第82話 如月鈴音の秘密。

2023年5月某日。

早苗実業学校高等部、文化部に所属する【心霊世界研究会】で、

女部長を務める日本卑弥呼(ひのもと ひみこ)は、

物部守屋(もののべのもりや)の直系とも言われる、

自身の実家の書庫にある、膨大な古い書物を読み漁っていた。


何しろ大化の改新以前…古事記以前から昭和に至るまで、

まったく公開されていない貴重な書物が、大量にこの書庫には眠っているのだ。

記録する事を重視した先祖には、いくら感謝してもしきれない。

それらの書物の中には神代文字で書かれているものまであるが、

幼い頃からこれらの古文書に親しんできた彼女にとって、

読解するのは造作もない事だった。


そうして如月鈴音…彼女にまつわる古記録を注意深く丹念に追っていくと、

信じがたい内容が次から次へと明らかになっていった。


最初の記録は大化の改新の以前…

彼女は蘇我入鹿や物部守屋らに神代文字の講義をしており、

大化の改新後は一時身を隠していたが、やがて藤原鎌足の元で

重く用いられ、平安時代は歴代の藤原一族に仕えて、

藤原時平の時代には、彼の妻のひとりであった…。

古今和歌集の中の【詠み人知らず】の和歌のいくつかは彼女の作品である…。

そしてこの頃に八百比丘尼が集まる村を作り、

八百比丘尼の一族を天皇家が保護する仕組み作りに尽力している…。


源平の時代には奥州藤原氏に身を寄せており、

源義経が奥州に逃れて来た時には、彼の身の回りの世話をしている…。

奥州藤原氏が滅んで以降は記録が途絶えるが、

南北朝の時代は北朝側の天皇家に仕えており、

戦国時代まで引き続き天皇家に仕えていた…。


豊臣秀吉がまだ10代だった頃、無一文で野垂れ死に

しかかっていた彼を救い、松下加兵衛への仕官のとりなしをし、

のち織田家に仕官する際もそのとりなしをした…。

この為秀吉は彼女を非常に大事にし、生涯頭があがらなかった…。


また真田昌輝の妻であり、彼が長篠で戦死したのちは、真田信之に仕えた。

関ケ原の直前、家康は暗殺されかかった事があったが、それを鈴音が

防いだ事から、以降の歴代徳川家は八百比丘尼の一族を厚く庇護する様になる…。

関ケ原ののち、真田昌幸と信繁(幸村)の助命嘆願が成功したのも、

ひとえに彼女のとりなしによるものである…。


江戸時代は大半の時間を八百比丘尼の村で平和に暮らし、

時々様々な場所を遊学する…。

明治維新の頃には京都と江戸を行ったり来たりしており、

幕末の志士たちと深い縁を持っていた…。

特に小松帯刀、大久保利通、坂本龍馬、中岡慎太郎、

桂小五郎とは入魂であった…。

薩長同盟にも一役買っている様子である…。


明治維新以降、一時期岩崎弥太郎の元で海援隊の三菱への継承に働き、

そののちカミソリ外相陸奥宗光の通訳として活躍しているが、

それ以降はもっぱら八百比丘尼の村で過ごす事が多かった…。

しかし昭和の時代に入ってから、天皇家に出仕している。

太平洋戦争末期には知覧から出撃する特攻隊の世話をした…。


戦争終了後、1950年から10年間、早苗実業学校で教師を務める…。


日本(ひのもと)家の明治末期の記録にはこうある。

【如月鈴音と申す者、八百比丘尼の祖たる市杵島姫命の娘と伝わり、

いにしえより当家存続に多大な貢献これあり。

一千五百年の寿命を保ち、

その容姿は肌白き、美し少女なり。

性質優しく、情厚く、知見、技量に富む事神の如し。

八百比丘尼が村の長(おさ)のひとりにて、

その尊き事、疑うべからず…】


卑弥呼は更に、日本家に仕える忍びを使って、

最近の如月鈴音の事も調べた。ここで分かった事は、

彼女は2001年に加藤徹也という男性と結婚していたという事。

彼はかつて知覧で彼女が見送った特攻隊員の孫にあたる…。

その彼は起業に失敗して欝になり、自殺しかかっていたのだが、

鈴音はそれを助け、彼の妻になったのだ…。

その後彼女は2007年3月に双子の娘を生んだ…。

その5年後、加藤徹也は交通事故により死去。

鈴音はその後八百比丘尼の村に帰り、そこで双子の娘を養育した…。


「鈴音先生…どうやら昔は私の実家と繋がりがあったみたい…。

私の先祖はきっと先生に良くしてもらったのね…。

それにしてもこれが本当なら、日本の歴史を大きな所で動かしている…。

今でも皇居に顔パスで入れるって…

こんなひとがいるなんて、本当に信じられないわ。

彼女なら霧がかかった様に見えない神代の時代…神の有無…

そうして死後の世界の事まで全てお見通しなのかもしれない。

これは是非直接お時間を頂いて色々聞かないと…」


日本卑弥呼は何度も頷き、深く深く確信するのだった…。

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