葬送 ②
空は厚く、黒く雲を濃くしていた。
鴇祭の際、舞台として使われる神社。鴇を祀り、祈りを捧げる聖なる場所。
その場所は今、一人の少年に祈りを捧げるためにある。
昨日までの祈りとは違う。安息なる旅立ちができるようにという祈り。
悲しみに包まれた祈りだ。
「着いたね、ワタルくん」
ツバサが声をかけてくれる。ここまでくる道すがら、ツバサはずっと俺に話しかけてくれていた。彼女だって辛く、苦しいはずなのに、俺を元気付けようと精一杯に話してくれていたのだ。
「ああ、そうだな」
だから、俺も何とかそう返した。
神社は中が集会場のようになっており、葬式を行うときには鯨幕が取り付けられて、立派な式場になる。そのときでも、奥に安置された鴇の像は特に移動させたりはしない。それは『人は死んだら鳥になる』という言い伝えのように、鳥の仲間入りを果たせるようにするためなのかもしれなかった。
神社には既に人が集まっていた。ジロウくんのために、大勢の人が祈りに来ている。
だけど、本当はこんなこと、したくはなかったはずなのだ。
堂内には、パイプ椅子が幾つも並べられていた。参列者たちは、好きな場所に座って式が始まるのを待っていた。前方にはジロウくんが眠っている棺と、その隣に黄地家のための席があった。母親はじっと座っていて、父親は参列者たちに来てくれたことへのお礼を述べている。
しかし、タロウの姿はなかった。
「タロウくん、いないね」
「来たくないのかもな。……信じたくないのかもしれない」
「最後まで……来ないつもりかなあ……」
「さあ……。でも、たとえ来なくても責められないよ。ただの友達の俺でさえ、来るのが辛かった。認めるのが辛かったから」
「……私もだよ……」
彼は、認められるのだろうか。弟にもう二度と会うことが叶わないという現実を。
五分ほどが経ち、式場の椅子に空きがなくなった頃、父さんが堂内に入ってきた。法衣を身に着けたその姿は、この式場に相応しい貫禄を備えていた。
いつか父さんは、この仕事をお前も継ぐんだぞ、と口にしていた。だけど、それは俺にはどだい無理な話だろうと思ってしまう。俺にはあんな風に振舞う強さなどない。気に入らない父親だけれど、それでもやはり父さんはすごい人だった。
父さんは、用意された座布団の上に正座すると、お経を読み始めた。頭の中が侵されるような言葉の羅列。自然と涙が目元に溜まり、そして零れていく。
ふと、右手を握られているのに気付いて隣を見てみると、ツバサもまた静かに涙を流していた。ジロウくんの遺影をじっと見つめながら。
向こうの席に、ヒカルとクウもいた。二人もまた、寄り添うようにして悲しみを共有しているようだった。
そう、この悲しみはみんな一緒だ。誰もがみな、ぽっかりと穴の空いたような悲しみを共有している。
読経が終わると、家族たちから別れの言葉が読み上げられた。父親は、
「お前は元気がいっぱいで、いつもお兄ちゃんがしている遊びをやりたがったな。その度に、お父さんが一緒に遊んでやったよな。最近は、お兄ちゃんの友だちも、お前と遊んでくれるようになって、本当に毎日楽しそうだったよな……」
楽しい思い出の数々。それらを一つ一つ思い出しては、語りかける。そうして全てを語り終え、母親に後を譲る。
「ジロウは優しくて、明るい子で……私が家事をしていると、いつだって手伝おうとしてくれたんですよ……でも、終わったら遊んでね、と言うのも忘れなくて……わんぱくなところもありました……自慢の次男でした……」
母親の話は、最後まで続けられなかった。ハンカチで目元を覆ったまますすり泣き、そのまま席に戻らざるを得なくなってしまった。いかに彼女の悲しみが深いものかがよく分かる。分かりすぎて、苦しかった。
焼香の時間になった。親族から順番に並び、香を落として、ジロウくんのために祈る。繰り返される祈り。
俺とツバサの番になった。箱の中から香を摘んで、落とす。それを三回繰り返してから祈った。
どうか、安らかに。
鳥のように、空へ羽ばたいていってくれ。
それもまた、伝承の一つ。
人は死んだら、鳥になるのだから――。
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