4.学園祭準備の夜に。







 ――アレンの動向に注意しなさい。

 俺の頭の中では、その言葉がぐるぐると回っていた。

 ダースの可能性も捨てたわけではないが、それでもあの行動と寿命の変化を見れば、その線は薄いと考えるのが普通。そのため、身近な誰かというのがアレンになるのも、自然な推測だと思われた。思われるのだが……。


「なんだ、この違和感は……」


 どうしようもない、違和感が拭えなかった。

 仲間を疑いたくはないという気持ちが先行しているのか。それとも、あのような拷問を受けていたアレンを、そしてハジメを殺した彼を疑うことへの疑問なのか。

 考えれば考えるほどに、思考は泥沼の中に沈んでいった。


 ならば『裏切り者』がいるということさえも、嘘なのではないだろうか。


「いや、それはない」


 そこまで考えてから、仕切り直すように俺は首を左右に振った。

 何故なら、あの状況でアカネが嘘をつくとも思えないから。虚言を口にしたところで、アカネに旨味などないのだ。だから、彼女の忠告は重要な情報だった。


 そうなると『スパイ』であるダースを『裏切り者』と称したのか。

 つまりは、アカネの勘違いだ。


「………………」


 だがそれも違うように思われた。

 それとなると、ダースの口にした言葉の意味が分からなくなる。


 だとすると、つまり――。



「――だーっ!? どういうことだよ!!」



 そこで俺の脳みそは悲鳴を上げた。

 教室内の飾りつけをしながら、俺はついついそう叫ぶ。


「いや、お前がどういうことだよ」

「…………すまん」


 すると、隣で作業をしていた田中にツッコまれた。

 肩を落として謝罪する。すると、


「お前、さっきからブツブツ何か言ってたけど、疲れてるんじゃないか? ここは俺がやっておくから、あっちで休んでこいって。ずっと働き詰めだろ」

「……うい。そうする」


 そう提案されたので、素直に従うことにした。

 学園祭の準備は大詰めを迎えており、いよいよ高校に寝泊まりしての作業である。一部の生徒と交代で、今日は俺とミレイ、そして田中などが参加していた。


 というか、俺に至っては毎日なのだが……。


「それなら、心配されても当然か」

「お疲れ様です。ミコトくん! お茶をどうぞ」

「あぁ。ありがとう、ミレイ。そっちも今、休憩か?」


 さて、廊下に出て休憩用の椅子へと向かうとミレイと遭遇した。

 俺の表情を見た彼女は、すぐに飲み物を提供してくれる。


「はい、そうです。衣装の方は、あと少しで完成しそうです!」

「そっか、お疲れ様!」


 受け取って、嬉しそうに答える少女を見ていたら、なんだかこっちも嬉しくなってきた。俺は思わずそんな彼女の頭を撫でる。

 幸い他の生徒は作業中らしく、廊下には俺たちしかいない。

 共に椅子に腰かけると、ミレイは自然とこちらに身を預けてきた。


「ふふふっ。なんだか、不思議な気持ちになりますね……」

「……そう、だな」


 ふわりと香るシャンプーのそれに魅惑されながら、俺は短くそう答える。

 すると彼女は嬉しそうに、しかし静かにこう続ける。


「こんなに楽しいのは、本当に初めてです」


 それは心の底からの言葉だと、俺には分かった。

 ミレイにとって、普通の学生らしく過ごすことがどれほど貴重なのか。

 そのことを一番知っているのはいま、もしかしたら俺だけなのかもしれない。いいや、アレンやダースも分かってるとは思うのだが……。


「ぜーんぶ、ミコトくんのお陰です」


 きっと、この時を過ごせるのは俺だけだから。

 彼女の眠気を誘うような甘い声色に、同調するように頷いた。


「ミレイも普通の女の子だもんな。それを俺は、知ってるよ」

「ありがとうございます。ミコトくん……」

「いいや、こちらこそ」


 静かに時が流れていく。

 こんな時間をあと、どれくらい享受できるのだろうか。

 俺は自分の寿命のことを思い出す。体育祭のあとに確認したそれは、残り5年を示していた。だが昨日の夜に見ると、また短くなっていて――。









「あと、半年――か」









 さすがに、少しだけ肝が冷えた。

 このように幸せな時間も、あと6か月を経過すれば消滅する。

 その後はどうなるのだろうか。ミレイは、果たして無事なのだろうか。どうにもそれだけが気がかりで、不安になって泣きそうだった。


 でも、だからこそ。

 いまできる最大限を、ミレイのために使おう。

 毎夜のように悩むのだが、最終的な結論はいつも同じだった。


「なぁ、ミレイ?」

「どうかしましたか、ミコトくん」


 そう考えていると、自然と俺は――。


「……いいや、なんでもない」


 しかし俺は寸前で、言葉を呑み込んだ。

 きっと、この言葉は口にしてはならないと、そう思ったから。

 もしかしたら、半年後にはミレイを苦しめる言葉になりかねなかったから。


「むぅ……」

「ん? どうしたんだよ、ミレイ」


 と、考えたのだが。

 なにやら、俺の肩に頭を乗せた彼女は不満げにうなった。

 その理由がまったく分からずに、俺は首を傾げる。すると――。





「ミコトくん、いけずです……」





 上目遣いに、潤んだ瞳でこちらを見て。

 熱のこもった声色で、ミレイはそう言った。


「へ? ――え?」

「……ここから先を、女の子に言わせるんですか?」


 膨れっ面になって。

 そんな文句を口にするのだった。


「え、いや――ごめんなさい?」

「もういいですっ!」


 反射的に、意味も分からずに謝罪する。

 でも、少女はそれで満足できなかった様子だった。

 ミレイはまるで子供みたいにいじけて、そっぽを向いてしまう。チラチラとこっちを覗きながら、なにか言葉を待っている様は小動物のようで、可愛くもあった。


 でも、今はそれを楽しんでいる場合ではない。


「なぁ、ごめんって。ミレ――」


 早く機嫌を取らなければ、と。

 そう思って、彼女の肩に触れようとした時だった。


「――――――!?」


 息を呑んだ。

 また、ミレイの寿命は――。



「おーい、坂上。そろそろ休憩終わりにしてくれないかー?」

「なっ――――!?」



 いいや違う。

 今回は、話が違った。


「ん、どうしたんだ? 坂上」

「ミレイ、だけじゃない……!?」


 俺は田中の頭上を見て、驚愕する。

 そう。何故なら――。



「もしかして……!」



 俺は慌てて、手鏡で確認した。

 そして、




「なんだよ、これ……!?」




 思わずそう口にする。


 またもや大きくミレイの寿命は短縮されていた。

 だが今回はそれだけではない。



 教室内に駆け込む。

 それで、予感は確信に変わった。



「……嘘、だろ?」



 ミレイだけじゃない。

 俺も、田中も、クラスメイトも。

 その全員の寿命が、まったく同じ時を示していた。


 

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