自衛隊出動
「法堂総理大臣、本当に行くつもりですか? 任務は我々に任せてここに残っていてください」
「いや、私も行く。民間人が危険にさらされているのに、国のトップたる私が安全圏で任務終了を待つわけには行かない。もし私の身に危険が迫っても助けるなよ。
「……分かりました。ですが、無茶はしないでください」
「自分の身は自分で守れるさ」
法堂はそう言うと、ヘリコプターに乗り込んだ。白波は不安気な表情を浮かべながらも、ヘリコプターに乗り込む。すぐに何機ものヘリコプターが美善町を目指して離陸した。
「あんな怪物、俺の手でやっつけてやりますよ」
若い自衛隊員が自信満々に告げた。早く怪物を倒したくて仕方がないというような表情を浮かべていた。
「俺たちの任務は民間人を救い出すことだ。怪物の殲滅も重要だが、最優先事項は民間人の救出だ」
白波は部下をたしなめるように言った。白波の言葉に部下たちは気を引き締めたようだった。
法堂を横目で見ながら、白波は窓の外に視線を向ける。窓の外に見えたのは辺り一面に生い茂る森林だった。森林の奥に美善町はあった。ものの数分で美善町が見えてきた。
数機のヘリコプターが美善町の上でホバリングし、白波たちはロープを垂らして一人ずつ順番に降りていく。白波たちを降ろし終えると、ヘリコプターは飛び去った。
白波たちはライフル銃を構え、周りを警戒しながら奥へと進んでいく。
すると鉄筋コンクリート造の建物の陰から異形な姿の怪物が現れた。白波たちは身構え、ライフル銃を怪物に向けて撃った。だが、銃弾は怪物の頑丈な体に弾かれて地面に散らばってしまう。間髪入れず撃ちまくるも、銃弾はまったく効かなかった。
怪物は唸り声を上げてこちらに近づいて来た。白波たちは後退したが、法堂は怪物に向かって駆けだした。白波が慌てて止めようとした時、怪物が大きく開いた口に照準を合わせて法堂がライフル銃を撃った。その瞬間、怪物は苦しそうに叫び声を上げて後退する。
「口だ! 口の中を狙うんだ!」
法堂が叫ぶのとほぼ同時に白波たちは怪物の口の中を狙い撃ちした。怪物は甲高い悲鳴をあげると、その場に崩れ落ちた。怪物はピクリとも動かなくなった。
「法堂総理大臣! 無茶はしないように言ったじゃないですか!」
「無茶なんかしていないさ。ただ外側が無理なら、内側から攻撃すればいいと思っただけだ。思った通り内側へのダメージは弱かった」
「それはそうですが、もうあんな無茶はしないでください。いいですね?」
「分かったよ、白波君」
白波の言葉に法堂は肩をすくめると、先に進んだ。白波たちも法堂の後に続き、建物の陰に注意しながら歩き出した。怪物を警戒しながら建物内に踏み込み、慎重に民間人を探した。
その行動を何回か繰り返した時、十二時の方向から若い男女たちが走ってくるのが見えた。その背後からは岩石を思わせる体に腕が四本もある怪物が追っかけて来ていた。
「君たち、こっちだ!」
白波は叫びながら怪物に向かってライフル銃を撃った。部下たちも白波を援護するかのように、怪物に撃ちまくる。その隙に法堂が若い男女たちの元に駆け寄り、白波たちのところに誘導した。それを確認した白波は怪物の口に照準を合わせて撃ちまくった。怪物は悲鳴をあげ、ゆっくりと後ろに倒れた。
「全員、無事か? 怪我はしていないか?」
白波は確認のために聞いたが、四人の若い男女たちは顔面蒼白だった。怯えたように体が震えている。白波は四人が落ち着くのを待ち、もう一度同じことを聞いた。
「怪我はしていません。ですが、サークルメンバーの浦野君がさっきの怪物に食われました」
一人の女の子――坂水木優菜と名乗った――が目尻に涙を浮かべながらも、ハッキリした口調でそう告げた。
白波は部下たちに周囲を見張るように告げると、無線でヘリコプターのパイロットに連絡した。すぐに上空からヘリコプターが現れ、こちらに近づいて来た。
ヘリコプターが着陸しようとした時、左側の建物の陰から四枚の翼が生えた怪物が飛び出してきた。怪物は唸り声を上げながら、ヘリコプターに襲い掛かろうとした。その瞬間、どこからともなく銃弾が放たれて怪物の口の中に直撃する。間髪入れずに銃声が響き、怪物はヘリコプターを襲う前に力尽きて地面に落下した。
白波は銃声が聞こえた方を向いた。そこには白衣を身にまとった青年が立っていた。手にはライフル銃を持っている。
「
法堂はホッとしたように青年――海良の元に駆け寄った。法堂海良は法堂の甥だ。法堂の弟の息子が海良だった。
「伯父さんが直々に来るとは思わなかった」
海良は驚いたように法堂を見た後、視線を上空に向けた。ヘリコプターは再び着陸準備に入っていた。ヘリコプターはゆっくりと着陸しようとしたが、突如飛んできた瓦礫によって破壊された。ヘリコプターは墜落し、爆音と共に炎上した。瞬く間に煙が立ち上る。
白波は周りを見回し、斜め右方向に建つマンションの屋上に怪物が立っているのを確認した。手にはロープを巻き付けた瓦礫を持っていた。
