第57話 平家の落人村にて…その⑥

その翌日は朝はのんびり食事と温泉を楽しみ、午後は本家伴久の傍に

緒賀ちんが例の太陽望遠鏡を設置して、またみんなで太陽観望をした。

緒賀ちん曰く、ここの所太陽は活動が全般的に鈍っているそうで、

この日見た太陽には黒点が2個しかなかった。

プロミネンスはあちこちに見えんたんだが…。

そうこうする内に緒賀ちんが説明してくれた。


「一般にはあまり知られていないが、黒点の数は太陽の活動状況と比例し、

数が多ければ活動が活発、少なければ活動が弱い…という事になる。

太陽というものは、元々11年周期で活動が活発になったり、

弱くなったりするのだが、その中でも太陽活動が大きく鈍化した事で

有名なのはマウンダー極小期だな…。


マウンダー極小期と言うのは、おおよそ1645年から1715年の

太陽黒点数が著しく減少した期間の名称で、

太陽天文学の研究者で、黒点現象の消失について過去の記録を研究した、

エドワード・マウンダーの名前にちなんでいる。

マウンダー極小期中の30年間中に観測された黒点数は、

たった約50を数えるだけだったのだ。通常、30年という期間だと、

黒点は4 - 5万個程度が確認出来るのが普通なんだがな…。

この間地球は全体的に寒冷化して、平均1℃程度気温が下がり、

各所で飢饉が頻発した。江戸時代の有名な大飢饉もこの前後に起きている。

有名な寛永の大飢饉は1642~3年、享保の大飢饉は1732年だから、

まさにこの前後という事だな。21世紀に入って、

ここ数年はマウンダー期並みに黒点数が減っているらしい…」


「それって、これから地球が寒冷化するという事かしらん」

アレックスが質問すると、


「それはわからん。そのあたりの詳しい仕組みは

まだ良くわかっていないからな…。

まあ、過去の事例からいくと、そうなる可能性はあるという事になる。

面白いのはな、人間の経済活動も太陽黒点の数と比例が見られるという事だ。

世界的な景気と黒点の数を統計的に見ると、黒点が多い時期は、

世界の景気…経済も好調なのだ。逆に黒点が少ないと、

経済は悪くなることが分かっている。この理由も定かではない…。

昨今のコロナ騒ぎで、今世界経済は良い状況とは言えないが、

それと同時に太陽黒点が異常に減っているというのは、

奇妙な一致と言えるな…」


「へぇ~。そんな事があるんですね。

じゃあ、太陽黒点が増えたら株は買いですね!」


鈴音先生が言うと、


「株との関連性まではわからない…ただ科学的データとしては、

まったく根拠がない訳でもない…そんな感じッスね」


緒賀ちんが答えた。鈴音先生、株の投資とかやってるんだろうか?

