第111話 2年G組討論会!

こんにちは。如月雪音です。

文化祭も無事終わり、秋は益々深まっています。

さて、今週も水曜日の3限目の授業が終わりました。

短い休憩時間の後、4限目開始のチャイムが鳴ると、

母上が教室にやって来ます。

「起立!」「礼!」

今週の教養授業の始まりですね!

いつもの様に母上様の優しい声が教室に響きます。


「今日は皆さんと、今の世界の問題の解決を議論してみたいと思います。

時には私の一方的な話ばかりではなく、議論するのも良いでしょう。


2021年の秋の段階で、アメリカでは、所得分布で上位1%にあたる人々が、

アメリカ全体の60%を占める中間層を上回る富を保有していることが、

連邦準備制度理事会(FRB)の最新データで明らかになっています。

2020年の1年間で、資産分布で上位1%にあたるアメリカ人の資産は、

約4兆ドル(約456兆円)増加し、この増加分だけでも、資産分布で

下位50%に属するアメリカ人が保有する資産の総額を上回る数字になったとか…。


この極端なまでの富の偏在…まるで革命前のフランスの様ですが、

無論、当時に比べて技術革新が大きく進んでいますから、

現在の平均的なアメリカ人の生活が、

当時のフランスの人々の様に貧しい訳ではありません。

ですが、資産という観点から見れば、同じ様な状況にあると言えます。


ここでレーニンが20世紀初頭に著作や演説で述べていた事を、

ざっくりと思い出してみましょう。

資本主義が成立した初期では、例えば私達の様な一般庶民は、

それぞれの企業が提示する労働条件を確認し、

より条件の良い企業を自由に選ぶ事が出来ます。

しかし、時間が経過するに従って、企業間の競争で弱い企業が淘汰され、

様々な市場が少数の強い企業によって独占される様になります。

こうなると、少数の独占企業は労働者を自由に選べる様になります。

なぜなら、好待遇を提示出来るのは、独占企業だけだからです。

それによって、私達は、独占企業に隷属化する様になります。

隷属…レーニンの言い方だと、労働者の奴隷化です。

レーニンの言う、独占資本主義の誕生ですね。


こうして労働者から搾取された利益は独占企業に蓄積され、

余剰となった利益を運用する為に、銀行という存在が生まれます。

やがて信用創造という、以前の授業で説明した、

詐欺まがいのシステムが生まれ、債権や株式市場が誕生し、

それによって僅かな資本が巨大な資本に化け、益々独占企業は巨大化します。


この段階が金融資本主義の段階です。

金融という力を得たこれらの巨大独占企業は、

やがて自国の市場を制覇すると、更なる利益拡大を求め、

他国の市場へと進出します。巨大で圧倒的な資本を輸出し、

他国の市場や労働者も独占しようとする訳です。

ここで他国の独占企業との間で争いが生じ、

しいてはそれが国家間の争いに発展し、戦争が勃発する。

この戦争に勝利した側が世界の市場を独占する。

これがいわゆる帝国主義である…

と、レーニンの言った事を簡単に纏めると、こうなるのですね。


巨大独占企業は、発展途上国に進出すると、巨大な資本を投下し、

その投下資本を越える利益を上げる為に、その国の人々を安くこき使い、

それによって投下した資本を回収し、益々巨大化する。

その内それらの企業は国家権力と一体化し、更なる利益を求めにいく…。


GAFA…グーグル、アップル、フェイスブック、アマゾン、

OSの世界におけるマイクロソフト、半導体のインテル、AMD…。

そうして現在のアメリカの富の偏在や、アメリカ政府のやり方を見る時、

20世紀初頭におけるレーニンの慧眼に、私は驚かざるを得ません。

なぜなら現在の世界は、まさにその様な様相を呈しているからです。


一方に、天文学的に巨額な富が存在する、しかし、他方には、

その日の食事にありつくのも難しい、膨大な人々が存在する。

この様な世の有り方が正しいのか、私達は考えなくてはいけないと思います。

これが今日の討論のテーマです。

では、解決策を思い付いた生徒は挙手して、その意見を述べてみて下さい。


「岩崎弥太郎です。

競争というものは、自然界に存在する掟の様なもの。

故に持って生まれた能力、そしてそれを生かす為の様々な努力。

これが公平に評価される事が一番大事かと。

その上で勝った者からは、十分な税を取る。


それをやった上で、競争から脱落した者達を救う為のシステムも構築する。

無論、助けるには助けるなりの基準が必要じゃが…。

怠け者を助けた所で社会の為にはならん」


「それは正論ですね。ですが、勝った者から十分に税を取る…

という事が、現実問題として可能でしょうか?

