第72話 クレオパトラ、お金から見た国家の盛衰を語る…その①

水曜日の3限目の授業が終わった。短い休憩時間の後、

4限目開始のチャイムが鳴ってまもなく、

教室に鈴音先生とクレオパトラさんが入って来た。「起立!」「礼!」

挨拶が済むと、鈴音先生は教壇横にある教師用の椅子に座る。

今回もクレオパトラさんが授業し、鈴音先生は聴講する様だ。

教壇に立ったクレオパトラさんは、なまめかしい、艶やか声で話し始めた。


「前回の授業で予告した通り、

今回は金の動きから見た国家の盛衰を授業してやろう。

わらわの2千年を超える経験を元にした話、しかと聞くが良い。


国家というものはの、元々は権力者が自分の権力維持の為に

作ったピラミッド式官僚組織と言える。

ではこの組織で一番重要なものはなんだと思う?」


「金?、金であろう!」

岩崎弥太郎が声を上げた。


「その通り。では、その金をどうやって調達するか…」


「徴税だろう」

弥太郎が再び答える。


「そうじゃ。お主はなかなかわかっておるな。

この徴税、税金をいかに集めるか…これが国家という物を維持する為に、

非常に重要なのじゃ。わらわが女王していた頃のエジプトは、

実質ローマの属国であったから、全然たいした事はなかったが、

その頃から3千年くらい前のエジプトは、あのあたり一帯を支配した

強国であった。ではなぜその頃のエジプトが強国であったかのか、

そしてわらわが女王の頃のエジプトがなぜローマの属国に落ちていたのか…?

その最大の原因…それが徴税なのじゃ。


強国であった頃のエジプトは、ファラオを中心とした強烈な中央集権国家でな、

そして徴税は、国が直接給料を支払う徴税史が行っておった。

今の日本で言えば、NHKの料金徴収の様な感じじゃな。

故に、税金をちょろまかして懐に入れる様な不届き者には厳罰が下された。

鼻削ぎの刑とかの…。この徴税の仕組みが古代エジプトを強国にしておった。


他の国々は大半が徴税請負人に徴税させておったが、

こやつらは国家から給料を貰うのではなく、徴収した税金の一部を

自らの収入にしておったから、民から多く税を取っても国には納めず、

その多くの自分のポケットに入れるのじゃ。

この様な不正が横行して歳入が減れば、国は強くはならぬ。


そのやり方はそれなりに長くうまくいっておったのじゃが、

度重なる周辺国との戦争や宮殿の造営で金が足らず、

民に重税をかける様になった。その上官僚組織が腐敗して、

徴収した税金をちょろまかす様になっての。

そうこうする内にアメン神殿教という新興宗教ができてな…。

こやつら、民にむかってこの新興宗教に入り、

今持っているものを差し出せば、その後は無税で良いなどとぬかしおった。


重税にあえぐ民が、これで大勢アメン神殿教徒となった故、

この新興宗教はエジプト国内で絶大な権力を持つようになり、

国家は組織として分裂、歳入はさらに減った。

そうして弱体化した古代エジプト王朝は、

アレクサンドロスの遠征で最終的に征服されてしまったのじゃ。


この様にの、国家の盛衰には、古代より近代に至るまで、

一定のパターンがある。

国家の勃興→官僚の腐敗→徴税減少/重税化→民の反乱。

少なくとも19世紀末までの国家の盛衰は、ほぼ全てこのパターンで説明出来る。


ムハマンドのイスラム教が急激に力を持ったのは、

ムハマンドがこの事を良く知っておって、布教に応用したからじゃ。

アメン神殿教の事を学んでおったのであろう。

イスラム教が出来た当時、殆どの国には人頭税と地税の2種類があった。

人頭税は文字通り民ひとりに付きいくらという税、

地税は土地や収穫にかかる税じゃ。

ムハマンドは布教にあたり、イスラム教に改宗すれば、

人頭税は取らぬと宣言した。

これで重税にあえぐ民が、一斉にイスラムに改宗していったと言うわけじゃ。

今で言えばスマホの乗り換え…料金割引サービスみたいなもんじゃな。


それにイスラム教は征服した地に住む者達に改宗を強要しなかった。

人頭税さえ払えば、他の宗教の信者でも問題なしとした。

徴収した人頭税は国家防衛の予算として使い、

他国の攻撃を受け、もし敗れてその地を離れる時は、

その地に住む民に人頭税を返すという事もしておる。

このあたりの良心的サービスがキリスト教との違いじゃな。

キリスト教は異教徒を激しく憎み、弾圧する一方、

異端も猛烈に攻撃するし、人頭税の返却もせぬ。

それに嫌気がさした者が多かったのであろう。


やがてこのイスラムからオスマントルコ帝国が勃興してくる。

このオスマントルコの勃興もエジプトと同じ理由じゃな。

当時のヨーロッパ諸国はほぼ君主制であったが、その下に大勢の諸侯がおり、

きやつらは徴税請負人として民から税を取り立てておった。

諸侯がピンハネし過ぎる故に、国家としての金がない。

故に軍隊は随時徴募の傭兵に頼ったわけよ。常備軍を維持する金などないからな。


それに対してオスマントルコは、スルタンを頂点とした中央集権国家で、

税の徴収も国家雇用の徴税史が行ったから金があった。

その金で常備軍を作り、訓練したから戦に強い。

当時シルクロードの最重要拠点のひとつで、ペルシャ湾を起点とするインドとの

交易の中継地でもあったコンスタンチノープルを奪ってからは、

我が世の春を謳歌する事になる。交易の中心を抑えた事で、益々金が集まり、

豊かになったでな。この時代、東南アジアやインドで取れる香料、特に胡椒は、

同じ重さの銀と同等の価値があったから、この貿易を独占出来た事は大きい。


さて、重要な交易路をオスマントルコに奪われたヨーロッパ諸国は面白くない。

かと言って、オスマントルコを倒す程の力もない。

それでどうしたかと言うと、ポルトガルのバスコダ・ガマらが海に乗り出し、

アフリカ大陸の喜望峰を経由してインド方面に向かう

東航路を新たに開拓するわけじゃ。

反対の西に進んでアメリカ大陸にぶち当たったのがコロンブスじゃな。

当時はアメリカ大陸の存在が知られていなかったからの。

じゃが元々国力のなかったポルトガルは、

すぐに航海の為の軍資金が尽きて破産し、スペインに併合された。


その後スペインは、インド・東アジアの香料、胡椒の貿易、

さらにペルーで発見された大銀山からのあがりと奴隷貿易で、

急激に勃興する事になる。

しかしの、スペインまた古代のエジプト王朝と同じ運命を辿る事になる…。


その②に続く

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