第49話 紫電襲来②

 宇宙に出たアンデッド小隊は<ナイチンゲール>から離れ、接近してくる敵に向かって前進すると途中で歩みを止める。

 ケインの狙撃仕様の<セルフィーカスタム>は大型兵装であるTターミナスBビームスナイパーライフルを構え狙撃モードに移行する。

 機体各部の姿勢制御バーニアが微調整として噴射し、敵に向ける銃口とコックピット内の照準が向かって来る紫色の機体を捉えようとしていた。


「……そういや、今回隊長はどうしてアーマード装備で出て来たんすか? 敵が高機動タイプならこっちも高機動仕様にするのがセオリーでしょ?」


 マリクの<セルフィーカスタム>には胸腹部、前腕部、肩部、脚部に増加装甲が施され、機動性低下を補うためバックパックにはスラスターユニットが追加されていた。


「<セルフィーカスタム>では機動性重視の装備をしてもヤツとは張り合えないからな。それなら多少機動性が落ちても防御力を上げた方がいいと思った。いざとなれば肉を切らせて骨を断つまでだ。それよりもそろそろ敵がレンジ内に入る。集中しろ、ケイン」


「頼んだわよ。あなたの狙撃で少しでもダメージを与えられれば儲けものなんだから」


「ルカ、お前はもう少し俺に期待しろよ。――さてと、それじゃあそろそろ集中するとしますかね」


 ケインは深く息を吸うと照準を見つめたままゆっくりと息を吐く。敵が射撃範囲内に入るとロックオンマーカーが赤色に変化する。

 敵をロックオンしたにも関わらずケインはまだ引き金を引こうとはしない。


「……まだだ……まだもうちょい引き寄せて…………!!」


 いつもの必中の感覚に達した瞬間にケインは引き金を引き、高出力のビームが紫色の機体に向けて発射された。

 狙撃を得意とするケインが万全な状況下でそれを実行した場合、命中率は九十パーセント以上の数値を叩き出す。

 人機一体となった神業は今まで何十機もの敵を撃ち抜いてきた。今回もそうなるはずだと思っていた時、標的はその射撃を回避した。

 

「な……外した!? ……くそっ、次弾チャージ開始。次で落としてやる!!」


 再び集中し狙撃を試みるが、再び紫色の機体は回避した。それも一度目よりも最小限の動きで。

 その余裕すら感じる回避動作に怒りを覚えたケインはTBスナイパーライフルに三発目のエネルギーをチャージし始める。

 照準内に敵を収めようとした時、銃身が何者かによって動かされ狙撃を中断させる。それをしたのは隊長であるマリクだった。


「隊長どうして止めるんすか!」


「ケイン、諦めろ。ヤツは完全にお前の狙撃を見切っている。あと何発撃とうが当たらないだろう」


「でもっ!」


「前にも言ったがああいう強敵と対峙した時は、認めて割り切れと言ったはずだ。それが出来ずに感情に飲まれて突っ込んで行けば宇宙そらに屍を晒すのは自分の方だとも言ったな。――ライトニングヴァイオレットは間違いなくエースだ。お前の狙撃が正確なのを利用して最小限の動きで回避までやってのけたんだ。死にたくなければ頭を切り替えろ。ヤツは俺たちよりも上手うわてだ。だが向こうは単機、こっちは三機……数の優位性を利用して追い詰める。行くぞっ!!」


「「了解ッ!!」」


 アンデッド小隊の三機は勢いを落とさずに向かって来るライトニングヴァイオレットに白兵戦を仕掛ける為接近していった。




 その頃、<エンフィールド>格納庫内では<Gディバイド>のリミッター解除システムの書き換えが行われていた。

 レナは自分専用のパソコンタイプの端末と<Gディバイド>のコックピットをデータ転送用ケーブルで繋げてハンガーデッキ上で作業をしている。

 目にも止まらぬ速さで端末のコンソールを操作し白い死神に掛けられているかせを外していく。


「――これでやっと半分の工程終了。ったく我ながらねちっこいプログラム組んだわね。予想以上に書き換えに手間取ってる」


 必死に作業に取り組んでいるレナを見てユウは思っていた疑問をぶつけた。


「レナ、あれだけ嫌がっていたリミッター解除の件をどうして引き受けてくれる気になったんだ?」


「何よ突然、私は今忙しいのよ。……まあ、私は天才でマルチタスクなんて訳ないから答えてあげるけど、さっきも言った様にあなたを死なせない為よ。どうせあなたは機体の状態なんてお構いなしに戦場で一番危険と判断した相手に向かって行くんでしょ? それなら負担は増えても存分に暴れられる仕様にした方が百倍マシって思ったのよ」


「……聞いていて思ったんだけど俺ってそんなに無謀な感じか?」


「無謀を通り越して愚か者レベルよ。この際だからちゃんと言っておくけどね、ユウ。あなたは常に自分の喉元に死神の鎌を突きつけて戦っている様に見えるわ。まるで自分がいつ死んでも構わないみたいに……。そんなあなたのお陰で助かった仲間は大勢いるし、彼等はあなたを凄く信用してる。だからこそ皆、あなたに生きて欲しいって思ってる」


「…………」


「あなたと一緒に戦った人たちは皆知ってるわ。あなたが不愛想で朴念仁で人付き合いに興味ないって言ってる裏では、戦場で誰よりも必死に戦ってもがいて一人でも多くの仲間を死なせないように頑張っているのをね。――だから、あなたがそう思っている様に皆もあなたには死んでほしくないって思ってるのよ。だから私は自分に出来る最善を尽くすわ。色々迷ったけど、これが私にしか出来ない事だから。…………リミッター関連のシステム変更完了。これで任意にリミッターを解除できるようになったわ。後はユウ、あなた次第よ」


 レナの言葉を聞いていたユウは『シルエット』で知り合った人々の事を思い返していた。

 記憶喪失であるユウには、ここ二年程の記憶しかない。そんな短い期間でも多くの戦友ができ、いずれもが大切な仲間だ。

 今まで仲間を生かす為ならば自分の命はどうでもいいと思っていた心に変化が訪れていた。


「ありがとう、レナ。それなら俺も何とか生き延びないといけないな。また皆と会いたいしさ。それじゃ行って来るよ」


「ええ、行ってらっしゃい」


 作業が終わりケーブルが外されコックピットのハッチが閉じられる。

 ユウは目を閉じ記憶に残っているこの二年足らずの思い出を脳裏に浮かべ深呼吸をすると目を開いた。

 彼の周囲にはコックピットモニター越しに映る<エンフィールド>のクルー達がいた。


「<エンフィールド>を、仲間をやらせはしない。俺が……俺たちが守る。そして皆で生き延びて見せる。――ユウ・アルマ、<Gディバイド>いきます!!」


 近くにいたメカニック達が全員避難すると機体を固定していたハンガーデッキの拘束部位が外された。

 そして、<Gディバイド>の深紅のデュアルアイが発光するとゆっくりと足を前へ踏み出す。

 その生まれ変わった白い死神の後ろ姿をレナは見送るのであった。

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