第101話 おがちんの怪談…その③

トイレの裏の死角から俺達が見ていると、

やがてキャンピングカーの中から人が出て来た。

運転手の男、おしろいおばちゃん、それにおっさん双子だ。

巨大男達の姿は見えない。車の中にいるのだろうか?

女性は相変わらず泣きじゃくっている。

俺達は言いようのない不安に襲われた。


キャンピングカーから歩いて来た運転手の男とおっさん双子は、

男子トイレに入り、おしろいおばちゃんは女子トイレに入る。

女性は相変わらず泣きじゃくっているが、

奴らはまるで泣き声の主に気が付かないかの様に見える。

何故だ?あんなに大声で泣いているのに…。

そうして暫くすると、用を足した運転手の男とおっさん双子、

それとおしろいおばちゃんが出て来た。

そして泣きじゃくる女性は全く無視したまま、大声で話し始めた。


おしろいおばちゃん…例の素っ頓狂な声で、

「ここでしたわねぇ~!あの娘に懺悔させたのは!」

運転手の男…タバコをふかしながら、

「ええ、ここでした。ここでした。一杯懺悔させました。」

おっさん双子、声を合わせ、

「懺悔!懺悔!女!懺悔!」


【こいつら、いったい何を言ってやがるんだ?懺悔って、何の事だよ?】

俺は思ったが、奴らは似た様な内容の会話を、

気持ち悪い笑い声をあげながら続けている。


そうして暫く経つと、奴らは車に戻り、パーキングを出て、

麓の方に降りていった。


それを見届けた俺は中野に言った。

「助かった。どうやら俺達には気付かなかった様だし、女性も無事みたいだ」

と、その時中野が言った。

「おい、泣き声、聞こえなくね?」


あれ?確かにそうだ。さっきまであんなに激しく泣きじゃくっていたのに?

キャンピングカーの連中に集中していた俺は、それに気が付かなかった。

確かに女性の声は全く聞こえない。連中を警戒して、声を潜めたのか?

俺達は一部始終を見ていたから、キャンピングカーの連中が、

女性を連れて行っていない事だけは確かなはずだ。


俺達は女性が出て来るのを期待して、暫くの間待った。

しかし、15分程経過しても、一向に出て来る様子がない。

これはどう考えてもおかしい。

流石に俺と中野は、確認の為、女子トイレに入る事にした。

トイレ扉の外から声を掛ける。「あの?大丈夫ですか?」

返事がない。

それに人がいる気配が全くなく、物音ひとつしない。

俺は女性が入っているとおぼしき一番奥のトイレの前に行って、

もう一度声を掛けるが、反応がない。

俺はトイレのドアノブに手を掛けてみる…鍵が掛かっていない!

恐る恐るドアを開けたが、そこには…誰もいない!

