目の見えない猫と脚のない犬

三鬼陽之助

第1話

 目の見えない雌猫が脚のない雄犬と一緒にいた。

「お前、眼が見えないと不自由やろ? 大変やな」犬が言うと目の見えない猫が犬に言った。

「脚が片方無いお前が言うなよ。可哀想やなぁ」猫は笑いながらそう言った。

「え? 俺は可哀想なんか? そうなんかな。 みんなジロジロ見るけど、気にしてないよ」

「でも、また走れたらいいなぁって思う。気持ちいいねんで、走ると」犬は嬉しそうな顔をしてはぁはぁ言った。


「こういう話は、どっちかが可哀想じゃないときにしなあかんな」少し考えて猫はそう言うと、鼻をひくひくさせた。


「俺らどっちも可哀想なんかなぁ」犬がため息をついた。

「脚がなくなったときはがっかりしたけどもう、どうでもいいわ。だって、もう生えてこないからな脚」犬がそう言うと、猫が長い舌で口の周りを舐めながら言った。

「脚がひとつなくても歩けるやろ。でも、両目が見えなくなると結構不自由やで、よくぶつかるねん」

 犬が猫の額を舐めると言った。

「そうやなぁ、ご飯と思って口にしたら、うんこやったらイヤやもんなぁ」

「そんなことないわ、アホ。いくらなんでもない」猫が笑いながら宙に向かって言った。


「ぜんぜん見えへんのか、お前の目は」犬が猫の真っ青な眼をのぞき込んで言った。

「うん、もうほとんど見えへんねん。でも、私は真っ白やろ、な? みんな、いつも綺麗なぁて言うてくれるねん」

「ホンマやなぁ、お前は真っ白で綺麗やなぁ」犬が猫の薄汚れた額をなめると、猫は宙を見つめて言った。

「でも、いつかまた見えたらいいなぁって、毎日思ってる」


 しばらくして、犬が黙り込んだ。

「お前、泣いてるんか? 私は可哀想なんか?」猫は見えない眼で犬の顔を見上げた。

「いや、俺の眼をひとつお前にあげられたらいいなぁて思てん。眼は二つあるし」

「お前の目は大きすぎて私に入らへんわ。でも、ありがとう」

「そやなぁ」

 二人は寄り添うと声を出さずに静かに笑った。

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