第108話 教養授業26限目。鈴音先生、教養の重要性を語る。

こんにちは。如月雪音です。

季節はすっかり秋らしくなりました。

少し肌寒くなり、木々の紅葉も始まっています。

さて、今週も水曜日の3限目の授業が終わりました。

短い休憩時間の後、4限目開始のチャイムが鳴ると、

母上が教室にやって来ます。

「起立!」「礼!」

今週の教養授業の始まりですね!

いつもの様に母上様の優しい声が教室に響きます。


「今日はいつもとは少し趣向を変えて、教養の重要性に関し、

歴史的な事例を交えて話してみたいと思います。


今回はその例として、ドイツという国の大きな成功と失敗を上げてみます。

皆さんの現在知っている現在のドイツが国として成立したのは、1871年。

日本だと明治4年です。

それまではいくつかの諸国が集まって、緩やかなドイツ連邦を形成して

いたのですが、それでは弱小国の単なる集合体に過ぎず、

統一国家であるイギリスとフランスに大きく差を開けられていました。

【イギリスは世界の海を支配し、フランスは陸を支配する。

されどドイツは雲の上を支配する】

これは当時の流行り文句ですが、雲の上とは現実にはありえない、抽象的なもの…

という意味です。当時のドイツは音楽や哲学では世界最高水準でしたが、

どちらも形を持たない抽象的なもの…故にドイツ人と言えば、空理空論にふけり、

お互い足を引っ張り合って、現実問題の解決に欠けると見なされていたのです。


ここで登場するのが、ヴィルヘルム1世が1862年に首相に任命したビスマルクと、

名参謀長の大モルトケのコンビです。

『ドイツの問題は言論や多数決によってではなく、

ただ血と鉄によって解決される』というビスマルクのセリフは有名ですね。

1866年、ビスマルクはドイツ統一戦争に周辺国が介入しない様、

周到な外交を行い、大モルトケは、世界初の鉄道を利用した精密な軍の機動、

分進合撃による鮮やかで迅速な戦いを遂行、

プロイセンを中心とするドイツ統一を邪魔するオーストリアを撃破します。

その後、1870年にこのコンビはドイツ統一に介入しようとした

ナポレオン3世のフランスも撃破。

これによって1871年4月にドイツ帝国が誕生する訳です。

この成功はビスマルクの天才的な政治力による所が大きかったのですが、

大モルトケの遂行した作戦があまりに見事に決まった為、

これ以降、彼の所属した『ドイツ参謀本部』は、国民、諸外国から称賛され、

その名声は頂点に達し、神格化されていく事になりました。

ですが、やがてそれがドイツを奈落の底に突き落とす事になるのです。


それから暫くの年月が過ぎ、20世紀を迎えた頃、

ドイツはイギリス/フランス/ロシアによる三国協商網の包囲を受け、

経済的苦境に陥ります。

結果、セルビアでのオーストリア皇太子の暗殺をきっかけに、

1914年8月、ドイツは三国協商側に宣戦を布告します。第一次世界大戦ですね。

ドイツは神格化された『ドイツ参謀本部』に期待をかけ、

外交上の失敗を、軍事力によって打破しようとしたわけです。


この戦争で、ドイツ参謀本部が行った指導には、非常に大きな問題がありました。

それはどの様な問題でも、軍事作戦指揮上の考慮を最優先してしまった事です。

中立国の領内を了解もなく勝手に進軍して、敵対国を増やしたり、

イギリスを屈服させる為に行った無制限潜水艦戦で、

民間客船を撃沈、船の沈没で多数のアメリカ人が死亡し、

これに激昂したアメリカの参戦を招いたりしたのがその例です。


ドイツはいざ戦争になった時、外交上大きな影響を与える事にまで、

この様な視野の狭い、言い方は悪いかもしれませんが、

【専門バカ】の集団である、参謀本部に国の命運を託してしまったのですね。

結果、ドイツはこの戦争に大敗し、その後遺症からのちにナチスが台頭、

第二次世界大戦まで起こしてしまいます。


輝かしい成功体験がのちに大きな失敗を招く…。

日本では日清日露戦争での勝利によって、軍部の威信と発言力が増し、

大正時代には国家予算の半分近くを軍事費に充てる様になっていました。

この頃には既に政治力で軍部を押さえる事が出来なくなっていた訳です。

国家予算の半分もの金額を軍事費に充てる様な国家が、

健全な発展を遂げるはずがありません。

あらゆる事象を【軍事的視点】でしか捉えられない、

専門バカの軍部によって、

日本は第二次世界大戦へと巻き込まれていく事になる訳です。


では、現在の日本が、様々な意味で視野の広い国だと言えるでしょうか?

今日、日本の政策を決定する省庁は全て縦割りであり、

省庁間での人材交流というものがありません。

採用も各省庁が独自に行い、最初入った省庁にずっと所属する事になります。

日本の省庁の役人は、全てその省庁の視点からでしか物事を見ていないと

言えるのではないでしょうか?

そしてそれを使いこなす側の政治家には、基本的な知識すら十分になく、

この為、省庁側の人間の良い様に使われている様に見えないでしょうか?

国会の質疑に使う答弁書を役人に作らせている時点で、

私などはどうしたものかと思ってしまいますが、

良い様に言い包められている…と言っては言い過ぎでしょうか?

この様な傾向は、省庁や政治家だけではなく、大手企業にも良く見られます。


物事を発展させる為には、確かに専門性は重要です。

優れた技術開発には常にスペシャリストが必要だからです。

ですが、この世界で起きる様々な事象に正しい判断を行う為には、

専門分野以外の事にも関心を持つ必要があります。


語学、歴史、経済、数学、物理、医学、科学、宗教、地理学、政治学…。

皆さんがこの早苗実業学校で学んでいる内容は、

将来皆さんが自身の行方を決断する為に、どれも欠かせないものです。

こんなことをやって何になるんだ…なんて思う事もあるかもですが、

どれも本気で学べば、とても面白い学問です。

これらを広く浅く知っておく事は無論重要ですが、

これからは今までよりもより広く、深く、

教養を深めていく事が必要でしょう。

何故ならこれからの未来はAI化が進む。

AIが様々な判断を下していく事が増えて来るでしょう。

しかし、その判断が本当に妥当なものなのか?

最終的に頼りになるのはみなさんの持つ教養なのです。

何でもかんでもAIに判断を任せてしまうと、その内、

ドイツ参謀本部の様な落とし穴に嵌ってしまうのではないか…。

私はそう思うのですよ…」


ここで授業終了を告げるチャイムがなりました。

挨拶が終わると、春風の様に母上が教室を出て行きます。

と、同時に前の席のビル・G君が私の方に振り返ると言いました。


「オゥ~ミス雪音~。ミス鈴音の話はいつもトテモ参考にナリマス!

間もなく開発完了のミスター・スポックの思考ルーチンに、

人間が判断をクダス場面を極力減らす様、工夫ヲしようとオモイマス。

出来るだけ人間が考えナイ様…無能な人間が増えた方が、

ミスター・スポックの思いのママになりますカラネ!」


う~ん、ミスター・スポックって、

益々どんなソフトなのでしょう?

何か良からぬ仕様になっている様な気がするのですが…。

近々ビル君から詳しい話を聞いてみる必要がありそうですね…。

そんな風に私は思うのでした…。

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