二章 ヒカル一日目

鴇村 ①’

 午前七時。いつものように、僕はその時間になると目を覚ます。平日でも祝日でも変わらない。リズム化された、体の反応のようなものだ。掛け布団を除けて体を起こすと、僕は大きく体を伸ばした。

 心地良い朝だ。六月に入ったので、もうそろそろ雨続きになるだろうから、今の内に晴れ空を満喫したいな、と思う。二階の僕の部屋の窓から、しばらく鳥たちの舞う綺麗な青空を眺めた後、パジャマから普段着に着替え、部屋を出る。

 一階に降りると、お祖父様が居間に向かうところだったので挨拶する。


「おはようございます、お祖父様」

「うむ」


 お祖父様に続き、僕は居間に入る。食事の用意は半分ほど済んでいたので、僕はお母さんの手伝いをしようと厨房に向かった。


「あら、おはようヒカル」

「おはよう、お母さん」


 食器が出ていなかったので、食器棚から必要そうなお皿を取り出したり、各々の箸を取り出したりする。


「あら、ありがとう」


 と、お母さんが褒めてくれるので、僕は微笑みで答える。

 準備が終わる頃、家族は居間に集合する。お祖父様、お母さん、お父さん、そして僕の四人だ。些か広すぎる居間で、僕らはいただきますと合掌して、食事をとり始める。

 僕の家……つまり青野家は村一番の地主らしく、家も村で一番大きい。この時代、木造建築というのは古臭いと思われるかもしれないが、鴇村は外の世界からほぼ隔絶された空間だ。流れる時間も、外の世界とは違ってゆっくりなのだ。むしろ、止まっていると言ってもいいかもしれない。

 テレビでは、今日のニュースが読み上げられている。外の世界を見ることができるのは、このテレビを通してくらいだ。


「もうすぐ、鴇祭だな。一週間後か」

「ええ、早いものですねえ」


 お祖父様の言葉に、お母さんが頷く。そうか、もうすぐ鴇祭なのか。

 鴇村では年に一度、六月九日に鴇祭という祭を行う。その名前の通り、この祭は村に棲む鳥たち、主にトキたちを信奉する祭であり、日が暮れてから村のいたる所に立てられた止まり木の上に燭台を取り付け火を灯し、青野家の隣にある神社で村人全員が祈りを捧げる、というものだ。あちこちで揺らめく火は幻想的で、祭を行うことの意味までは分からないものの、僕は祭が好きで、毎年その時期を心待ちにしていたりする。


「……今年の祭は、特に重要になるだろう。形式的なものだという意識ではなく、きっちりと、祭をやり遂げねばならない」

「はい、お父さん」


 お祖父様が言い、お父さんが真剣な眼差しで返事をする。子どもにとっては楽しい祭だが、大人、特にそれを執り行う側にとっては、楽しいとは言えないものなのだろう。その責任感は、理解はできる。


「鴇村のため、無事に祭を終わらせることを心がけるぞ」

「はい」


 お祖父様の言葉に、僕も心の中で、はい、と頷くのだった。

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