第99話 おがちんの怪談…その①

食事を終え、ひっと風呂浴びたおがちん、俺達と女性陣が、

男部屋に集合したのは、夜の8時半頃である。

全員が部屋に集まると、照明を暗めにしてから、

おがちんがおもむろに、ゆっくりと語り始めた。


「今日は俺が大学時代に体験した奇妙な話をしたいと思う。

あれは大学4年の夏休み、就職活動を終えた俺は、大学の友人、

中野とふたりで、北海道旅行に行ったのだが、

ただ単に飛行機で往復するだけではつまらん、

どうせなら帰りは、北海道からヒッチハイクで東京まで

戻ろうという話しになってな。ひと夏の冒険ってやつだ。


野郎ふたりのヒッチハイク、最初はコツが掴めなくて、

中々車が止まってくれない。まあ、それでも1時間程粘っている内に、

トラックの運ちゃんが止まってくれた。

その運ちゃんと会話しながら、俺達のヒッチハイク旅行が始まった。


それから何度もヒッチハイクを繰り返している内に、

段々コツも掴めてきて、色々な人達のお世話になった。

中には自宅に泊めてくれる様な親切な人も居て、

食事やお酒を御馳走になり、夜遅くまで語り合ったり、

時には女子大生の2人組の車に乗せて貰って、

楽しい時間を過ごしたりもした。

北海道、東北は、良い人達が多くてな、

俺達の想像以上に、ヒッチハイクの旅は充実したものになった。


だが、それはあの奇妙な体験までだった。

あれは確か、そう、岩手から仙台方面に向かう国道だったと思う。

その時俺達は、トラックの運ちゃんに乗せて貰っていたのだが、

その運ちゃんは、俺達を乗せるまで、かなり長時間運転していた風で、

相当疲れている様に見えた。会話も段々途切れがちになってな…。

時間は真夜中、多分、午前0時を過ぎた頃で、その時運ちゃんが、

「悪いが、体力の限界だ。俺の家の傍のコンビニまで送るから、

そこまでで勘弁な…」

そう言ったので、俺達もそれに同意して、そのコンビニで降ろして貰った。

その運ちゃんは、いつもそのコンビニを利用しているそうだ。


コンビニに入った俺達は、暫くそのコンビニの中で過ごしたが、

ド田舎の、しかも真夜中の時間帯だから、コンビニに来る人間自体がいない。

このままだと、下手すると朝までこのコンビニで過ごすハメになる。

俺達はその時になって、あの運ちゃんの家で泊めて欲しいと

言わなかった事を後悔した。結構疲れていたしな。


ドリンクとつまみを買って、コンビニの店長にいきさつを話したら、

同情した店長は、誰も来ない様なら、店長が朝、他の店員と交代する時に、

街の近くまで送ると言ってくれた。いい人なんだよ。


で、その後、30分くらい経っただろうか?