今度聞いてみよう。


その後はあたりを散策しながら、緒賀ちんの持って来た

手持ちの双眼鏡で景色を見たり、野鳥を観察したりした。

これが意外と面白い。眼で見るのとかなり印象の違う世界なのだ…。


「お前らは双眼鏡という物を良く知らないだろうが、

光学機器としては非常に精密なものだ。

良い双眼鏡というものは、高い設計技術力と製造ノウハウ、

良い材料の組合わせが必要でな…

本当の意味での名機を作れる会社は世界でも数える程しかない。

有名な所ではドイツのカールツァイスとライカ、

オーストリアのスワロフスキー、

日本だとキヤノン、ニコン、フジノンと言ったところだな…。


大橋が今見ている双眼鏡は、カールツァイス 7X42mm 

クラッシックと言われる伝説の名機だ。既に製造中止で、

今では手に入れるのが難しい。

昔中古で買って15万もしたからな…とくと味わえ!」


確かにその双眼鏡で木々の枝や野鳥なんかを見ると、

色鮮やかな上に輪郭が非常にくっきりと見えて美しい。

浮き上がってくるというか、非常に独特な見え方だ…。

目で直接見るのとは随分違う。

なるほど…非常に高価というのもわかる気がした…。


「手持ちの双眼鏡は安い粗悪品が出回っているから、

もし買う時は注意しろ。手持ちだと倍率は良いとこ10倍までだ。

7倍くらいが一番良い。

倍率が高くなると手ブレを拾う上に像が悪化する。

レンズの口径は大きい方が性能は良くなるが、

重くなって扱いが厄介だ。口径は30mmから42mm程度、

重さは900g以内、見かけ視界が広い…最低でも6度以上ある物が良い。

このカールツァイス クラッシックは倍率7倍、

口径は42mmで重さが900g、見かけ視界9度という優れものだ…。

いずれにせよ、買う前にちゃんと覗いてから選ぶべきだな」


さすがは天文オタクの緒賀ちんだ…。

理系だけに実に詳しい…。

他にもスワロフスキーやニコン、フジノンなんかの手持ち双眼鏡が

あって、みんなで景色や野鳥を見比べたが、どれも良い品の様に思った。

「私はこのスワロフスキーの双眼鏡が良いですね。

景色が輝いて見えるというか、本当に美しく見えます…」

雪音が歓声を上げている。

「スワロフスキーって、宝飾品メーカーではなかったかの?」

天音が聞くと、「そうだ。確かに宝飾の方が有名だが、

ガラスの加工を得意としている会社でな、

その技術を応用して優れたレンズも作っている。

それの応用がこの双眼鏡だ。

このELシリーズはバードウォッチャー垂涎の品だぞ」

そう緒賀ちんが答えた。


その日の午後はそんな感じで過ごし、夜は例の素晴らしい夕食をまた堪能…

すこし休憩してからみんなで厚着をして、旅館から少し離れた場所で

天体観望をする事にした。白雪さんと初雪さんも参加している。


「冬場の夜空は美しい散開星団の宝庫…

ぎょしゃ座のM36/37/38、

冬の2重星団 M46/47…その近くにあるM93…。

日本ではすばるとして有名なM45 、

双子座のM35…それから有名なオリオン座の散光星雲 

M42、ウルトラマンの故郷M78…」


緒賀ちんが、散開星団や散光星雲を見るのに適した

双眼望遠鏡を使って、次々と説明しつつ美しい星団や星雲を導入してくれる。

そしてそれらを見る度にみんなから歓声が飛んだ。


「本当に大宇宙の宝石箱じゃな。写真で見るのと実物では大違いじゃ。

スワロフスキーの宝飾に負けず劣らず光り輝いておる…」

天音がしみじみと話す言葉が心に残った。


最後に大きな望遠鏡でおうし座にあるM1(蟹星雲)を見たのだが、

この星雲…1054年に爆発を起こした超新星の残骸であるという

説明を緒賀ちんがした所、鈴音先生が驚いた様に言った。

「天喜2年…西暦1054年…ああ、確かにあの頃昼間でも見える明るい星が

突然現れました。夜になると眩しいくらいの輝きだったので、

よく覚えています。ああ、あの星の成れの果てがこの惑星状星雲なのですね…」


なる程…1500年も生きていると、

超新星爆発を直接見る機会があったりするんだ…。

長生きすると良い事もあるよなぁ~と俺(大橋)はつくづく思った。

果たして俺が生きている内に同じような事は起こるだろうか…。


今回の温泉旅行は、温泉と料理が最高だったのはもちろんだが、

湯西川の貴重な生き証人の話や、歴史探訪、美しい景色や野鳥を

最高の双眼鏡で眺め、更にはめったに見れない美しい星々まで

観望出来て最高だった。


更に付け加えるなら、美しい如月姉妹、鈴音先生、

白雪さん、初雪さんの浴衣姿、それに氷爆祭りの幻想的な素晴らしさ…。


翌日の朝、チェックアウトして全員で集合記念写真を撮ったあと、

俺は鈴音先生に言った。


「人生最高の旅でした。毎年冬にここに来ているなら、また是非誘って下さい!」

それを聞くと、鈴音先生はにっこり微笑んで言った。

「そうですね。私も楽しかった。

来年またみんなで一緒に来るとしましょうか…」


「しかり…しかり…」

アレックス岡本のいつものセリフが…いつになく心に沁みる俺なのであった…。

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