2.救いはしたけど。






「どういうことなんだ……?」


 放課後、俺は赤羽のことを追跡していた。

 これは決してストーキングとかではないぞ? 必要なことだ。

 帰る方向が真逆らしい彼女は、俺の知らない道を進んでいった。見失わないように、そして気付かれない距離感を保ちながら息を殺す。


 同時に考えるのだ。

 どうして赤羽の寿命が激減したのか、を。


「あれか? バタフライエフェクト……、とかいうやつ?」


 出てきたのは昔、どこかで聞きかじった単語。

 最初の朝のように目をこすったことで、小さな波が発生した。それは次第に大きなうねりとなって、他の事象となる。そんな感じの意味だった気がする。


「いや、それにしたって……」


 突然すぎるだろ?

 昨日の今日で、寿命が縮みすぎだった。

 俺はコソコソと隠れながら、周囲にも気を配る。車の動きや、不審者(俺ではない)がいないか、そして上空からなにか飛来しないか、等々。

 とにかく考えられるだけのことを考察した。

 でも、どうしてここまでするかって? ――その答えは単純明快だ。



「惚れちまった以上は、放って置けねぇよ……!」



 好きになった女の子を目の前で失うなんて、馬鹿げている。

 それも、まだ仲良くもなっていなかった。


「……さて、人気のない道に入ってきたけど」


 いよいよ彼女の自宅が近付いてきたのか、細道に入ってきた。

 左右に家々が並んでいる、少し寂れた場所だ。


「まさか、通り魔とか。そんなレベルだったら、きついぞ……?」


 俺はゆっくりと歩きながら、思わずそう呟いた。

 人が二人並んで歩くのがやっとな道。そんなところで、もしも凶器を持った人間がきたら、回避することは困難だった。


「それでも、やるしかない……か」


 俺は弱くなりかけた気持ちを奮い立たせる。

 もうすぐで、運命の時間だった。ここまでやってきて、何を尻込みしているんだ。俺はなにをやってでも赤羽を守りきる。そう決めたのだから……。


「あと、1分……」


 俺は時間を確認して、改めて周囲を見渡した。

 道の奥から人がやってくる気配はない。だとすれば、上空……?




「――――――!?」




 その時、ハッキリ見えた。

 とある民家のベランダにぐらぐらと、不安定な鉢植えがあるのを。

 そしていよいよ、時刻が16時を指し示した瞬間。何の前触れもなしに、突風が吹いた。それは鉢植えを大きく揺らして――。



「あぶねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇえっ!!」



 とっさに俺は駆け出していた。

 こちらの絶叫に、驚いて振り返った赤羽。

 そんな彼女を抱きしめると、押し倒すようにして転がった。すると、


 ――ガシャン!!


 ちょうどそのタイミングで、鉢植えが落下してきた。

 まさしく、先ほどまで赤羽が立っていたその場所に……。


「坂上、くん……?」


 困惑する彼女の頭の上の数字を確認した。

 そこには、極めて一般的といえる長さの寿命が示されている。



「良かったぁ……!」



 俺は心の底から安堵して、そんな気の抜けた声を漏らすのだった。




◆◇◆




「ありがとう。坂上くん……」

「え、いや、ど……どうってことないよ!!」


 近くの公園のベンチに腰かけて、俺と赤羽は一休みしていた。

 結果として彼女の命を救った形となったわけだが、それを誇るような気持ちは湧かない。好きな人を守ることに理由なんてないからだ。

 だから今、俺の中にあるのは達成感だけ。

 夕日に染まった空を見上げて、ふっと息をつくだけだった。


「……明日の朝、なにかお礼するね?」

「お、お構いなく! それよりも、今度は気をつけて帰ってくれ!」


 俺が言うと、赤羽はふっと微笑んだ。

 赤い日差しに照らされた少女の顔には、どこか年不相応の艶やかさ。

 そして、ふわりと舞った風になびく髪を押さえて立ち上がる。そんな赤羽の姿に見惚れていると、こんな声が聞こえてきた。


「お嬢様。その方は、ご学友ですか?」


 その声の主は、サングラスをかけた黒服の男性。

 彼は俺に対して恭しく礼をしたかと思えば、すぐに赤羽の方を向いた。

 お嬢様と呼ばれていたが、もしかして――使用人、的な人なの? わーお……。


「はい、そうです。遅くなってすみません」

「いえ、大丈夫ですよ」


 二人はそんな短い会話をすると、歩き出した。

 その途中で赤羽は一度、こちらを振り返って……。




「ばいばい」




 儚い笑顔で、そう手を振った。





 か、かわええええええええええええええええええええええええええええっ!?





 俺は完全に心臓を射抜かれた。

 遠くなっていく彼女の背中を見送りながら、悶える。


「うおおおおおおおおお…………!」


 そうして、その日は終わりを迎えるのだった。




◆◇◆




 ――そして、翌日。

 俺は今日もウキウキで登校した。

 昨日はハプニングだったけど、今日からは平凡なスクールライフだ。


「おはよう! 赤羽!!」


 そんなわけで、俺はまたも元気よく彼女に挨拶。

 すると、柔らかく微笑んで赤羽は言った。


「うん、おはよう。坂上くん」




 だが、俺は固まった。

 何故なら――。






「………………………………ゑ?」





 赤羽の寿命が、また短くなっていたのだから。



 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る