第27話 パワーバランス
<エンフィールド>が出港してから数日後、その白い艦はエリア
エリア3は、『地球軍』による木星圏侵攻が開始された直後、2番目に奪われた宙域である。『シルエット』が救援に駆け付けた時には、エリア3のコロニー群のほとんどが制圧された後であった。
『シルエット』がこのような後手に回るきっかけになったのは、『地球軍』がエリア3制圧に際し真っ先に資源衛星リザードを占領した事が原因だ。
この資源衛星は元々通信衛星として利用されており、木星圏の通信事業の重要施設であった。しかし、そこに注目した『地球軍』が占拠後に、強力な妨害電波を放出する要塞へと改造したのである。
これにより、エリア3のコロニー群から出された救難信号が打ち消され、即座に対応できなかったのだ。
すぐに『シルエット』はこの要塞の奪取ないしは破壊のために戦力を送ったが、この衛星から発せられる妨害電波により戦艦やオービタルトルーパーのシステムが麻痺し、戦闘どころではない状態に陥る。
その後何度も対策を練って挑むも、その妨害電波はあまりにも強力であり結局手が出せないのであった。
ただ、その妨害電波は
そのため、シルエットは資源衛星リザードには手が出せないまま放置するしかなく、その後は各エリアの緊急事態に即座に気付けるように、只でさえ少ない戦力を偵察のため拡散させるという対応を実施する。
だが、少数戦力で圧倒的物量を誇る『地球軍』の部隊に勝てるわけもなく、『シルエット』側は、まともな戦闘もできずに各宙域において撤退を余儀なくされた。
その結果、1番最初に無抵抗で降伏したエリア
立て続けにエリア
それにより、エリア4にてモルジブ戦役が勃発するのだが、それは『シルエット』側の必死の奮闘により奪取を免れ、以降両軍の間は膠着状態となっている。
<エンフィールド>は、資源衛星リザード破壊の任務のため、アノーア・アンスリウム准将
アンスリウム准将は<エンフィールド>級機動戦艦の開発を推し進めた人物であり、<Gディバイド>の開発にも携わっている。
現在、『地球軍』との戦闘の
味方との合流を直前に控え、アリア・ルミナス艦長は休憩の締めくくりとしてシャワーミストを浴びていた。
100年ほど前に木星圏の開発が開始された当初は限られた資源を節約して使用しており、その筆頭として酸素、水、食料といったものが挙げられる。
シャワーやお風呂は水を大量に使用するため、大変贅沢なものとされており、たまにしかその恩恵を受ける事が出来なかった。
そこでシャワーミストが導入される。やや狭い浴室の壁にミストの噴霧穴が多数設置され、そこから霧状のお湯が一斉に出されるというものだ。通常のシャワーと比較してかなりの節水が可能となっている。
使用者が最も快適にくつろげるように幾度となく改良されており、木星圏では現在もこのシャワーミストが入浴の主流である。
「――—―ふぅ」
アリアはミストを全身に浴びて、泡立てたボディシャンプーを洗い流していく。白磁の肌の表面を水滴が滑り落ちてゆく。
霧の中に佇むアリアの身体は訓練で適度に鍛えられており、腰回りは絞られてはいるものの全体的に女性特有の柔らかなラインを保ち扇情的な雰囲気を醸し出している。
その細身の体に不釣り合いな豊かな胸から
彼女は手に残った泡をミストで洗い流しながら、右手をジッと見つめていた。数日前にユウ・アルマ少尉と握手を交わした手だ。
(彼の手……すごくゴツゴツしていた。……操縦桿を思い切り握る際の刺激で皮膚が分厚くなる、パイロット特有の手……)
パイロットの手の固くなった皮膚は何度か見た事があるが、特に彼のものはその傾向が強い。それは、それだけ多くの戦闘をこなし、それだけ必死に操縦桿を握ってきた事に相違ない。
(たくさん戦ってきたのね。……まだ19歳なのに、あんな手になるまで必死に……)
そこで首を振り、それ以上考えるのを止める。これから一緒に戦う状況で、彼のこれまでの苦労を考えても仕方がないからだ。
自分にできる事は、今後の彼の負担を出来るだけ軽くするように努力する事だ。浴室内のモードをミストから温風に切り替える。
すると、噴霧穴から今度は暖かい風が吹き身体の表面に残った水滴を飛ばしていく。風が強すぎると肌がすぐに乾燥してしまうため、適度な出力で風が出るように開発者たちは当時こだわったらしい。
浴室を後にしたアリアはバスタオルを巻き、自室のソファーで水分補給をしながら現在の時間を確認する。
(休憩が終わるまであと1時間か……ちょっと早いけど、そろそろ着替えてブリッジに上がろうかしら?)
そう思った矢先、時計型の端末から呼び出し音が鳴り、確認するとブリッジのオペレーターからのものであった。
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