第16話 初陣③

 だが撃墜直前に<カトラス>は、目の前の戦艦に向けてありったけのミサイルを全発射していた。

 そのミサイルの群れは放物線を描きながら、既に消え去った主の恨みを晴らさんとばかりに<エンフィールド>に向かって行く。

 主砲の発射直後で対応が遅れ、遠距離ミサイルでの迎撃が間に合わず、近距離迎撃用であるファランクスの火線を集中させ撃墜する。

 艦の付近で大爆発を起こすミサイルの束による爆風は、凄まじい衝撃を与え艦内は大地震が発生したように揺れるのであった。


「うわああああああああああ!!」


「きゃああああああああああ!!」


 <エンフィールド>の中では至る所から、恐怖と驚きの入り混じった叫び声が響き渡る。

 ブリッジでも混乱しているのは同様で、オペレーターのメイ・シャンディ伍長の目は涙で一杯になり、泣き叫びたいのを必死で我慢していた。

 <エンフィールド>の操艦を担当するルドルフ・カート軍曹の表情は相変わらず変化してはいないが、舵を握る両手は震えている。

 アリアは急いで艦の被害状況を確認する。直撃ではないにしても、爆発による余波で装甲にダメージが入っているかもしれないからだ。


「シャンディ伍長、艦の被害状況を教えて!」


「はっはい! ダメージは……ありません、大丈夫ですぅ!」


 メイは半泣きになりながらアリアに必死に報告する。


「武装も被害なし! ターミナスレイヤーは出力60%に低下、3層展開中!」


 ルーシーも艦の武装面の被害状況を報告する。平静を保ってはいるが、さすがの彼女も表情に余裕はない。

 ミサイルランチャーの爆発の余波と現在も続く敵機の集中攻撃で、防御層がみるみる崩壊の一途を辿っているのだ。

 未だ6機もいる<カトラス>の群れが、四方八方から<エンフィールド>を攻めたてる。

 ファランクスや迎撃用ミサイルによる弾幕で敵の最接近は免れてはいるものの、このままではジリ貧だ。


「ターミナスレイヤーなおも出力低下、防御層2に減少!」




 <エンフィールド>へのリンチの様子を、ブリッジから歪んだ笑顔で眺めるサリッサ級<パイク>のポール・アグリ艦長は、まるで映画を見るかのようにリラックスかつ楽しんでいた。

 戦争による恐怖をあまり経験せず、今回敵を圧倒的な戦力で叩くという状況に対して快楽に近い気分を味わっていたのである。

 自分の希望通りに『シルエット』の新造艦は次第に弱っていく。後は頃合いを見計らって、降伏と言う名の逃げ道を用意してやればいい。

 それに応じない場合はブリッジ部分を破壊してしまえば後はどうとでもなる。

 彼がそう思っていると、‟ベルファスト〟内に侵入していた部隊がコロニー外に出てくる様子がモニターに映し出される。

 今や彼にとって、新造艦のいないコロニー内の工場など出がらしの様な存在に過ぎず、さして興味はなかった。

 報告では、『シルエット』の数体の機体が追撃をしているようだが抵抗力は低く、脅威にはならない。現状の戦力でコロニー内に留めておけば問題ない。

 これでコロニー内の敵部隊が、あの艦の護衛に回ることもない。


「チェックメイト……だな」


 アグリ艦長は、チェスをしているかのようにモニターに映る<エンフィールド>に手をかざし、自身の駒を置くような仕草をしていた。




 コロニー〝ベルファスト〟内ファクトリー付近では、『地球軍』のオービタルトルーパー<カトラス>部隊襲撃による爪痕が残っていた。

 周辺の建物はビーム兵装により焼け落ち、現在鎮火が行われている。

 性能で敵機に勝るはずの<セルフィー>も、パイロットの練度の低さに加え、コロニー内での戦闘という事もあり実力を出し切れず数体が大破していた。

 敵の狙いがファクトリーである事は明白であったため、それに応じた避難誘導が迅速に行われ、住民に大きな被害は出なかった。

 またコロニーの外壁にも損傷はなく、コロニーとしての被害は軽微に済んだのが不幸中の幸いであった。


『何とか<エンフィールド>の援護に行けないか?』


 ファクトリーのファーセット工場長が<セルフィー>部隊のパイロットに尋ねるが、それは無理な相談だ。


「無茶言わんでください! 敵が待ち伏せしているんですよ。これではコロニーの外には出られません!」


 敵は確かにファクトリーから手を引いた。しかし、コロニーのすぐ外で待ち伏せをして、こちらが外に出られないようにしているのだ。

 そんな所にのこのこ出て行ったら、一瞬でハチの巣にされてしまう。<エンフィールド>が使用したルート6もコロニーの警戒態勢が最大になったため隔壁が強制ロックされており使用できない。

 <エンフィールド>の機転により助けられた形ではあったが、現状ではどうしようもなく、ファクトリー内は自分達の無力さを痛感していた。


(頼む! 誰でもいい、彼らを助けてくれ!)


 ファーセット工場長は今まで神という存在をあまり信じた事がなかったが、今初めて神に祈りを捧げるのであった。



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