うるせえ!ぜんぶよこせ

水原麻以

うるせえ!ぜんぶよこせ!!

「だが、断る!」勇者は聖剣を抜くやいなや、魔王を両断した。首が痛くなるほど視角を変えてもまだ見果てぬ頭身。


幾多の渦状星雲を足蹴にしてきた究極の生命体まおう。その身長は億光年の単位では測れない。観測可能宇宙が何個、いや、何グロスのスケールだと言われている。

その「まおう」が勇者のバスタードソードで真っ二つにされたのだ。

行く手を阻む漆黒が割れ、閃光がほとばしる。

「やべえ! 総員、【空間転移】だ」

勇者が振り向くとエルフ耳の少女がうなづく。波濤のような黒髪がやがて来るエーテルの前兆に揺らいでいる。

「わかった。やれるだけやってみる」

彼女は何かを迎え入れるように両手を広げ、朗々と歌い始めた。ごう、っと鈍い振動が一行の立ち位置を震わせる。

ゆっくりと割れつつある「まおう」

そして、満点の星空がクシャクシャとチリ紙のごとく丸まった。

ドン、と背中を押され虹色の雨が降ってきた。

「【空間転移】処置完了。で、次はどうするの?」

エルフが指示待ちモードに入る。

「奴が死んだとは思えない」

バスタードソードに勇者の憂いがよぎる。

「艦隊後方十兆パーセクに大規模な重力波探知、まおうの座標です」

観測員が告げるとブリッジに拍手と歓声が満ちた。

「…みんな、ついて来てる?」

エルフの懸念を明るい返事が吹き飛ばした。

「全艦隊、健在です!」




三千万ドルの夜景は全て小惑星ケレスサイズの重戦闘要塞艦。その航路を鴉の濡れ羽より濃い闇が塞いでいた。まおうの正体は得体が知れない。最前線の理論物理学者がスーパーコンピューターを用いて鬱病になるほど悩んで、おぼろげな輪郭がつかめた。

「わからない…」

「わけがわからない存在であるが、話が通じない相手でもない」

それが、唯一の答えだった。

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