アンチゲノム・レコード
智二香苓
第1章 二人の旅人
プロローグ
「た、助けてくれえええ! 嫌だ、こんなとこで死んでたまるか!」
「みんな早く家の中に逃げるんだ! 奴らに殺されるぞ!?」
悲鳴、怒号、喧噪、混乱——決して大きいとは言えない、周囲を森に囲まれた小さな村を埋め尽くすのは、村の様子からは到底想像しえない絶叫の嵐だった。
喚き散らしながら逃げ惑う村人たちを狩るのは、鋭利な牙と鉤爪が特徴的な小型の魔獣の群れ。血糊でべっとりと汚れた口からは猛々しい咆哮を上げ、次々と村人たちに襲いかかっていく。
その足元に転がる死体の山からは濃厚な死の臭いが漂い、腹を空かした魔獣たちの爪に肢体を引き裂かれ、肉や内臓を牙で食い千切られて悲惨な有様になっていた。
村の中心地で鎮座するのは、強烈な閃光を放つ怪しいオブジェ。周囲の景色を真っ赤に照らし、血液の色をより赤々に染め上げている。
そんな凄絶な光景の中、一人の青年——ルクスはロングソードを片手に佇む。
その視線の先に映るのは、絶望に歪めた顔で絶叫を上げる少年。
「うわあああお母さん! お母さん! うわああああ!」
「ダメ、今は早く逃げないと! お願いだから足を動かして!」
少年は狂ったように泣き叫びながら必死に母親を呼んでいた。その少年の肩を掴む年上の少女は、どうにかこの場から避難しようと少年に叫ぶ。
刹那、ルクスの視界がぐらりと揺れる。
前方の少年の姿は遠い昔、己の過去の記憶と重なり、ルクスはいつしかその少年に小さい頃の自分の面影を重ねていた。
血溜まりに倒れる女性。その肩を揺さぶる幼い自分。身動ぎの度に血塗られた全身。
「ルクス! 後ろ! 避けてえぇ!」
不意に少女に名前を呼ばれてルクスはバッと顔を上げる。振り返った先には、今まさに跳躍した数体の魔獣がこちらに突進し、凶暴な牙をギラつかせていた。
完全に呆けていたルクスは即座に迎撃態勢に入ろうと体を向ける。手に持っていたロングソードを構えると目前に迫る魔獣を睨み、真正面から対峙した。
しかし一拍遅れた分、完全に構えを取ることはできなかった。だがそんなことは魔獣には関係ない。本能に従って獲物を狩ろうと襲いかかる。
ルクスも黙ってやられるわけにはいかなかった。例えこちらが切り捨てる前に喉笛を噛み切られることを予想しても、断念せずにこの一撃にかける。
鋭い爪がルクスの顔面へと抉ろうと肉薄する。対してロングソードの刃は眼前の魔獣のがら空きになった胴へと勢いよく迫った。
その瞬間、常に視界を照らしていた閃光が激しさを増す。
目に映っていた風景はたちまち深紅の光に呑まれると、敵味方関係なくすべてを遮り、そして——
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