第70話 クレオパトラ、地球文明の発達を語る…その①
水曜日の3限目の授業が終わった。
短い休憩時間の後、4限目開始のチャイムが鳴ってまもなく、
鈴音先生が教室に入ってくるのと同時に、
もうひとり、美しい女性が入って来た。
教室に大きなどよめきが起こる。
俺(大橋)も、思わず声を上げてしまっていた。
「みなさんに御紹介します。私の横に立っている女性は、
クレオパトラ7世…フィロパトルさんです。
出身国はエジプトです。
私から特にお願いし、今期から早苗実業高等部で、
西洋史系の臨時講師をして頂く事にしました。
それではクレオパトラ先生、簡単に挨拶をお願い致します」
鈴音先生に即されたクレオパトラは、ゆっくりと教壇にあがると
美しいのびやかな声でゆっくりと話し始めた。
「うむ。わらわの名はクレオパトラ7世・フィロパトルじゃ。
皆の者、わらわの話が聞けることを名誉に思うが良いぞ。
この様な場所で大勢に語るのは、もう500年ぶりくらいじゃからな…」
それにしても…エジプト人であるはずのクレオパトラは、
鈴音先生と同様に白く、美しい肌をしている。
家系から言えばクレオパトラはギリシア系の血統で、
エジプト人の血は殆ど入っていないからかもだが、
白く美しい肌…これはやはり八百比丘尼の遺伝的特徴なのだろう。
その容姿は…艶やかで色っぽい絶世のアラビア美女という感じで、
切れ長の大きな眼に大きな黒い瞳、
首下付近で丁寧に切りそろえられた美しく艶やかな黒髪、
ローマ時代の白いトーガを思わせる、一枚の綺麗な布を巻きあげた様な、
エロチズムに溢れた衣装とそれに散りばめられたきらびやかな宝石…
大きな真珠を数珠繋ぎにした美しい首飾り…特徴のある大きな耳飾り。
さすが世界3大美女の一角を占めるだけの事はある。
男子生徒の眼は…みな大きく見開かれ、そして釘付けになっている。
「さて、わらわがわざわざ話をするのじゃ、
教科書に書かれておる様な話では面白くもあるまい。
それゆえ、最初にこの地球の文明の発達過程と、その本質に
ついて話してやろう。忌々しいヨーロッパ人やアメリカ人どもは、
未だにこの世界を多くの面で支配し、自らの遺伝的優位性を信じて
おる様じゃが、そんなものは存在せぬし、
あ奴らの優位は、単に環境の産物に過ぎぬという事をな」
クレオパトラはそう前置きすると語り始めた。
鈴音先生も教壇横にある教師用の机に座り、聴講する様だ。
「まず現在のヨーロッパのある場所は、古代より肥沃な地で平地が多く、
気候的にも農業に適しておった。それから更に運が良い事に、
家畜に適した大型哺乳動物が数多く、しかも多種存在しておった。
この地球上には、今日約170万種の生物が存在しておるが、
その内人類が現在までに家畜化に成功したのは、たったの14種じゃ。
家畜用の動物は、性質がおとなしく、そこいらでありふれた
植物や残飯を餌に出来、成長が早く、繁殖力に長け、世話が楽で
生命力が強く、更にその肉や乳が食用に適しておらねばならん。
加えて言うなら、農業用の補助労働力として使えるくらいの知能を
持っておると申し分ない。
その様な人にとって都合の良い大型哺乳類は、あまりおらんのじゃな。
古い時代、アフリカや南北アメリカ大陸、オーストラリア大陸には、
この様な家畜に適する哺乳動物は殆ど存在しなかった。
アフリカのシマウマなどは気性が荒く、とても家畜にはならんでな。
この家畜として有名なものは、牛、馬、羊、ヤギ、豚じゃが、
これら家畜可能な大型哺乳類14種中、実に13種がヨーロッパには存在しておった。
では家畜可能な哺乳類が多いと、どの様メリットがあると思うか?」
「食用として使用できる、あと、牛や馬などは、農業の補助労働力でしょうか?」
「さすがは鈴音じゃな。その通り。
つまり肥沃な土地と労働補助が出来る家畜が多く存在すれば、
農業生産力があがるという事じゃ。
農業生産力と牧畜両方が向上すれば食料が増産出来、
人は定住する様になり、それによって人口が増える。
増産によって余剰食糧が生まれれば、それを管理する組織が生まれ…
それがやがて統治機構となって行く。
加えてヨーロッパのあるユーラシア大陸は、他の大陸、
すなわち、アフリカ、南北アメリカ、オーストラリアに比べて、
横に大きく長いという特徴がある。この横に大きく長いというのは、
緯度が同じ、すなわち同じような気候風土の面積が大きいという事じゃ。
隣がやっておる農業や牧畜を丸パクリすれば、同じ様な成果が出せる。
こういう環境ではやはり人口が大きく増える。それによって交易も盛んになり、
益々豊かになり、その為更に人口が増える。文字が発達し、
様々な技術が横から横へと拡散し、伝播してゆく。
実際、今日においても、ユーラシア大陸には南北アメリカの6倍、
アフリカ大陸の8倍、オーストラリア大陸の230倍の人口がおる。
南北に長い大陸ではこれが難しい。
南の技術は北ではそのまま使えぬし、逆もまたしかりじゃからな…。
さて、大きく人口が増え、余剰生産物の蓄積が出来、統治機構が完成すると、
次は争いが起こる。人は欲まみれの存在故、戦争が増える訳じゃな。
戦争というものは、技術の大きな進化を即す。生きるか死ぬかじゃから、
皆必死になるし、大勢おれば良い知恵も生まれやすくなる。発明が増える。
車輪の発明は紀元前4,000年頃、今のイラクあたりじゃが、
それが200年と経たぬ内に、中東からヨーロッパ全域に広がった。
こういう事は南北に長い大陸では起こっておらぬな。
この戦争の技術の発達によって、新しい武器が作られる。
鉄器の刀やサーベル、カタパルト(投射器)、更に火薬や銃と言ったものじゃ。
こういう高度な技術は、ある日突然生まれるという様な類のものではない。
高度な技術というものは、それを生み出す前に、
その前提となる過去の技術の蓄積があり、それも1ヶ所ではなく、
複数の場所で生まれた技術をパクッて統合していった結果なのじゃ。
キリスト教という、協調性に全く欠ける宗教を信奉しておったヨーロッパ人は、
それこそ年がら年中同族内で殺し合いをしておったから、
この宗教による戦争の増大もそれに一役買っておった様じゃのう。
つまり戦争で、戦争に勝つ武器技術と経験が蓄積していったのじゃな」
その②に続く。
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