「今すぐ走れ!」
白波は叫んだ。部下たちは坂水木たちを守るようにして駆け出した。海良は怪物に向かって何かを投げつけた。それは手榴弾だった。手榴弾は爆発し、怪物の周囲が煙で覆われる。
その隙に白波たちはその場から全速力で駆け出し、建物内に入り込んだ。白波が部下たちに建物の入り口を見張るように指示していると、坂水木が近づいてきた。
「あの怪物はいったい何なんですか?」
「それは俺から説明しよう」
口を開こうとした白波を遮って海良が告げた。白波たちの視線が海良に向いた。
「今から100年ほど前にこの美善町に謎の物体が飛来した。当時の研究者たちの調査によって珪素生物だと判明した。地球に飛来した時点ですでに息絶えていたらしい」
「海良、珪素生物とは何だ?」
法堂は怪訝な表情を浮かべて海良に質問した。法堂だけでなく、白波たちも怪訝な表情を浮かべていた。
「珪素生物ってのは簡単に言うと、珪素を中心に構成される生命体のことだ。ちなみに地球の生命体は炭素を中心とした有機化合物から生まれた炭素生物だ。人間を含めてな」
「その珪素生物とやらと怪物はどう関係しているんだ?」
「珪素生物の遺伝子を元に作り上げたのが外で暴れている怪物だよ。口内が弱点でな。
「そうだったのか」
法堂は神妙な面持ちで呟いた。総理大臣でありながら、兵器開発のことを何も知らされていなかったことに何か思うことがあるのかもしれない。白波はそう思った。
入り口近くの窓から外の様子を伺いながら、白波は先ほどの怪物の行動を思い出す。怪物は瓦礫にロープを巻き付けて攻撃してきた。つまりある程度の知能があるということだ。
正面の建物の屋上に怪物が仁王立ちしているのが見えた。すぐに視線を動かして辺りを確認する。建物は怪物たちに囲まれているようだった。だが、怪物たちは一向に攻撃してくる気配がない。建物を囲んでいるし、ここに潜んでいることには気づいているはずだ。なのにどうして攻撃してこないのだろうか?
「俺たちが外に出るのを待ってるんだろうな」
いつの間にか横に来ていた海良が呟いた。海良だけでなく、法堂や坂水木たちも窓から外の様子を伺っていた。
「怪物が襲ってこないことに安堵して建物の外に出たところを狙うつもりなんだろ。きっと何時間でも待つつもりだ。ある程度の知能はあるし、それくらいのことは平然とやってのけるだろうな」
海良の冷静な分析に坂水木たちは真っ青になった。その表情からはこのまま建物から出られないかもしれないという不安が伺えた。坂水木たちの不安気な表情を見た海良は建物の奥に駆け込んだ。すぐに箱を持って戻って来た。箱の中身はマシンガンやライフル銃などの様々な武器だった。
「実験が失敗した時に備えてあらかじめ武器は用意していた。怪物が研究所を破壊して町に逃げた後、武器をこの建物に運んでおいた。これだけの量の武器を持って歩けないからな。お前たちも武器は持っておいた方がいい」
海良は言いながら、坂水木たちに拳銃を手渡した。坂水木たちは困惑した表情で海良を見た後、助けを求めるかのように白波に視線を向けた。困惑していたのは白波も同じだった。ただ千賀崎という少女だけが怪訝な表情で海良を見ているように思えた。
「別に怪物と戦えって言ってるわけじゃない。身の安全のために持っておいた方がいいってだけだ。俺が囮になって怪物を引き付けるから、伯父さんたちはその間に裏口から逃げてくれ」
「何を言ってるんだ! そんな危険な真似はさせられない!」
法堂は声を荒げた。法堂にしてみれば海良は大事な甥なのだ。声を荒げるのも無理からぬことだった。白波も海良が囮になることに賛成できなかった。この建物は怪物たちに囲まれているのだ。囮になれば無事では済まない。逃げられずに死んでしまうだろう。そんな危険な行為をさせるわけにはいかなかった。
「俺が招いた事態なんだ。俺が囮になるのは当然だ。こんな事態になった責任を取らなければいけない」
海良はまるで自分に言い聞かせるかのように呟くと、箱の中からマシンガンを手に取った。その目には強い覚悟が伴っていた。どうやら本気で囮になって白波たちを逃がすつもりのようだった。坂水木たちは不安そうに法堂と海良を交互に見ていた。
「……本当に囮になるつもりなのか? 死ぬかもしれないんだぞ?」
「俺の心配なんかしなくていい。伯父さんたちは民間人を救いに来たんだろ? 最優先事項は民間人の救出だ。さあ、早く裏口に」
「……死ぬなよ」
「またあとでな、伯父さん」
海良はそう言うと、入り口の扉のノブに手をかけた。白波たちは急いで裏口に向かった。途中で振り返ると、海良が扉を開けて出て行くところだった。すぐに銃声が響き、怪物の叫び声が聞こえた。
白波たちは裏口から建物の外に出て全速力で駆け出した。
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