第47話 エンフィールドの恋愛事情

 <エンフィールド>の格納庫はいつも通りの喧騒に包まれていた。いや、現在は左舷の修理中という事もあってより騒がしい。

 ユウは<Gディバイド>のコックピットで機体調整を行っており、この密室の中で一人溜息を吐く。


「はぁー、結局リミッター解除の件は駄目だったな。正攻法で駄目なら今度は食べ物で釣ってみるか。……多分駄目だな。レナは食に関してそんなに貪欲じゃないもんな」


 ぶつぶつ言いながらコックピットから出て来ると、愛機の近くでスティックタイプの携行食をかじっている女性が二人いた。

 一人は<Gディバイド>の設計者レナ・メドス、もう一人は<エンフィールド>メカニックであるケイト・アンダルシアだ。

 ロボットしか愛せないという共通点を持つ二人は知り合ってから瞬く間に親交を深め、いつの間にか親友とも言える間柄になっていた。

 ちなみにレナは十七歳、ケイトは二十歳。年齢が近かったことも仲が良くなる要因になったと言えよう。


「……二人共そんな所で何をやっているんだ?」


「何って見て分かるでしょ? この子をおかずにして食事をしているのよ」


「いやー、ご飯が進む進む」


 二人は<Gディバイド>を眺めながら軽食を摂っていた。人型機動兵器の観賞を主菜としている様を見てユウは若干引いていた。


「……正気かお前たち」


 すると彼等は格納庫内でざわめきが起きている事に気が付く。何事かと思い声がする方を見やるとアリアとルーシーの姿があった。


「どうして艦長とルーン軍曹が格納庫にいるんだ?」


「さあ? 今は<エンフィールド>は修理中だし、暇だから遊びに来たんじゃない?」


「……つまりは艦内視察って事か。それにしてもあの二人が来ただけで随分周囲が浮足立っているな」


「あの二人は華があるからね。養成所でも美人だしスタイルも良いって事で男共に人気だったんだよ。特にアリア……艦長は毎日のように告白されていたよ」


「随分詳しいのね」


「あの二人とは養成所でつるんでいたからね。まさか三人揃って新造艦のクルーに配備されるとは思っていなかったけど」


 ケイトとレナが楽しそうに話しているのを横目で見ながら、ユウはケイトも養成所で人気があったのではないかと考えていた。

 ケイトは髪型がショートカットでクールな男勝りな性格をしているが、整った顔立ちに加えアリアに匹敵する程のプロポーションの持ち主だ。

 おまけに整備の腕は確かであり他の整備班の者たちとも人間関係は良好だ。それ故整備班内では秘かに人気を誇っているのである。


「……ところでちょっといいか、レナ」


「なぁに、ユウ?」


「丁度良いから<Gディバイド>のリミッターを任意解除タイプに変更してくれないか?」


「……どうしてこの会話の流れからリミッターの話になるのよ。最初は真面目に頼んで来たのに、どんどんやり方が雑になってきてない!?」


「だってどうせ真面目に頼んでもお前は断るだろ。だから色んなパターンを試してみようかと……」


「だからってそんな投げやりな感じの依頼を受けたりはしないわよ!」


「大声が聞こえるけど何かあったの?」


 言い合いをするユウとレナの会話に入って来たのはアリアだった。喧嘩をしていると思ったのか心配そうな顔をしている。

 アリアに少し遅れる形でルーシーも合流する。<Gディバイド>のハンガーでは格納庫にしては珍しく女性の人口密度が上がっていた。


「艦長……喧嘩じゃないです。例のリミッターの話をしていただけです」


 ユウが説明するとアリアは「ああ、そうなのね」と言って一人納得した様子だ。その二人の自然なやり取りを見ていたルーシーはニヤリと笑う。


「あ~れ~、艦長。随分とアルマ少尉と仲がよろしいようで。一体いつの間に親睦を深めたんですかぁ?」


 ルーシーの如何にもからかうような態度に辟易しながらアリアは「どうでもいいでしょ」と言って返答を濁そうとしていた。

 するとこの件に関してルーシー側に味方をする意外な伏兵が参戦する。それは二人の友人であるケイトだ。


「へぇ、養成所では男性と関わろうとしなかったアリアが珍しいね」


「ちょっとケイトまで……人をからかうのはやめてちょうだい。そもそも格納庫に来たのは整備スタッフやあなたの様子を見に来ただけであって、それ以外の理由はありません!」


「ムキになるのが怪しい。それならアルマ少尉に聞いてみようかな。艦長とはいつから仲良くなったの?」


 突然話を振られ女性四名が視線を向ける中、このような状況に慣れていないユウは動揺してしまう。

 何とか平静を保ちながら先日の展望室でのやり取りを簡単に説明すると、その色気の無い内容にルーシーは露骨に落胆していた。


「なんなのよ、その余りにもつまらない話は! 若い男女が二人きりになったんだから、なんつーかもっと恋愛とか楽しい会話をしなさいよ。アリアもそうだけど、アルマ少尉もこんな美人でエロい身体をした艦長相手に欲情したりしないの!?」


「……ほとんど話をしたことが無い相手にこんな事を言うのは失礼だと思うが敢えて言わせてもらう。ルーン軍曹、あんたバカだろう。上官相手にそんな感情を持つ訳がないし、作戦行動中に色恋沙汰に現を抜かす暇はない」


「うわ……この男、予想以上に堅物だわ。そんなお堅いあなたに最新情報を教えてあげる。この艦が出港してそんなに日は経っていないけど、既に数組のカップルが誕生しているのよ」


「嘘だろ!?」

 

「嘘でしょ!?」


 ルーシーからもたらされた機密情報を知って、ユウとアリアは同時に驚きの声を上げる。その息の合ったやり取りを傍で見ていたレナとケイトは肩を震わせて笑っていた。

 ユウ達の反応に満足したルーシーは更に追撃をする。


「これが現実よアルマ少尉。作戦行動中であっても、戦艦という名の狭い空間に押し込められた男女の間には恋愛事情が絡んで来るのよ。真面目が過ぎると、次々にカップルが成立していって取り残される事になるわよ」


「そんな事を急に言われても……そもそも俺は誰かと付き合うつもりは無いし相手もいない。それに、今は『地球軍』との戦いに集中する事が俺のやるべき事だと思ってる」


「そう言われると、守ってもらってる私たちとしては何も言えないわね」


「ルーシー、もう十分でしょう。これ以上アルマ少尉を困らせては駄目じゃない」


 アリアが釘をさすとルーシーは渋々了承した。その時、格納庫に突然警報音と共にメイのアナウンスが鳴り響く。


『総員第一種戦闘配備、この宙域に接近する高熱源体あり。エネルギー反応から戦艦クラスと推測される。オービタルトルーパー隊各機は直ちに出撃準備に移れ。繰り返す――』


「敵が来たのか!?」


 全員に緊張が走り各々戦闘に対応すべく自分の持ち場に向かうのであった。

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