辺境夫婦善哉-ひきこもり雪獅子公と陽気な嫁様-
半井幸矢
序
第〇話
大陸東南部ファンロン王政国の辺境・ツァスマは、騒然となった。川を隔てて接する
普段穏やかで落ち着きのあるアデンが、珍しく何かを焦るような気まずそうな表情を崩さない、それだけで緊張が走る。
その隣にいたのは、細やかな彫金細工の
左腕には、クォンシュの皇帝直属剣士隊の証である白い花の刺繍の入った腕章。供の者は一人もいない、その代わりとでもいうように斜め後ろに控えるのは、
雪獅子を飼い慣らし、クォンシュの剣士隊の一員でもある身分の高い者といえば、ただ一人。
その名を口にしていいものか、誰もが迷った。何しろ今のクォンシュの皇帝と一悶着あったといわれる人物である。
屋敷の門前まで迎えに出たアデンの妻と息子は驚き言葉を失っていた。唯一、娘が父に駆け寄る。
「父上、ご無事で! ……あの、えっと……」
「……川が渡れるようになるまで、お世話になった」
「それは……父をお助けいただき、ありがとうございます。あっ、どうぞ、粗末な館ではありますが是非」
「いや、」
娘の招待を、剣士は断った。顔を完全に隠した
「すぐに、帰ると言って出てきた」
「……左様で、ございますか。それではまた、日を改めて御礼に」
「っ、いや、」
少し、慌てたように。
「……そのっ、……いい。……では、冑を取らぬまま失礼した」
簡潔な言葉だけを残して、
「あの、せめて国境までお見送りを」
「いや、いい」
剣士は振り返ることなく
全身鎧に包まれているのに何という軽い身のこなしだろう、と娘は感心しきっていた。すっかり見えなくなっても、その去った方角をずっと見ていると、肩を抱かれる。
「マイラ」
明らかに思い悩んだ表情。様子のおかしい父に、娘は
「父上?」
「……すまない」
「どうかなさったのですか?」
「……お前を……あの方に……
降って湧いた縁談に、ツァスマ領主の娘マイラ・シェウは
「はい?」
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