残りの4か所のトイレの扉も全て開けたが、やはり誰もいない。

「おいおい、マジもんの幽霊かよ!」

俺と中野は青ざめた。


俺達は、その後暫く経ってから、

周囲を警戒しながら道路に出て、麓の方に降りて行った。

歩いて1時間程降ると、国道に合流したので、

そこを走って来た車に声を掛け、乗せて貰った。

とりあえず一安心だ。

暗闇の山を走り、何度も転んだ俺達は、傷だらけ、泥だらけ、

運転手のおっさんに、何があったのか聞かれたが、

正直に話しても信じて貰えそうもなかったので、

山でキャンプしていたら、イノシシに襲われたんで、

逃げて来た…とだけ話した。


ふと、俺は運転手おっさんに聞いてみた。

「あの山のパーキングで、過去に何か事件とかありませんでしたか?」

するとそのおっさんは言った。

「そう言えば10年程前に、あの山の中腹にあるパーキングのトイレで、

若い女性が殺されていた事があるな。事件なんか滅多に起きない田舎の事、

当時は大きなニュースになっていた。

鋭利な刃物で叩き切られていて、悲惨な状態だったらしく、

遺体の一部は紛失していたそうだ。

犯人が捕まったという話は聞いていない。まだ何処かにいるのかもな」

【ああ!きっとその女性の霊に違いない…てことは、犯人はあいつらか?】

俺と中野は改めて青ざめた。


やがて、おっさんは、俺達が身に覚えのあるコンビニまで来て車を止めた。

「疲れているだろう。何か飲み物と食べ物でも買おう」

ああ、最初にあのキャンピングカーに出会ったコンビニだ。

中に入ると、まだあの店長が居た。


「君たち…そんな傷だらけで、いったいどうしたんだ?」

店長の問いかけに、俺は起きた事を正直に話した。

すると店長はいぶかしげに言った。

「キャンピングカー?深夜にそんなものは来なかったよ?」

それを聞いた俺は言った。

「嘘でしょ?大量のコーラとから揚げを買っていったじゃないですか?」

俺の話を聞いた店長は、不審そうな顔をし、少し間を置いて言った。

「いや、深夜、そんな客は来ていない。昨日の夜、正確には今日未明だが、

君達は突然何も言わずにフラフラと店を出て行ったんだ。

私が心配して、送らないで大丈夫なのか?と声を掛けても、

【いえ…当てがありますから…】とかぶつぶつ言って、

闇夜に消えていった…それでこっちが気を悪くしたくらいだよ…」


俺…俺達はキャンピングカーなんかには乗っていない?

じゃあ、俺達はいったい何に乗って、あんな山の上まで行ったんだ?

俺の頭は混乱した。

ちょうどその時、最初このコンビニに来た時に乗っていた

トラックの運ちゃんが、店内に入って来た。

そう言えば確か、店の近くに住んでいると言ってたな…。

聞くと、これから市内を経由して、新幹線の駅近辺まで行くと言う。

一刻も早く東京に帰りたくなっていた俺達には、渡りに船だった。

俺達はここまで送ってくれたおっさんのドライバーに礼を言うと、

この先はこのトラックの運ちゃんに、新幹線の駅まで運んで貰う事にした。


コンビニの店長に礼を言ってからトラックに乗り込んだ俺達は、

起きた事の顛末を、トラックの運ちゃんに話した。

10年程前の、山での女性惨殺事件は運ちゃんも覚えていて、

「そうか…まだ成仏出来ていないのか…。可哀そうになぁ~」

と、しみじみ言っていた。

コンビニを出発して30分くらい経っただろうか、

海沿いの道路わきに、少し大きなパーキングが見えた。

と、そこにある物を見つけた俺は、トラックの運ちゃんに叫んだ。

「ちょっと、あのパーキングに入って下さい!」

「なんだ、藪から棒に…」

運ちゃんは不審がったが、そのパーキングに入ってトラックを止めてくれた。

俺と中野はトラックを降りると、急いで目的の場所へ走った。


そこには、朽ち果てた1台の白色のキャンピングカーがあった。

フロントには色褪せた黒の十字架が描かれている。

4つのタイヤは全てパンクし、ガラスはあちこちが割れ、

ボディーも錆びて凹んでいる。

見た感じ、もうかなりの年月、そこに放置されていたかの様に見える。


「これって、まさかあのキャンピングカーか?」

中野の問いに、俺は黙って車の後ろの観音開きの扉を開ける。

ギギィ~と変な音をたてて扉が開いた。

中は色々な物が散乱し、妙な液体が溜まり、赤茶けている。

腐敗物と錆びが混じった、独特の嫌な匂いがする。


「おい!これ!」

中野が驚きながら何かを拾いあげた。

それを見た瞬間、俺は眼を疑った。リュックだ!俺達の…。

そのリュックも長い年月を経過したかの様に、ボロボロになっている。

すぐに中身を確認してみた…。間違いない、俺の準備した

日用品、MP3プレイヤー、サングラス、替えの下着等が、

朽ちかけた、ボロボロの状態で入っている…。

「いったい、どういう事だ?」


と、その時、混乱する俺達の耳に奇怪な声が聞えた。

キャンピングカーの上部は、ロフトになっていて、

下から小さな梯子を使って、上にあがれる様になっている。

通常は寝室として使う場所だ。

そのあたりから声が聞こえるのだ…。

【ハーレルヤ…ハレルヤ・ハレルヤ・ハレールーヤー】

その瞬間、俺達は真っ青になり、脱兎の如く、

一目散にトラックめがけて駆け出した。

トラックに乗り込んだ俺達は、運ちゃんに大声で叫んでいた。

「すぐに車を出してください!!お願いだ!」


運ちゃんはあっけに取られていたが、

俺達の尋常ではない様子を感じたのか、トラックを急発進させた。

少しして、無言で青ざめている俺達に、トラックの運ちゃんが聞いて来た。

「なぁ、お前達があの廃車…もう10年近くあそこにある…に行ってる時、

妙な歌が聞えたんだが、お前達が歌っていたのか?」

「それ、どんな歌でしたか」

中野がボツリと呟いた。

「う~ん、離れていたから良くは聞こえなかったが、確かこんな感じだった」

【ハーレルヤ…ハレルヤ・ハレルヤ・ハレールーヤー】

運ちゃんは確かにそう歌った…。

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