予兆 ③

 今日の体育は、村全体を舞台にしたかくれんぼになった。昨日は年長組の意見が通ったので、今日は年少組の意見が通ったというわけだ。ちなみにこのクラスの最年少は、十歳の男の子である。

 ただのかくれんぼと侮るなかれ、鴇村というちょうどいい広さの村で、九人というこれまたちょうどいい人数を探すのは、中々楽しい遊びなのだ。一時間を使い、見つけられれば鬼の勝ち、逃げ切れれば人間側の勝ち。俺たちはそんな、子ども染みた遊びに大いに熱中するのだ。

 鬼はヒカルに決まり、一分を数える間に俺たちは逃げることになった。生徒たちと一緒に、カナエ先生も隠れることにしたようで、クウと一緒にどこかへ行こうとしているところが見えた。

 あくまで村の中が逃げられる範囲であり、森には入ってはいけないことになったので、俺はどこがいいかと探し回り、川の近くに積まれた土管の中に入って隠れることにした。ツバサはそれを見てくすりと笑ってから、俺の土管の下に隠れた。真似なんかするもんじゃないぞと思ったが、どうやら隠れながら俺と話したいようだった。


「クウちゃんが千羽鶴を作ろうって言い出すなんて、思わなかったなあ」

「はは、ほんとな。意外とそういうの信じる性格なのかな」

「あ、ワタルくん。クウちゃんは女の子なんだからね? 意外ととか言わない」

「まあ、ツバサの方が言いそうだった、とは思うけど」

「うーん、私は思いつかなかったな。だから、クウちゃんの方が乙女なんだよ。純粋な女の子」

「純粋な女の子、ねー」

「こら、そんな顔しない」

「見えないだろ」


 声を殺しながらも、二人で笑い合う。


「相合鳥とか、トキの言い伝えだって信じてるんだから、クウちゃん。今日なんか……」

「ん?」

「あう、何でもない」


 口元を覆い、それから取り繕うようにそう言って、頭をかりかりと掻いた。まさか、昨日のことをクウに話したりしたのだろうか。……ないと信じたい。


「……ま、千羽鶴のことだけどさ。多分、両親がお医者さんで、直接ジロウくんを診たりしてるからじゃないかな。自分は力になれてないって、他の人より強く思っちゃって、何かできることを探してたのかも。それで千羽鶴が浮かんだんだと思うよ」

「なるほどなー……。いくら代々医師を継ぐといっても、それは大人になってからの話だし。今のクウは、医者のいの字もまだ知らないよな」

「うん。だから、だろうね」


 この村では、親の仕事を子が継ぐのが当たり前、もはや決まりのようになっている。クウもその例外でなく、医者になることが決められているのだ。婿をとって、婿が医者になればいいというだけではない、クウ自身も必ず、医者にならなければならないらしい。

 村は、継がれていくものが多い。それは古き良き伝統でもあるし、悪しき戒めでもある。どうも俺は、そういう一長一短なところがある気がしている。

 しんみりとした沈黙が流れ、しばらく立ったあと。

 俺が何か話を切り出そうとしたちょうどそのとき、


「はい、見つけた」


 という、気だるそうなヒカルの声が、土管の外から聞こえてきた。

 ゲームオーバーだ。


 俺たちが見つかったのは五番目ぐらいで、意外なことに、最後まで見つからなかったのはクウだったらしい。とはいえ、クウはカナエ先生の助言を受けて、学校の職員室に隠れていたらしく、更にカナエ先生が囮になるという作戦も相まって、見つからずに済んだらしかった。

 ……本当だろうか。そういうことにしておいてくれ、なんて頼んでないだろうな。

 誇らしげに胸を反らせるクウに、ヒカルは面倒臭そうに対応していたが、その中にもどこか、彼女が嬉しそうで何よりというような気持ちがあるような感じがしたのがヒカルらしい。

 授業が終わって、教室へ戻る途中。

 この輪の中にまたタロウの加わる日が早く来ればと、俺は思わずにはいられなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る