民主主義の国では、移動の自由というものがあります。

高い税を掛ければ、より低い税率の国に移る事も可能です。

これは個人でも企業でも同じですよ」


「それは難しいの…貿易を行う国同士で関税や法人税率を一定に取り決め、

一方でタックスヘイブンをやる様な国家を排除するのが一番じゃろうが、

簡単ではないの。それぞれお国の事情が違うであろうからな」


「産業に関して、全てが得意な国というものは存在しません。

故に自分の得意な分野の産業の税率は低めにしたい…。

それは関税でも法人税でも同じ…。得意な産業分野の税金をなるべく

低く抑えれば、その国の貿易は拡大し、全体の利益が増加します。

これが話し合いで解決するでしょうか?

一方、全ての国の関税や法人の税率を一律にしたら、

現状は何も変わらないと言う事になります。

強い国はより強く、弱い国はより弱くなるでしょう。

結局、勝った者から十分に税金を取るいうのは、

現在の制度上では中々に難しいですね」


「日本卑弥呼です。

これはもう、人の生きる社会の教育と規範の問題だと思います。

全ての人はすべからく、【足るを知る】という真理を理解しなくてはならない。

使い切れもしない天文学的資産を持つ事に狂奔する様な、

そういう人間の精神性を矯正するしかない様に思います。


今の学校教育は、物理的な問題の解決策ばかりを教え、

精神的な修養を蔑ろにしていると思います。

禅宗における悟りの心、足るを知る心、思いやりの心。

そうしてその様な生き方に共感する様な社会を構築すべきでしょう。

英語や数学も大事ですが、この様な教えを早くからしっかり学ぶ事は、

他に優先するくらい大事な事だと私は思います」


「先程岩崎君が言った、勝った者から高い税金を取るにはどうするか…?

それを国家権力を用いて強制的にやったのが、社会主義や共産主義でした。

でも、これらは結局失敗しました。成功によって得られる利益を全て国家管理した

結果、その国では技術の革新…イノベーションが起きなくなったからです。

やってもやらなくても同じなら、誰もやらない。これが人間なのですね。

この為共産主義を真面目にやった国は、資本主義国家に技術的、

経済的後塵を拝し、皆没落してしまいました。


では今の資本主義が成功しているのかと言えば、それも疑問ですね。

卑弥呼さんの言う通り、【足るを知る】という事を教育する事は重要ですが、

世界レベルで見た時、それが実現する可能性はあるでしょうか?」


「織田信長である。

普通に考えれば、すぐに現状の改革は無理であるな。

抜本的改善にはひとつの方法しかない。

地球レベルの政府を作り、税収を地球レベルで管理する。

発展途上の国には、先進国よりも優先して得た税を投資し、

様々な分野での発展を促す。

一方で過剰なレベルでの富の収奪を行う企業や個人からは、

容赦なく税を取り立てる。これによって全体のバランスを取る。

弱い者や貧しい者を救い、チャンスを与える。

法治を徹底し、汚職や不正をきちんと取り締まる。

宗教や人種での差別など論外とする。

現時点で欲まみれの大人共を矯正する手段はないが、

子供達には【足るを知る】心と、【中庸】の精神、

【思いやり】の心をきちんと育てる。


まあ、これが理想ではあるが、それには世界天下の統一が必要じゃな。

儂が第六天魔王として復活するしかあるまいて」


信長様の話を聞いた母上様は、微笑んで答えました。

「戦国の覇者、織田信長公の時代、織田領内の税率は安く、

民は栄え、治安は他の戦国大名に比べて圧倒的に良かった。

信長公も完璧な人間ではありませんでしたが、

部下に厳しいだけではなく、自らも厳しく律した人でした。

もし信長公がもっと長命で、織田の時代が長く続き、

この世界の統一が、織田政権によって産業革命以前になされていたなら…

なんて夢見るのは素敵ですね。

少なくとも今の世界は随分と違ったものになったでしょう。

宗教や人種による問題も大きく改善されたに違いありません。

日本で好きな歴史上の人物のアンケートを取ると、信長公は必ずトップないし、

トップ3には入られます。多くの人々は強く、合理的で、自らも律した、

信長公の様な人物に憧れているのだと思います。


ですが、これら世界や日本の改革が、もはや手遅れだと思うのは、

良くないでしょう。皆さんは若いのです。

壮大な夢を持って、この世界の世直しをする。

そういう心意気を忘れないで欲しいと思います。

私は21世紀の、新たなる第六天魔王の復活を期待していますよ」


ここで授業の終了を知らせるチャイムが鳴りました。

起立!礼!…母上が春風の様に教室を出て行きます。


「かつてチャーチルが言った通り、

民主主義は最悪の政治形態のひとつに過ぎない。

理念なき教育による民主主義は、国を亡ぼす衆愚政治をもたらす。

抜本改革はまず教育から…じゃな」


織田信長君のつぶやき…彼の輝く眼の底に、

何やら魔将の魅力を感じる…。

はてさて、彼の将来は…?


ちょっと楽しみな私なのでした。

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