10.令嬢の決意、忠告。







 ミレイの足もそれなりに治った頃。

 俺たちは、アカネの主催するパーティーに招待された。

 脇腹を撃たれた傷は生々しく痛みはするが、我慢できないほどではなくなっている。そのため俺は、着慣れない正装をして、御堂邸を訪れていた。


「あんなことがあったのに、持ち直すもの――なんだな」


 エントランスホールからダンスホールへ。

 あの事件が嘘だったように思える賑やかさに、思わずそう漏らしてしまった。


「…………頭取が死んだのに、な」


 俺の記憶は途切れ途切れになっているため、非常に曖昧だ。

 それでも、世界的に有名な財閥の頭取の死は、大きくニュースでも取り上げられていた。死因は頭部を撃たれたことによるもの。

 しかし、犯人はいまだ不明とされていた。

 第一発見者とされた御堂アカネも、調査に有益な情報を持ち合わせていない。そうしているうちに、あらゆる証拠は隠蔽され、闇に葬られていったのだ。


 俺たち『イ・リーガル』と、財閥の協力者の手によって。


「でも、そこから立て直したのは――」


 アカネの実力だろう、と。

 俺には、そんな確信に近い思いがあった。

 父の死後に彼女は、財閥内にいるハジメ派の人間を排斥。そこから全体に向けて大号令を出し、事業を見事に立て直してみせたのだ。

 いまや彼女は、社交界で知らない者はいない有名人だった。


「にしても、海晴の奴はしつこかったな……」


 そんな相手からの誘いに、我が家はざわついた。

 中でも海晴は自分も行くと言って騒ぎ、実力行使するまで納得しなかったのである。結果として俺はミレイとアレン、あの場にいた面子でここへやってきた。

 隣を歩くドレスを着たミレイが、俺の呟きを耳にしたのか小さく笑う。

 そして、こう言った。


「海晴ちゃん、私にもお願いしてきたんですよ?」

「え……? ミレイ、海晴の連絡先知ってるの?」

「はい。SNSで繋がってて、仲良いですよ」

「マジか……」


 思わぬ新事実に、俺は苦笑い。

 肩を落とし、ため息をつくのだった。


「ミコト、諦めろ。お嬢様と海晴はすでに『マブ』というやつだ」

「お前、なんでそんな変な日本語知ってるんだよ……」


 すると、所々に包帯を巻いたアレンが口を挟む。

 だが言葉のチョイスにツッコんでしまった。なんだよ『マブ』って。いや、意味は辛うじて知ってるけど、フランス人の彼が使うと違和感バリバリだった。


 さて、ダンスホールの入口付近でそんな話をしていると、だ。


「いらっしゃいですわ。3人とも」


 本日パーティー、その主催者が姿を現した。

 身に着けているのはミレイ同様にドレスなのだが、やはり上流階級の人間だ、ということなのだろう。生地や装飾の細かさ、そして微かにあしらわれた宝石の類が気品を感じさせた。元々の素材も悪くないために、アカネは周囲の視線を一身に受けている。




「本日はお招きいただき、ありがとうございます。御堂先輩」

「赤羽さんは、ついでなのですけど。諸々のお詫びもありましたから」

「お詫びだなんて。私は別になんとも思っていませんよ? ――ふふふっ」

「あらあら。そうでしたの? そう仰られるのなら、今からでもお帰りいただいて構いませんわよ? お時間取らせて申し訳ございませんですわ」

「それとこれは、話が別なのですよ――先輩?」

「あら、そうですの。ふふふっ」




 ――え……? なに、この険悪な空気。


 にこやかに言葉を交わすミレイとアカネの間には、なにやら火花が散っているように思われた。いいや、比喩ではなく明確に散っていた。

 その理由が分からずに、俺は言葉を挟むことができない。

 すると、そんなこちらに声をかけたのはアレン。


 彼はポンと優しく肩に手を置いてきて、こう口にした。



「兄弟――強く生きるんだぞ」



 ――はい? なんですか、それ。


 どこか憐れむような色さえうかがえる彼の目に、俺は首を傾げるしかなかった。

 だが、そうしていると不意にアカネがこう話しかけてくる。


「ところで、ミコト。少しお話よろしいですか?」

「え、俺だけ?」


 まさかの指名に、俺は思わず呆気に取られた。



◆◇◆



「先日は、わたくしの父がご迷惑をおかけしましたわ」


 ダンスホールを抜け出してベランダに出ると、アカネは開口一番、そう言った。

 小さく頭を下げる彼女に、俺はどこか申し訳なってしまう。


「いや、いいよ。それよりも、良かったのか?」


 だから、話題を変えた。

 それとはなにか。言葉にしなかったが、アカネは意を汲み取ったらしい。ほんの少しだけ目を伏せた後おもむろに、どこか寂しげに口を開くのだった。


「父がしたことは許されることではありません。ですから、アレンさんのことを恨んではいませんわ。その点はまず、誤解のないようお願い致します」

「……………………」


 彼女の言葉に、俺は沈黙をもって肯定する。

 だがしかし、


「そして『イ・リーガル』との関係についてですが、こちらについては今後も情報の共有を図ろうと考えています」

「アカネは、それで良いのか?」


 次に出てきたそれには、そう訊いてしまった。

 すると令嬢は、小さく微笑んでこう言う。


「良いのです。父の仕事を引き継ぐのは、娘の役目ですから。――それに、ミコトに少しでも協力したいと、恩返しがしたいと思ったのですわ」


 それは、彼女の覚悟そのものだった。

 自分は自分の責任と向き合う。それが、一族の贖罪なのだから、と。

 まだ高校3年生である少女にとって、それがいかに困難な道であるかは、少し考えただけでも分かった。だが、それがアカネの選んだ道なのなら……。


「……そう、か。何かあったら相談しろよ?」


 俺には、否定する権利はない。

 だから後押しするように、優しく声をかけた。


「ありがとうございます、ミコト」


 アカネは胸に手を当てながら、にこやかに笑う。

 その胸中にどれだけの感情を抱え込んでいるのか、誰にも覚られないように。俺は思わずそんな彼女の頭を撫でていた。

 ほんの少しの抵抗はあったが、すぐに受け入れてもらえる。

 そうして、しばしの沈黙があった。


 だがそれを破ったのは、他でもないアカネ。

 彼女は一つ息をついてから、真剣な眼差しを向けて言った。


「――ミコト。貴方に伝えておきたいことが、ありますわ」




 そして、それは今後の俺たちの道に、陰を落とすもの。

 一度、目を閉じてから。ゆっくりとそれを開き、アカネはこう口にした。




「間違いありません。ミコトのすぐ傍に『裏切り者』がいます」――と。



 

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