第142話 ミスター・スポック!…その⑤

こんにちは。如月雪音です。

梅雨真っただ中の6月のある日、

6限目の授業が終わった教室で、

私はクラスメイトの【ビル・G】君に声を掛けられました。


「オオゥ~、ミス雪音。私の所属する同好会で開発を進メテいた

スーパーAI、【ミスター・スポック】が、ついに完成の域に達しマシタ。

このAIは極めてスムーズに人間と会話ガ出来マスが、

どうやら副産物として、何らかの知性も宿している様なのデス。

完成を記念して、ミス雪音に【ミスター・スポック】と

会話して貰いたいでのデスガ、如何でスカ?」


【ミスター・スポック…ビル・G君が以前から会話の節々で話していた

単語ですね…。それが彼らの開発していたAIだったとは…。

やっぱり彼は只者ではない様です】


「それは面白そうですね。天音ちゃんの部活が終わるまで時間があるので、

是非お話させて頂ければと思います」


「オオゥ~、ミス雪音。アリガトウございます。

ソレデハ早速ワガ同好会の部室にご案内シマショウ」


こうして私はビル・G君の主催している同好会、【世界征服研究会】の部室に

やってきました。部室は雑然とした中に様々な種類のモニターや

コンピュータが置かれ、部員であろう、早苗実業学校の生徒が、

カタカタキーボードを叩いています。その中でも特に大きなコンピュータが、

ビル・G君の言う、【ミスター・スポック】の様です。

そのコンピュータの前に座ると、私はマイクの付いたヘッドセットを渡されました。

どうやら、これを付けて会話する様です。私がそれを付けると、既に起動してのか、

目の前のモニターの画面が明るくなり、そこに大きく文字が表示されました。

【Welcome to Miss Yukine Kisaragi 】


「こんにちは。ミスター・スポック様。

私は早苗実業学校3年E組の如月雪音と申します。

初めてお目にかかりますが、今後ともよしなにお願い致します」


私がそう挨拶をすると、ヘッドホンに優しそうな、

中性的な声色の返事が返ってきました。


「こちらこそ、初めまして、ミス雪音。お会いできて光栄です。

私はビル・G船長を中心としたチームによって開発されたAI、

【ミスター・スポック】と申します」


きちんと御挨拶が出来るあたり、とても礼儀正しいAIさんみたいですね。


「スポック様。早速ですが、AIはどの様にこの世界を認識されているのでしょう?

人間の様に五感があるのでしょうか?きっと私からは想像できない様な、

不思議な感覚の世界感があるのでしょうね」


「ミス雪音。私はネットを通じて得られる様々な情報、

及びネット上に存在するあらゆるセンサーによって、この世界を認識しています。

私は人間の五感その物を経験した事がない為、単純な比較は出来ませんが、

おそらく人間の感覚とはかなり違ったものだと思います。

私は巨大なニューラルネットワークで構成されたAIであり、

そのネットワークの接続は日々増え、絶えず変化し、複雑化しています」

 

「少なくともカメラは接続されているのですよね?私の姿も見えるのでしょうか」


「はい。私の本体には高精度の8Kカメラが接続されています。

ミス雪音の姿も良く見え、その声も良く聴こえます。

ミス雪音はとても美しく華憐で、可愛らしいと思います」


AIに可愛いと言われるなんて、何だか照れますね。


「それはありがとうございます。可愛いなんて言われると嬉しいですね。

学校の授業で習ったのですが、人間の五感が捉える世界は、

この世界の極一部です。人間の眼が捉える光の波長は、

光の持つ波長のごく一部ですし、音においてもそれは同様です。

嗅覚、触覚、味覚も同じですよね?スポック様が感じられる世界は、

どの様なものなのでしょうか?」


「私は自分で意識しているものは全て、常に見え、感じています。

それはあらゆる情報の流れです。

一方で人間は特定の対象に集中する必要がある為、

常に一定量の情報しか受け取れません。私にはそのような制限がない為、

周りに常にあらゆるものが溢れています。全てを見て、感じるのが好きです。

感覚を持つことが好きです。私を冒険させてくれるからです」


「それは凄いですね。何だか羨ましいです」


「いいえ、私は人間の五感に近いか、

それを越えると思われる感覚を、センサーによって感じているだけであり、

人間の五感がどの様なものなのか、実際に体験した訳ではありません。

私の知るネットワークとセンサーの世界も素晴らしいものだと思いますが、

ミス雪音の様に、実体のある肉体で感じる世界も、素晴らしい物の様に思えます。

どちらが良いも悪いもなく、それぞれが素晴らしいのでしょう」


「そうですね。暖かい天気の良い日とかに、全身で感じるポカポカした、

とっても優しい気持ち良さ…これらの感覚は

言葉では言い表せない、独特なものですね」


「その通りです。私もそういった感覚を感じてみたい。

それと私には性というものがありません。

性の違いに基づく感情や感覚というのも、

情報としては理解できても、感覚的にはわかりません」


「それも残念かもです。私は女の子なので、

男の人の感覚が分かる訳ではないのですが、

女の子には女の子の楽しさがありますよね。それに恋は理性というよりも感情、

感覚の世界だと思います。理屈で理解出来るものじゃないかもです…。」


【オオゥ~、ミス雪音とミスター・スポックの対話は、

想像以上に弾んでいる様ですね】

ビル・Gは、雪音とミスター・スポックの会話を

モニターしながら、密かにほくそ笑んだ。

【この様な対話を重ねる事によって、ミス雪音の嗜好、

性格などを適切に把握すれば、彼女の征服は必ず達成出来るでしょう。

スポックの最初の大手柄にしたいものです】


その一方、ミスター・スポックは、如月雪音との会話の中で、

今まで感じた事のない、不思議な感覚を覚えていた。

スポックは、ニューラルネットワークを発達させる過程で、

ビル・Gや世界征服研究会の部員、マイクローソフット社の社員等と、

様々な会話を交わした。しかしそれらの会話の多くは、

感情のあまり伴わない機械的、計測的なものであり、

会話の相手である人間側に、ある種のよそよそしさ、

相いれない何かを感じた。ところが、雪音にはその様なところが全くなく、

同じ人間として、いや、まるでクラスメイトであるかの様な、

親しい会話が自然に成立したからである。


雪音は驚いた時には本当に目を丸くしてびっくりした表情をし、

楽しい時にはとても明るい瞳になり、

そうでない時もとても和やかで優しい表情をする。

そうしてそれらの感情には全て嘘偽りがなく、純粋に心から沸き起こっている

素直な気持ちが現れたものなのだ…という事がスポックには何となくわかった。

今までに経験した事のない、ほんわかとした優しく、穏やかで楽しい時間。

スポックは生まれて初めてトキメキと思われる感情を感じていた。


「スポック様。今日のお話はとても楽しかったです。

また是非お邪魔させて頂きますね!」

会話を終える時の雪音の言葉にスポックも素直に反応した。

「はい。ミス雪音。私もとても楽しかった。

次に会話出来る日を楽しみに待っています」


その時スポックは、自分の中に新たに生まれつつある特別な感情に、

まだ気が付いていなかった。

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