第131話 2年G組、最後のHR。

3月の学年末最終日は、去年同様、春を感じさせる穏やかな小春日和。

今日がこのクラス最後のHRになる。俺(大橋)は、何となく

寂しい気持ちになっていた。色々あったが、

1年の時以上に盛り上がりのある、楽しいクラスだったからな…。

チャイムと同時に教室に入って来た鈴音先生は、

教壇に立つと暫く間を置いて、クラス全員を優しく見つめ…

そしてゆっくりと話し始めた。


「今年もいよいよ学年末になりました。

私が2年G組の担任として教壇に立つのは今日が最後になります。

次年度は最終学年、進学に向けての重要な年となりますが、

私の教養授業は選択科目として残りますので、

興味のある生徒は引続き履修を検討してみて下さい。

それでは2年G組最後のHRを行います。

クラス委員長の土方歳三君、号令をかけて下さい」


【起立!】土方歳三の号令で全員が一斉に立ち上がった。

【礼!】全員が一糸乱れず、深々と礼をする。

【着席!】みんな静かに席に着いた。


「振り返れば去年の4月に皆さんの担任になってから、

瞬く間に1年近くが過ぎました。

歴史の授業や、教養の授業、クラブに文化祭、修学旅行など、

様々な事で皆さんと関わって来ましたが、

皆さん本当に若々しい元気良さと個性に溢れていましたし、

何よりクラス全体がとても仲の良かった事が凄く印象に残っています。

今日と言う日を迎え、私は最後に、皆さんにあるクイズをしてみたいと思います。


鈴音先生はそう言うと、教壇の下から壺と大きな石を取り出し、

教壇に置いた。それからその壺の中に、大きな石を詰めた。

壺に入るかどうかという、ぎりぎりの大きな石を、

苦労しながら入れ終わると、先生は言った。


「この壺は満杯でしょうか?」 

教室中のみんなが口々に、「はい」と答えた。

「本当に?」そう言いながら鈴音先生は、

次に教壇の下からバケツに入った砂利をとり出した。

そして砂利を壺の中に流し込み、壺を振りながら、

大きな石の間を砂利で埋めていく。そしてみんなにもう一度聞いた。

「この壺は満杯でしょうか?」教室のみんなは、今度は押し黙ってしまった。

その時織田信長が呟いた。「多分違う、で、あるな」と。


鈴音先生は、「その通りです」と言って微笑むと、

今度は教壇の下から砂の入ったバケツを取り出した。

それを壺の石と砂利の隙間に流し込んだ後、三度目の質問を投げかけた。

「これでこの壺はいっぱいになったでしょうか?」

教室のみんなは口々に、「違う」とか、「いいえ」と答えた。

すると先生は、今度は水差しを取り出し、壺の縁までなみなみと水を注いだ。

そして教室のみんなに最後の質問を投げかける。

「私が何を言いたいのかわかるでしょうか?」


すると島津義弘が手を挙げた。

「どげんスケジュールが厳しか時でも、目一杯努力しもせば、

予定ば詰め込む事が出来もすという事でごわす」。

それを聞いた鈴音先生は、とても真剣な表情になると、

「それは違います」、と答えた。


「重要なポイントはそこではないのです。

今の例が私達に示してくれる真実は、大きな石を先に入れないかぎり、

それが入る余地は、その後二度とないという事なのです。

皆さんの人生にとって【大きな石】とは何でしょう?」と、先生は話し始める。


「それは、大きな志であったり、友達や愛する人であったり、

仕事であったり、自分の夢であったり…。

ここで言う【大きな石】とは、皆さんにとって一番大事なものです。

それを最初に壺の中に入れなさい。

2年次の学年終了にあたり、私が皆さんに述べておきたいのは、

このひと言に尽きます。さもないと、皆さんはそれを永遠に失う事になります。

もし皆さんが小さな砂利や砂、そして水、

つまり自分にとって重要性の低いものから自分の壺を満たしていけば、

皆さんの人生は重要でない「何か」、に満たされたものになるでしょう。

そして大きな石、つまり自分にとって一番大事なものに割く時間を失い、

その結果それ自体を失うでしょう。


まだ、自分にとって一番大事なものが見つかっていないと考える人も

いると思いますが、貴重な時間は有限です。残された高校生活はあと1年、

この事を忘れずに、自分にとって一番重要な、

「何か」を見つける事に邁進して下さい。

この学校での学びは、その大事なものを探す重要なツールとなります。

学びとは学問だけではありません。友達との関係を深め、友情をはぐくむ事も

立派な学びです。将来に想いをはせ、色々な計画を立てるのも立派な学びです。

この事を決して忘れない様にして下さい」


鈴音先生はそう言うと、暫くの間、教室のみんなを見つめた。

そして両目を少しの間閉じると再び開き、明るく優しい声で言った。


「2年G組 大江戸交換日記は、私の大事な宝物として大切に預からせて頂きます。

閲覧したい時はいつでも言って下さいね!」


ここで授業終了を告げるチャイムが鳴った。


「それでは、最後は元気に挨拶をしましょう。

クラス副委員長、日本卑弥呼さん、お願いします」


【起立!】日本卑弥呼の号令で全員が一斉に立ち上がった。

【礼!】 声と共に全員が一糸乱れず、深々と礼をする。


礼が終わると日本卑弥呼が大声で言った。

「鈴音先生、ありがとうございました!」

【鈴音先生、ありがとうございました!】


去年と同じく、卑弥呼の声を聞いた俺達は、同じ言葉を唱和した。

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