第103話 海と温泉の天国…岩地へ…その⑤

その日も快晴の中、朝の10時頃からみんなで海へと繰り出し、

大いに遊んだ。お昼に昨日行った浜茶屋にもう一度行ったら、

手ぬぐい鉢巻きのおっちゃんが、

今度はタコ焼きをサービスしてくれたので、

みんなでおおいに楽しんだ。

入っているタコの身の大きいこと!

ホクホクで歯ごたえがあって、何とも美味い!


「旨いのう!旨すぎる!」

天音のこのセリフ、今回の旅行では数えきれない程聞いた。

でも実際、ここの浜茶屋、B級グルメと侮るなかれ…。

決して手抜きのないこの味は、おっちゃん達の

努力と誠意とおもてなしの心の結晶だ。


食事を終えた俺がふと浜辺の方を見ると、見覚えのある顔がある。

同じクラスで、国際堕落研究会の坂口安吾、太宰治、それに三島由紀夫である。

それに文芸部の川端康成、織田作之助、伊藤初代、山崎富江、樋口一葉もいる。

何ともはや濃い連中だが、奴らまでこのマイナーな場所を知っていたとは驚きだ。

まあ、男どもなどどうでも良いが、女の子達は別だ。

全員とても艶やかなビキニ姿。今回の海への旅は、

一生で一番眼の保養になったのではないか?


と、思っていると、向こうもこちらに気が付いたらしく、

三島由紀夫が声を掛けて来た。


「これは大橋君。緒賀先生と鈴音先生にその娘達、リーリャ、

それに…ああ、剣道部の主将の女剣士殿だな。

あとおまけのおまけで岡本殿か。こんな所で会うとは奇遇だな」


「おお!三島じゃないか。よくこんなマイナーな場所を知ってたな?」

俺が答えると、


「いや、この近くに川端君の別荘があってな。

毎年文芸部と共同で合宿に来ているのだ」

三島は良く鍛えた体の筋肉を見せつける様なポーズを取り、

白い歯を見せて笑った。

その体にはボディーオイルの様なものが塗られており、

黒光りする体は、ヌラヌラと怪しく光っている。


「それにしてもビキニ姿の絶世の美女揃い、眼のやり場に困るな。わっはっは!」

快活に笑いながら、奴は言葉を続ける。


「それと今年は、転入生の太宰君に泳ぎをマスターさせるという目的もある。

こいつはどうにも、何かというとすぐ入水しようとする癖があってな、

それで泳ぎを覚えさせて、入水癖を直させるつもりなのだ。

泳げるようになった人間は、そうそう水の中で溺れることなどできんからな」


見ると、浅瀬の方で、太宰治が山崎富江に手を引かれながら、

足をばちゃばちゃさせて海の中であえいでいる。如何にも下手くそそうだ。

「はい、てふてふ…そう…てふてふ…泳いでみませう」

「あふ!おふ!てふ!」

喘ぎ方からして、太宰って、本当に運動音痴っぽい。


「嗚呼!哀れなり、太宰君。これも君がなにかといふと、

すぐに入水しやうとする奇癖を正す為なり!」

横で坂口安吾が嘆息している。

「おらおら!もっとてふてふ泳がんかい!」

織田作之助が罵声を浴びせている。

安吾はあれで柔道が強かったり、レスリングをやったりと、中々の武闘派だ。

きっと泳ぎも上手いのだろう。作之助はどうなんだろうな?


川端康成と伊藤初代はのんびりとパラソルの下で座り、

読書をしている。樋口一葉はすいすいと泳いでおり、

その泳ぎは実に上手い。


「まあ、せっかく会った事だし、一緒に楽しもう」


「全くだ!」

三島が快活に笑った。


その後はみんなでまたスイカ割りをやった。

負けた太宰を山盛りの砂に埋めて、したい放題。

女子に足とかくすぐられる度に、何やら恍惚の表情を見せる太宰…。

こいつ絶対ドMだと思った。


その日の夜は食事が終わったあと、

文芸部の連中と一緒に、みんなで浜辺に繰り出し、お待ちかねの花火を楽しんだ。

俺と天音と鈴音先生はロケット花火系が好きで、何発も打ち上げて歓声を上げる。

色々な種類の花火があったのだが、どういう訳か太宰は、

隅っこの方で、山崎富江と線香花火に興じている。

風情ある線香花火を見ながら、彼は何かブツブツ呟いている様だ。


「くるしさは、忍従の夜。あきらめの朝。この世とは、あきらめの努めか。

わびしさの堪えか。わかさ、かくて、日に虫食われゆき、

仕合せも、陋巷ろうこうの内に、見つけし、となむ」


「Oh!ニホンゴむずっかしい!アナタの日本語、全然ワカリマセンね!」


いたずら好きなリーリャが太宰のすぐ後ろで蛇花火に火をつけた。

蛇花火…火をつけると、なにやら黒いものがにょきにょき伸びて、

大きな黒蛇みたいな形になる奇妙な花火だが、それを見た太宰は、

「嗚呼!嗚呼!」と悲鳴を上げて涙目になっている。


「ホレホレ、日本男児の肝っ玉、見せて欲しいでゴザルよ!」

驚く太宰を見て、リーリャはご満悦な様だ。


「で、どうなんですか?太宰君は泳げそうですか?」

鈴音先生の質問に、

「まあ、今日の様子だと暫くはかかりそうです。

でも、この三島が鍛えるので、御心配無用です」


三島はまた白い歯をキラッと光らせながら笑った。

 

その後はみんなで大小、色とりどりの花火を楽しんで宿へと帰った。

花火が終わった後の海は黒々して静かになったが、

それがどことなく寂しげな余韻を感じさせ、

俺は何だか感傷的な気分になっていた。

この楽しい旅行も、これでほぼ終わり…明日は朝食を済ませたら東京へと帰る。

楽しい時間はあっという間に終わるけれど、こういう素敵な想い出が、

今後の人生を生きる上での糧になる様に思った。

辛い事があっても、この仲間達と集まれば、

いつだってこういう楽しい時間が再び作れるのだ…。

いや、きっと作るのだ…。俺は心からそう思った。


尚、余談だが、その日の夜はあまり眠れなかった。

何故かって?それは横になって暫くして、

隣の女部屋から何やら艶のある、黄色い喘ぎ声が聞えて来たからだ。

「あ!ああん!」とか「ひぃっ!駄目…そこは…」とか、

「あ!あひぃ!」とか…

俺とアレックスは眠れなかった。おがちんもそうだろう…きっと。


翌朝天音に会うと、目の下に間違いなく隈がある。

「なあ、天音さ、昨日の夜、女部屋からなんか喘ぎ声が聞こえたんだけど…」

俺がしれっと聞くと、

「大橋殿、それはきっと気のせいじゃ。気のせい。あと絶対他言無用じゃぞ!」


天音のそのひと言に、俺は妙に納得したのだった…。

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