1台の大きな白のキャンピングカーが、コンビニの駐車場に来て止まった。

車のフロントのところに、大きな黒の十字架が描かれていたのを覚えている。

その中から出て来たのは、50代くらいで中肉中背の

黒のサングラスをかけた男で、服装は上下とも普通のサラリーマンみたいな、

濃いグレーの背広を着ているのだが、頭には何故か登山家が被る、

山高帽を被っている。何だか場違いな、奇妙な感覚を覚えた。


その男はコンビニに入ると、店の奥の棚に行って、

男性用の下着を大量にカゴに入れ、

更に1.5リットルサイズのコーラを10本くらいドカドカと入れたかと思うと、

レジで大量のから揚げを注文した。

妙な買い物をするなぁ~と思いつつも、俺達は思い切って、

レジで会計をした後のその男に、街まで送って貰えないか尋ねてみた。

街まで行けば、ネットカフェとか、ビジネスホテルとかあるから、

そこで休息も取れる。


男は俺達の話を聞くと、サングラスの下からニタリと気味の悪い表情を見せ、

「わかった。送ってやろう」と言った。

俺はその時背中にゾクリとした感じを覚えたが、

このまま朝までコンビニに居るのもどうかと思い、

その男の好意に甘える事にした。


駐車場の白のキャンピングカーの所まで来ると、

男はキャンピングカーの後ろの観音開きの扉を開き、

車に乗る様、俺達に即した。

中に入り、あたりを見回した俺達は驚いた。なんとそこには、

40代くらいの双子のおっさんが、ニタニタしながら座っていたのだ。

ふたりともかなり太っていて、体重は間違いなく100㌔越えだ。

眉毛の太いクレヨン伸ちゃんみたいなおこちゃま顔、

そこに無精ひげが生え、気味が悪かった。


【これはヤベ~】

俺達は瞬間そう思ったが、すぐに扉は閉められ、

男は急いで車に乗り込むと、車を急発進させた。

まるで俺達が降りるのを、防ごうとしているかの様だった。


車が発進して暫くして気が付いたのだが、

助手席にその男の妻らしい、おばちゃんが乗っている。

運転手の男と会話する声が、如何にも歳を取った女性らしいものだったからだ。

そして、そのおばちゃんが俺達の方を振り返った時、俺達は絶句した。

顔全面に真っ白いおしろいをこれでもかと塗りたくった…

そう、志村けんの馬鹿殿様みたいな面様だったからだ。


【ヤベ~よ、こいつら絶対ヤベ~】

俺と中野は眼を見合わせ、小声で言いあった。


俺達がそう言っている間にも、運転手の男とそのおばちゃんが、

ひっきりなしに話しかけてくる。

やれ大学は何処だとか、どうしてヒッチハイクしてるとか、

理由は不明だが、とにかく俺達の情報をやたらと知りたがっていた。

俺達が適当に相槌を打っていると、時々男が激昂して、

「聞いてるのか?コラァ~!」などと怒鳴って来る。


俺達のすぐ目の前に座っている双子のおっさんは、

全く何もしゃべらず、コンビニで買ったと思われる、

1.5リットルのコーラをぐびぐびラッパ飲みしながら、

から揚げをくちゃくちゃ食べている。


15分くらい走ったろうか?

俺達は、車が次第に山道に入っていく様に感じた。

流石にもう限界だと思い、俺は中野に目くばせすると、

「すいません、もう、ここでいいですから、降ろして貰えますか?」

と、男に言った。

「いやいや、もうすぐですから…」

男はそう言いながら、車を止めようとはしない。

車は益々山の中へと入っていく。

どう見ても街に行く様な感じではない。


「いえ、もう十分なので、ここで降ろしてください」

俺と中野は交互に、何度もこういう内容で男に伝えたが、

男はもうすぐだとしか言わず、車も止めない。

そのうち助手席のおばちゃんが、

「うちの夕餉はとっても美味だから、是非召しがってちょうだい!」

と、キーキー声で素っ頓狂に叫んだ。

【こんな真夜中に夕餉も何もあるかよ!】

と俺は思ったが、その台詞をおばちゃんは、オームみたいに

何度も繰り返した。本当に気味が悪かった。


車は益々山中奥深くへと入っていく。

観音開きのドアを無理やり開けて脱出する事も

考えたが、どうやらこの車の車内の鍵は、

運転席側からチャイルドロックが掛けられる様で、

それを掛けられてしまうと、俺達では開ける事が出来ない。


そんなこんなで1時間近く走っただろうか。

どうやら山頂付近の駐車場みたいな所で車が止まった。

そこは舗装もしていない、土がむき出しのだだっ広い駐車場で、

俺達の乗って来たキャンピングカー以外の車は見当たらない。


男は車を降りると、観音開きのドアを開け、

俺達に旅行用のリュックは車内に置いたまま、車を降りる様、言った。

俺も中野も、携帯と財布だけは引っ掴んでポケットに押し込んだ。


その時は月明りが周囲を照らしていたので、

真っ暗という訳ではなかった。俺達が降りようとすると、

おばちゃんが、「さあ、一緒に夕餉を頂きましょう!」

と、例のキーキー声で素っ頓狂に叫ぶ。

俺達は一瞬、逃げようと身構えたが、

駐車場の入り口あたりから、懐中電灯を持った、

ふたりの男が入って来るのが眼に入いったので、動きを止めた。

【誰だ?こいつら?】


近くで見ると、ふたりとも運転していた男と同じ様に、

上下とも濃いグレーの背広を着て、山高帽を被っている。

ただ運転していた男よりは若く、30代くらいに見え、

体がやたらめったら大きい。

ふたりとも2メートルを越える様な長身に、

ランボーの様な筋肉ムキムキ姿だ。体重は裕に150㌔越えだろう。

俺達は恐怖を覚えた。

【こいつら、こんな真夜中に、こんなところに何しに来てんだ?】

誰だってそう思うよな?それに奇妙な恰好…。

いったい何なんだと…。


結局俺達は、運転手の男、駐車場に入って来た巨大な男ども、

おしろいおばちゃんにデブなおっさん双子らに取り囲まれ、

山頂付近のある場所へと連れていかれた。

そこは生い茂った木々の間にあるやや広めの空間で、

薪が燃やされており、大きな鍋が掛けられている。

そこにはもうひとりの巨大な男が居て、鉈(ナタ)か何かで、

動物の大きな肉の塊らしきものをぶつ切りにしていた。

その男も上下濃いグレーの背広に山高帽姿だ。

生臭い、嫌な肉の匂いがした。


巨大な男はぶつ切りにした動物の肉を鍋に入れると、

鍋を棒切れで掻きまわしながら、

【ハーレルヤ…ハレルヤ・ハレルヤ・ハレールーヤー】

と、聖歌を妙な節で繰り返し歌っている。

それを聞いたおばちゃんが、またしても、

「さあ、一緒に美味な夕餉を頂きましょう!」

と、キーキー声で素っ頓狂に叫ぶ。

双子のおっさんは、俺達すぐ横で、

くちゃくちゃとから揚げをしゃぶり、

ダラダラと涎を垂らしながら、クスクス笑い始めた。

そう、その時俺達は、まさに恐怖の絶頂の中にいた…」


その②に続く…。

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