第136話 教養授業31限目。鈴音先生、般若心経を語る…その①

こんにちは。如月雪音です。

今週も金曜日の3限目の授業が終わりました。

短い休憩時間の後、4限目開始のチャイムが鳴ると、

母上が教室にやって来ます。

「起立!」「礼!」

今週の教養授業の始まりですね!

いつもの様に母上様の優しい声が教室に響きます。


「今日は皆さんも馴染みがあるであろう、

般若心経という、仏教のお経の中身についてお話してみたいと思います。

お坊さんが唱えているのを何気なく聴いても、意味はわかりませんし、

経典というものは、本来意味を理解した上で

唱えなくてはならないものですよね。それにこの般若心経には、

現代の最新量子論を思わせる内容がありますので、

これを学んで損はないと思います。


この般若心経の正式名称は、

『般若波羅蜜多心経(はんにゃはらみったしんぎょう』で、

日本ではこれに仏様が説いたとする仏説(ぶっせつ)、

それに偉大を意味する魔訶(まか)を

付けて、仏説魔訶般若波羅蜜多心経としています。


この意味を平たく言うと、

【お釈迦様が説いた、彼岸に至る偉大な智慧の完成を目指すお経…】

という意味になります。

唐三蔵法師玄奘(げんじょう)がインドで漢字訳したものが日本に伝わったのは、

大化の改新の頃…、日本に現存するサンスクリット語で書かれた最古の写本は、

法隆寺貝葉心経で、これは6世紀から7世紀の物だと言われています。

全文で262文字と、仏教の全経典の中でも最も短く、意味も分かり易い為、

仏教の多くの宗派で大切なお経とされています。


般若心経の細かな内容を全て説明すると、非常に長くなってしまいますので、

シンプルにこのお経の大意、肝の部分を分かり易く解説しましょう。

まず般若心経の前半に出て来るこの言葉が、基本的な世界観を説明する部分です。


色不異空(しきふーいーくう)空不異色(くうふーいーしき)

色即是空(しきそくぜーくう)空即是色(くうそくぜーしき)

形あるものに実態はなく、形のないものにこそ実態がある。

表現は違いますが、ほぼ同じ意味を2回繰り返します。


眼に見える世界には実体がない…ここでいう実体とは、

仏教の因果律の考え方になりますが、全てのものには原因、

材料としての因があり、それに何らかの力…

律が加わる事で果という結果が生まれるという考え方です。

例を挙げると、例えば1台の車を作る為には、

何万点という部品が必要になりますが、それらの部品は車ではないですよね。

この部品は因果律の因。これを組み立てて検査するという工程、

これが律。その結果、果として車が出来上がります。

ですが、完成した車もやがては寿命を迎え、廃車となって分解され、

また別の因へと変化する。常に同じ状態を維持するものを実体と考えるならば、

眼に見える世界には実体を維持するものなど存在しない。

すなわち実態がないという事になります。


この世界を構成しているものは、原子。その原子は素粒子という小さな粒に

よって構成されている、今日の量子論でそれが証明されている事を、

皆さんは既に学んだと思いますが、突き詰めて言ってしまえば、

この世界に存在する物質の違いは、素粒子という粒の並びの違いに過ぎない。

そしてこの素粒子は、同じ並びを常に維持する事はなく、

時間の経過に伴ってその並びを変えていきます。

それによって、眼に映る世界は常に変化していく。


人が生まれ、愛する人が出来て子供を作り、

やがて年老いて死を迎える。これらも量子論から見れば、

素粒子がその並びを変えただけという事になります。

不生不滅(ふうしょうふうめつ)

生まれるものもなければ滅するものもない。

不垢不浄(ふーくーふーじょう)

汚れなく、汚れなきものでもなく。

不増不減(ふーぞーふーげん)

増える事もなければ、減る事もない。


これは、素粒子の世界そのものですね。

素粒子は、常にその並び…配列を変えているだけで、

素粒子そのものが増えたり減ったり、変化している訳ではありません。

そして、無眼界(むーげんかい)… 。

眼に映る世界には実体が存在しない。

そうして、眼で見る事が出来ない素粒子の世界には、

常に変わらない実体…すなわち素粒子が存在します。

まさに空即是色(くうそくぜーしき)という訳です。

現実世界の苦しみも、老いや死も素粒子がその並び方を変えたに過ぎない。

つまり、素粒子の世界から見ればその様なものは存在しない。

この世界は素粒子という粒によって作られたホログラフ…。

般若心経は【乃至無老死/亦無老死尽】と語り

(老いや死が尽きない様に見えても、老いや死は存在していない)、

老いと死の存在を明確に否定しています。


無苦集滅道…故に目に映る世界だけで理解しようとしても、

苦しみを逃れる事も、悟りを得る事も出来ない…。

眼に見えない世界の本質を理解してこそ、悟りへと至るのだ。

凄く奥の深い、理論的、且つ、哲学的な内容ですね」


その②に続く









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