑むような台詞を放ち、クウは笑いながら僕に拳を突き出した。


「ははは、よし。それじゃ出発だ。そうだな……今日は少し山を下った辺りで撮ってみようかな」

「了解。それじゃ、行きましょっ」


 クウは土管からぴょんと身軽に飛び、体操選手のように大げさな着地を決める。

 そして振り返り、笑顔で僕に手を差し伸べた。

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