⑤自立

寒さで目が覚める。辺りはまだ暗い。


朝露にぬれたスマホで時刻を確認すると、4時30分だった。


意外に眠れたな と上体を起こし、伸びをする。


自然の中で寝たからか、頭が冴えている。

身体はバキバキだ。


・・・今日の計画を立てる。


今日は、仕事だ。

これから部屋を換気し、”くん煙剤”で殺したアイツらを掃除してゴミを捨てる。

それからシャワーを浴びて、着替えて出社する。

まだ早いけど、先輩が来るまでボーッとする。


よし、コレで行こう。


201号室と書かれた部屋に入りなり、窓を開ける。


換気している間に、箒で部屋を掃く。

ベタつくところを除菌シートで入念に拭く。

「色々しまってからにすればよかった」


隣人に悪いと思いながらも、なるべく静かにシャワーを浴びて、髪を乾かす。


すぐに着替える。

スーツも鞄も靴も上京する前に祖母が買ってくれた大事なものだ。

今度の週末は実家に帰ろう、お土産話を聞かせてやるのだ。(主にアイツらの)


出社して自席でのんびりしていると先輩方が出社してきた。


今日は午前中に、ミーティングがある。

初めて質問をしてみた。心臓がバクバクしたが、すんなり答えてもらえた。

新人は喋ってはいけないと思っていたが、僕の取り越し苦労だったようだ。

いい顔はされなかったけど。


今日はもう一つ、取り越し苦労かもしれないことを片付けたい。


あの上司だ。

このままではいけない、この一ヶ月ずっとそう思っていた。


やるなら闘いを終えて公園で朝を迎えた、悟りモードの今しかない。


お昼の時間を待ち、思い切って声をかける。

「◯◯さん、そ、相談したいこともあるのでもしよろしければお昼ご、ご一緒しませんか。」

「え・・・あ、いいよ。」


二人ともあまり食べないので、すぐそばにある喫茶店に入った。


テーブル席につくと、上司はすぐサンドイッチとコーヒーを注文した。

「ぼくも同じで。」店員さんに伝えてジャケットを脱ぐ。


上司は黙ったままメニューを見ている。

初めて上司を正面からマジマジと見たが、遠藤憲一を少し太らせたような感じでヤクザみたいだ。加えて無口なため、パッと見ではカタギか分からない。

僕は昨日パニくっていたとはいえ、こんな人に文句を言っていたのか。

萎縮しそうになる・・・が、黒いアイツらよりマシだと思った。


「あの、相談なんですけど」

「・・・なに。」


僕は白状した。

ミーティングには参加しているがよく分かっていないこと、本当は暇なこと。

その辺のマニュアルや資料は読み切ってしまったこと。いつクビになるか不安なこと。


「そうか・・・。」

怒られるかと思ったが、そうではなかった。


「実は俺も3ヶ月前に異動してきたばかりなんだ。前いた人が懲戒だかなんだかで。

 だから本当によく分からん。何にも教えてあげれなくて、申し訳ない。

 周りもあまり話しかけてくれなくてね。」


そうだったのか・・・。

いつも怖い顔でキッパリと「分からない」と宣言するギャップに笑いそうになっていた僕には、上司が何考えているか全く分かっていなかった。


「多分、◯◯さんが怖いんだと思いますよ。」

「え・・・昔はよく言われたけど。・・・なるほど。」

思うところがあるらしい。


「完全に転校生気分でいたわ。話しかけてもらえるの待ってたわ。」とコーヒーを啜りながら、真面目な顔で僕を睨みつけてくる。


セリフの可愛さと顔の怖さのギャップに耐えきれず、ぷっと吹き出してしまう。

「おまえは怖くないのか?」吹き出した僕を見てニヤリと笑う。


いや、先週までめちゃくちゃ怖かったんですけど と昨日のアイツらよりマシだと一部始終を話した。


ヤクザは「そりゃ大変だったな」とワニ顔で意地悪そうに笑ってくれた。


二人で喫茶店を出て仕事に戻る。

帰り道は行きよりも会話が弾んだ。


少し立って自席で頼まれた書類のコピーを取っていると、上司がみんなを会議室に集めた。

会議室に移動すると、上司がみんなを睨みつけながら話し始める。

「私がまだこちらの業務を分かっていないので、新人くんをろくに指導出来ていません。みなさんに手伝っていただきたいです。あと私にも管理全体の流れを教えて下さい。前任者は、引き継ぎの前にクビになったので。」


先輩たちは呆気にとられながら

「え、◯◯さんクビだったんですか?」と聞く。


上司はニヤリと笑いながら

「言っちゃダメなやつだった、忘れてくれ」と続けた。


先輩たちも上司のキャラが分かったようで笑っていた。


その日からみんなが僕の指導係になった。

自分がしている仕事が一段落したときに声をかけてくれて次の段階をやりながら教えてくれるので忙しかったが色んなことが一気に学べて嬉しかった。


その日は先輩たちと一仕事終えて、定時に帰ることになった。

上司に報告すると「お疲れ様。家が楽しみだね。」とニヤリと笑う。

僕は「もう、片付けましたから」と笑って家路についた。




201号室のドアを、少し緊張しながら開ける。

玄関からキッチンを通って部屋が広がっている。


昨日の慌ただしさが嘘のようだ。



ふと、キッチンの流し台にかけてあるタオルを見やる。

・・・タオルに黒い点々?







少し湿ったタオルに、卵のような粒がビッシリと付いている。







「・・・まいった。」


彼らのたくましさに感銘をうけて、僕も”自立”したいと強く思った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

上京した僕と黒いアイツ 社畜だけどポジティブなSE @3316eita

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